時を紡ぐ
藤泉都理
時を紡ぐ
時を紡ぐ刀。
時を断つ刀。
時を診る刀。
これら三本の刀を手に入れし掌握せん。
酔拳の世界を。
「あんた。また刀を使ったわね」
少女は見下ろした。
同じ時に同じ門を叩き同じ師匠に仰ぐ少年を。
「はあ?何のことですかあ?」
廊下に布団を置いて寝転んでいた少年は少女から目線を逸らして、久方ぶりに注ぐ日光へと意識を集中しようとしたが、それは叶わなかった。
少女に太陽を奪われたせいで。
「しらばっくれても無駄よ。私も刀を使ってあんたが切り取った時を診て紡いで元に戻しておいたから」
どおりでさっきまですっきりしていた腹がむかむかするのか。
少年は内心で納得しながら、少女に半目を向けた。
「あーあーいっけないんだー。刀を勝手に使ってー。師匠に怒られるぞー」
「確かに私も禁忌を二つ犯したけど、あんたは禁忌を三つ犯したじゃない」
時を断つ刀を使用した。
時を紡ぐ刀を使用した。
そして。
「お酒を飲んだ」
「………酒が美味いのが悪い」
少女に三本指を額に押し当てられた少年は口をへの字にした。
少年から手を退けた少女は腕を組んだ。
「まったく。師匠と約束したじゃない。入門する時に」
「私に憧れているのはとても有り難いですが、二十歳までは飲酒は厳禁。私と同じ酔拳を会得することは禁じます。と」
「「師匠」」
少女は腰を下ろし、片膝を地につけ掌で拳を受ける礼拝の姿勢を取った。
少年もまた、起き上がり布団から退いて礼拝の姿勢を取った。
「師匠。こいつが時を診る刀と時を紡ぐ刀。二本も使いました」
「師匠。こいつが時を断つ刀と時を紡ぐ刀。二本も使った上に飲酒もしています」
「やれやれ。こうも容易に刀を使用されては困りますね。しかも飲酒もだなんて。封印をもっと強化。いえ。私の目の届く場所に置いておかなければなりませんね」
師匠はちょび髭を少し撫でてのち、とりあえず、と言葉を紡いだ。
「二人共に禁忌を犯したので、一か月間。外出及び修行も禁止。です」
「師匠。禁忌を犯した数は私は二つでこいつは三つです。何故こいつと同じ期間なんですか?」
「連帯責任ですから」
「えー」
少女は眉尻を下げた。
にっこり笑った師匠は不意に表情を厳しいものへと変えた。
「二人共、いいですね。刀を使って無事でいられたのは、奇跡です。本来ならば、刀に触った時点で存在が消滅していてもおかしくないんですよ」
「何度も触って消滅していないってことは大丈夫ってことじゃん」
「これまでは。ですが、これからも。とは限らないでしょう。己を過信してはいけません。それと」
師匠は屈んでは少年と目線を合わせた。
「美味しいのは認めますが、お酒は絶対いけません。少なくとも二十歳になるまでは。二十歳になってから正しく飲めばいいのです。ただし、酔拳はいけません。己を亡ぼします。いいですね?」
「………はーい」
不満です。
でかでかそう書かれた、ぶすくれた顔をしてでも了承した少年の頭を優しく撫でてのち、少女の頭も撫でた師匠はその場を後にした。
『酔拳で強いあんたに憧れて来たんだ。俺を弟子にしてくれ』
酔拳は確かに己を強くさせる。
が。過剰な飲酒を必要とする為に身体を壊していく。
急速に。
だから先代は刀を見つけ出して、飲酒をしていた時を断ち、無くした上で時を紡ぎ生き永らえようとした。
武術家として。
けれど、断った時も成長をする上で必要だったのだ。
気付いた先代は刀を封印し、酔拳はだめだと見切りをつけて、別の道を進んだ。
己はそんな先代に反発して酔拳を会得しようと励んだ。
結果、身体を壊して酔拳は封じた。
己の代で終わらせようとした。
のに。
「素質があるのも考えものですね」
自室に戻り座椅子に腰をかけた師匠は天井を仰いだ。
少年は気づいている。
酔拳の素質があることを。
並外れた。
だから、度々飲む。
飲んで強くなって追いかけて来る。
昔の己を。
「困りましたね」
「ええとっても困りますね」
師匠は襖を開けた少女を見た。次いで、少女の目線を追いかけて己の手を。
己の手が持っている酒を。
いつの間に。
少し驚き、少し納得し、少し笑顔を浮かべた。
口の中で微かに広がる芳醇な味がするお酒を噛みしめながら。
「お酒は適量に飲めば大丈夫なんですよ」
「ええそうですねでも約束しましたよね。飲まない期間を設けて身体を休めるのも必要だから飲酒はしませんと」
「はい。約束しました」
「はい。師匠も約束を破ったってことで。一か月間外出と修行禁止だよな?」
ひょっこり、少年も少女の傍らから顔を出して師匠を見た。
師匠はそうですねと厳かに頷いて。
そして。
厳かな顔で言った。
「禁酒明けに行われるお酒の飲み比べ大会には行ってもいいですよね?」
「「いいわけない!」」
「ですよねえ」
幼い頃、私もよく師匠を叱っていたな。
師匠は先代とのやり取りを思い出しては声を出して笑った。
そして、やおら目を細め改めて決意をした。
この子たちを守ると。
恐らく、きっと、先代が強く想っていたように。
(………今度師匠に会った時は優しくしましょうかね)
けれどきっとまた、ねちねちと文句を言うのだろう。
この子たちのように。
(2023.1.16)
時を紡ぐ 藤泉都理 @fujitori
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