第8話 さらば、チャーリー
「以前の調査はお手柄でしたね。お陰であそこの秘密が分かりましたよ」
いつもと変わらぬ夜に、いつもと変わらぬマスターと、いつもと変わらぬ酒の味。
例の尾行から一週間が経った頃、いつものようにピンボール台に群がるトナカイフォースを横目にエイトオーがバーボンを楽しんでいると、例の件で話があった。今日も他の客はいない。
詳しくは指令書を確認して下さいと、いつもの流れでエイトオーはオーダーを
「ほほう。子供たちの行方不明はドナルド&コリンズカンパニーの人形に仕掛けられた催眠術が原因。催眠術で子供たちを工場に集めて、……強制労働をさせているだと!?」
エイトオーが右手で力任せにカウンターを叩けば、マスターもトナカイフォースも彼を見遣り、ピンボールの賑やかな音だけが店内に寂しく踊る。だが、これもいつものことなのか。すぐに年代物のピンボール台はボールを弾く作業に、そしてマスターはグラスを磨く作業に戻った。
「だから俺にその製造拠点の一つを破壊してこいと。は! 人形を犯罪に使うなんて、趣味がいいことだな。実に分かり易くて俺好みだが、相変わらず財団は人使いが荒いもんだ」
つい先程のことなどなかったようにそんな言葉を吐きつつも、分かり易い内容に彼の口元は緩み、満更でもない様子である。
「私には、あなたがとても楽しんでいるように見えるんですがね」
珍しくマスターが反応したのが意外で、エイトオーも話しを続けた。
「馬鹿言っちゃいけねえ。俺はあの
「ふふふ、女帝ですか。ま、少なくともその件については、あなたの自業自得のような気がするんですけどねえ」
「何か知っていそうな口ぶりだな?」
「いえ、なに。先代から聞いたんですけどね、あなた昔は随分と悪さをしていたのだとか」
「……」
マスターがグラスを磨きながら話せば、エイトオーも琥珀色の液体に視線を落として、視線を交わすことなく昔を語る。
「三〇年も昔のこと。酒、女、博打、そして毎日のように喧嘩に明け暮れていたあなたは、酒に酔った勢いで天下の
「……そんな昔のことは忘れたな」
「ふふ、そうですか」
「ところでアトランティエ嬢は今、いくつなんだ? 俺にあった頃は三〇歳と言っていたぞ?」
「そのあたりのところは分かりかねますが、私の記憶でも三〇歳と承知しております」
「やれやれ、永遠の三〇歳というわけか。俺もとんでもない女に目を付けられちまったもんだな。……じゃ、今夜はこれで失礼するぜ。明日も早いもんでな」
「また、いらして下さい」
「ああ。久しぶりに昔のことを思い出せて楽しかったぜ」
しかし、エイトオーは違和感に気が付いた。
違和感の正体は何かと視線をさまよわせれば、いつものチャーリーには決して存在しないものが目に入る。いつも何もないカウンターの上に、見慣れぬ
やがてマスターに近づくと、その目が突如として赤く明滅し始めた。
「伏せろ!」
嫌な予感にエイトオーがあらん限りに叫ぶも、直後、たった一人の
「マスター! マスター! 大丈夫か! 返事をしてくれ! おい、救急隊を呼べ! 早く、早く!」
すぐに終わった崩落に、エイトオーたちは慌ててマスターの救出を試みるも、視界も足元も悪くマスターの体は見つけられない。
早く救出しなければと百戦錬磨の白ヒゲも焦りを露わにするが、焦れば焦るほど体も頭も思うように動かず、更に焦りが募る悪循環に陥った。
だが、そのときだった。
「あー……、うー」
「見えた!」
もう誰が叫んだのかはどうでもいい。ともかくマスターの体が見えたのだ。聞こえてくる声は相変わらず呻き声だけだが、これを希望とエイトオーたちはより力を込める。
「マスター!」
そうして二時間ほどが経った頃、途中から救急隊も加わり、遂にマスターの上から
「マスター! 起きろ! 大丈夫か!」
「う、ああ、助けてくれたんですね。ありがとうございます。ところで、私の手足はちゃんと付いてますか?」
「ああ、付いているとも。問題ない」
「そうですか。それならまたお酒を出せます……ね……」
エイトオーの腕の中で力なく目を閉じたマスターに、救急隊が即座に近寄り、バイタルを確認しながら救急車に乗せる。
外見的には大きな怪我も無く、奇跡的に生命活動に問題ないだろうとのことだったが、それでもエイトオーの真っ赤な怒りの炎を燃え上がらせるには十分だった。
「くそったれ! 首を洗って待ってろ、ドナルド&コリンズカンパニー! 俺がぶっ潰してやる!」
エイトオーは吠える。下界の事故も関係なく、変わらず夜天に浮かぶ白銀の光に誓うように。
それを温度の無い瞳で見ている者がいることなど、今の彼には知る由もない。
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