俺のバディーは雨に打たれつづける

土蛇 尚

相棒の墓

 土砂降りの墓地。草一つない砂利に真新しい墓石。それに刻まれた奴の名。


「墓なんてただの場所だ。この国では人が死んだら法で墓地と認められる場所に埋葬しなくてはならない。そう決められてるから墓なんてものがある。墓には何もない」


 この墓に名を刻まれた男は、昔そんなことを言っていた。ドライな現実主義者として振る舞うことが奴は好きだった。俺からみたらドライなんてほど遠く熱くて、この仕事に本気で、そしていい奴だった。


 何かで読んだ「いい奴から死んでいく」は本当らしい。

 

 警察官は人の死に近い仕事だ。だからその終着点である場所にも自分の解釈を持つようになるのかもしれない。だがそれも本人に聞いて見ないと分からない。死んでしまったらもう聞くことはできない。


 俺は、背の低い質素な墓を見下ろして傘をかけてやる。そんなに濡れたら寒いだろう。だけど跪いてはやらない。雨から守ってやるだけ。

 膝を着いて視線を下げたら、墓石に刻まれた奴の名前がはっきり見えてしまう。だからこうやって見下ろすだけにする。跪いてなんかやらない。


 墓ってものは人を跪かせるようにデザインされているのかもしれない。地面の下にいる死んだ人間と、墓に来る人間を少しでも近づかせるように。


 俺は奴に呼ばれている気がする。

 

 俺の肩には大粒の雨が叩きつける。これは奴を守ってやれなかった罰だ。俺は奴のバディーだったのに。

 

 傘が鳴らす雨音が、俺を過去へと呼ぶ。その日も大雨だった。車両の中で待機を命じられて俺達は時間を潰していた。その場面だけを見ればまさに税金泥棒の警察官に見えたはずだ。


 雨が車を叩たく音が車内に響く。俺はイヤホンのノイズキャンセリングを入れてその音から逃げようとしていた。


「お前は雨の音嫌いか」


「あぁうるさいし、こうも降られたら証拠が流されちまう。好きにはなれんな」


「そうか。俺は好きだがな。雨は良い。雨はたくさんの言い訳をくれる。外に出ない言い訳。人に合わない言い訳。その場から動かない言い訳。だから俺は雨が好きだ」


「仕事をしろ。仕事を」


 その時の俺は、自分が好きな音楽を聞こうとしてたのを棚上げにしてそう言った。


 今、俺の相棒バディーは四角い石になって雨に打たれている。いくら雨が好きだからってそんな風にならなくてもいいだろう。


 俺はいつまでこの場所にいればいい。この雨はいつになったら止む。


 雨はたくさんの言い訳をくれる。


 俺は雨が嫌いだ。


終わり。

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俺のバディーは雨に打たれつづける 土蛇 尚 @tutihebi_nao

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