第10話 親父

「親父、ありがとうな。俺を拾ってくれて」

「なあに、ただの気紛れだ。お礼なんていらねえよ」


――


「親父、俺もトナカイになるぜ」

「どうしたんだ、急に? 筋肉は嫌いじゃなかったのか?」

「別にいいだろ。親父みたいなサンタもいいかなって」

「お。そうかそうか、じゃあ、よろしく頼むぜ」


――


「親父、こういうのはどうすればいいんだ?」

「む。こうすればいいんじゃねえか?」

「流石、親父だな」


――


「親父、俺にもバーボンを飲ませてくれ」

「お前みたいなお子様にはまだはええ」


――


「いっっっってええええー! いてえよ、親父ぃ……」

「ロク!? お前どうして自分の顔なんか切って」

「だってよお、早く親父と兄貴たちに追いつきたくてよぉ……」

「ロク……」


――


「親父」

「どうした?」


「親父」

「そうか」


「親父」

「よくやったな」


「親父!」「親父?」「親父!」「親父!?」「親父」……


――


「くたばれ!」

「待て! 行くな! ロク、そっちへ行くんじゃねえ! 帰ってこい、帰って来いよ……ロクぅ……


 は!? ……はぁ、はぁ、はぁ、夢か。全く、嫌な夢だ。……クソッ!」


 エイトオーは夢を見た。犯罪企業から解放してからというもの、一生懸命にロクがついてくる幸せな夢を。だが、いつも決まって悪夢で終わるのだ。入院してから、ずっと。


 ――ここは財団の誇る最新鋭の重巡洋空中機動病院艦[ナイチンゲール24th]、そのサンタクロース専用病棟の一室である。もちろん、裏の、であるが。余談だが、さしもの財団もこのような巨大な艦船ふねを建造する技術は持ち合わせておらず、遥か東方の端島はしま重工製とのことだ。

 不落の要塞を思わせる威容ではあるが、その病室は壁から床、什器じゅうきや装飾の細部に至るまで白で統一され、ある種の天国を思わせる。実際、エイトオーも初めて目を覚ましたときには、とうとう俺も天国に来ちまったかと思ったものだったが、しかし、視界の端に捉えたトナ太郎たちを見て、そう言えば俺たちが天国に来れるはずがねえと、仮に来れたとしたら神様も相当にガタがきたもんだなと、途端に目が覚めたのだ。


 だが、ロクに裏切られた悪夢だけは未だ覚めず、彼の、彼らの心を締め付け続けていた。


「親父、ロクの野郎はいつから裏切ってたんだろうな」


 不意にトナ四郎が口にした言葉に、他のトナカイフォースの表情はにわかに硬くなる。彼らの疑問ももっともだ。何せドナルド&コリンズカンパニーは、今やロクを副社長に迎え入れ、その名をロク&コリンズカンパニーに変えているのだから。


「裏切ったことなんざ、早く忘れろ」

「しかしよ、親父」

「俺が忘れろと言ったら忘れるんだよ。意味が分かるか?」

「何だよそれ。分かんねえよ……」


「お前にも分かるように教えてやるよ。一度しか言わねえから耳の穴かっぽじってよく聞けよ?」

「お、おう」

「いいか、あいつは裏切ったんじゃない。さらわれたんだ。だから俺たちはあいつをさらった奴をぶちのめして家族を取り返す。それだけのことだ」

「騙された気分だが、親父の言う通りだな! そうだ、家族がさらわれたんだ! だったらぶちのめすしかねえな! そう思うだろ、兄弟!」


 不穏な空気もエイトオーのでまかせで吹き飛ばせば、トナカイフォースの表情は輝き始め、不意の面会にもいつもの調子。


「はいはいはいはい! ははい! はい! イマジナリーアームズの皆っさぁーん、おっ元気ですかぁー?」

「あ? 元気じゃねえから入院してんだよ! 帰れ!」


 折角盛り上がってきた雰囲気を察してか察せずか、無闇に明るく入室してきたのは深緑のスーツにサンタのお面が制服のモミの木だった。背格好や髪型、人を小馬鹿にしたような話し方から、ジョージ・クルードをした人物と同じとみて良いだろう。


「まあまあ。それにしても、皆さん、あんな爆発に巻き込まれたのに、ほぼ無傷だったとか。これもアトランティエ様の御威光の賜物たまものですかねえー?」

「け! あんな化け物みたいな女の御力おちからなど、願い下げだね!」

「おやおやぁー? 私、何か気に障ることでも言ってしまいましたかねえ?」

「言ってろ! そんなことより何の用だ? 仮にもモミの木様がまさか俺たちの神経を逆撫でしに来ただけじゃないだろう?」

「ああ、そうでしたそうでした」


 モミの木は、右手の拳で左手の掌をポンっと叩きながら、わざとらしい顔を作る。


「お喜びください。新しいオーダーですよ。ロク&コリンズの工場をぶっ壊せ! いやー、嬉しいですねえー、嬉しいですよねえー。……それでは、ご機嫌よう」


 足取り軽く去って行くモミの木などに目をくれることもなく、エイトオーは一人、オーダーを眺めては不敵な笑みを浮かべていた。

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