混沌と黒い雲

非現実的なことを目の当たりにすると人はどのような行動に出るのか。

声を失う者。大声を上げる者。泣き出す者。

大体この3つだろう。


「なんでなんだ!こんなのおかしいだろう!」

「早く出して!息子が風邪をひいてるの!」

「だから足踏むなって言ってるだろう!!」

「ぐす...お母さん...」


車内が人の声で埋もれていた。


こんな状況なのにひどく冷静だ。まず電車が動く見込みはおそらくもうない。ならいち早く外に出るしかない。

電車のドアはこじ開けられるだろうか、窓から出る方が確実だろうか。


プルルルルル


電話が鳴った。田中部長からだ。


「もしもし」


「「あぁ、こっちはもう大パニックだ。出社のことはとりあえず考えなくていいから無事そこから出ることを優先しろ。」」


「わかりました。わざわざありがとうございます。」


「「お前冷静だな。もしかしてそっちはそこまで大騒ぎじゃないか?」」


「いえ、たぶん聞こえると思いますが、田中部長のところと大差ないと思います。」


「「そうか、変わらないなお前は。とにかく、無事で居ろよ」」


ガチャ


田中部長は昔から僕のことを気にかけてくれている。優しい上司だ。

次会ったら何かご馳走しよう。


しかしこの状況どうするか。


「おい!ドアはあかないのか!」

「やってる!」

「どけ!俺がやる!」

「押すなよ!」


いい大人が子供も近くにいるのに大人げない言い合いをしていた。

おそらくドアは力づくでは開きそうにもないな。

そしたら窓しかないか。


「すいません。通して貰ってもいいですか?」


窓際の席まで移動し、窓の構造を確認した。


「ごめんなさい、窮屈でしょうが窓を外せるか見てみますので。」


「「開けれるの!?お願いします!」」


「期待はしないでください。」


電車の窓は本来半分しか開かないように設計されている。

これじゃ大人も子供も出られないか...

この状況でずっと外に出れないともっとパニックになりそうだ。

あとで会社とか色々謝りに行かないとな。


「今からこの窓割りますので、皆さん出来るだけ離れてください。」


「「え!?割るの!?危ないよ!」」


「この状況でずっと居る方が色々危ないような気がしますので。」


そういうと僕はカバンからトンカチを取り出した。

何故持ってるかって?机やらを作った時に使っていたトンカチを片付けずそのままにしていただけだ。


「ふっ!」


バリンッ


「ふっ!!」


パリッ


「すいません何方か軍手か何か持ってる方いませんか?」


「「あぁ、これだったらあるよ!」」


恐らく現場関係の仕事をしている人だろう。その人から内側がゴムになっている手袋を受け取った。


「ありがとうございます。」


ゴム手袋をはめて、ガラスを取り除いた。


「これで外に出れるはず...」

「皆さん!ここから外に出れると思うので、近い人から順番に出ましょう!」


「「兄ちゃんやるな!ありがとう!」」


先ほどまで罵声が飛び交うような空気とは一転希望に満ちた声が飛び交うようになった。


「「よかった...お兄さんありがとう。」」


「ん?うん大丈夫だよ。自分のためでもあるから。」


先ほど目の前で電話していた女子高生が涙目で感謝を伝えてきてくれた。

悪い気持ちはしない。そもそも陰キャ代表みたいな僕がなぜこんな行動をしたんだろう。

きっと田中部長に触発されたんだな。


「兄ちゃんありがとう!」

「お兄さん。ありがとう。」


たくさんの人から会社の言葉を貰い、憂鬱だった気分が晴れたような気がした。


「「お兄さんこれからどうするんですか?」」


「え?あーうん、とりあえず会社に向かって歩こうかな。」


「「じゃあ途中まで一緒に着いて行ってもいいですか。」」


「え、うんいいけど。どうしたの?」


「「あーうん。その、お礼がしたくて!」」


「そんな、いいのに。自分が助かるためにやったことでもあるんだし。」


「「いいんです!ほら、いこ!」」


一緒に行こうと行っていたのに先に行ってしまったのはどうなのか。

でも女子高生と歩くなんて、人生初じゃないか。何を卑屈になってるんだ自分。頑張れ。自分。


「「ところでなんで窓を割ったんですか?あのまま待っていれば開いたかも知れないのに。」」


線路を歩きながら女子高生は先ほど僕が取った行動が意外とでも言いたげなニュアンスで聞いてきた。


少し考えてから


「見ていられなかったからかな。」


「「見ていられなかった?ですか。」」


「うん。小さい子が泣いてたでしょ。あといい大人が言い合いしてたり。あの場から早く逃げたかっただけかも。」


「「ふふふ。そこは助けたかった!とかそういうセリフだと思ってました」」


「あーうんそれも考えたけど、結局は自分のためだなって思って。」


「「かっこつけないんですね....」」


「ん?何か言った?」


「「いえいえ、何も!あ!次の駅が見えてきましたよ!」」


そうこうしているうちに次の駅まで見えるほぼ歩いたらしい。

若い子と喋るのなんて久々すぎて上手く話せてたか分からないけど、笑顔だからとりあえずいいとしよう。


「「そういえばお兄さんのお名前聞いてもいいですか?私はあいりって言います!相田あいりです!」」


そういえば自己紹介ってしてなかったな...


「置田...総司。」


「「おきたそうじ...?ですか?」」


「うん。あんまり自分の名前好きじゃないんだ。親父が歴史好きだったから...」


「「とてもかっこいいと思います!総司さんですね!」」


「うん。よろしく。」


「「はい!」」


黒髪ショートの女子高生はとても元気だ。よくあんな状況の中ここまで笑顔で居られるな。強いんだな、女の子って。


ちなみに僕は黒髪短髪168cmのどこにでも居そうな男です。


「どういうことだこれは...」

「おい!あれ見てみろ!」

「何よあれ...」


一緒に電車から脱出してきた人たちが前の方で声を上げていた。


「「何かあったみたいです。見に行きましょう」」


小走りになったあいりちゃんを追いかけ、声を上げている人たちが見ている方向を見た。

そこには日常とはかけ離れたものがあった。


「「黒い...雲...?」」


あいりちゃんがか細い声で見たものをそのまま口にした。

僕も同じことを思ったと思う。


とても大きくて丸くて黒い雲が、浮かんでいた。


「ここは危険ですから離れてください!!!」

ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


警察官がホイッスルを鳴らしながらこちらへ向かって走ってきていた。


「皆さん!!ここは危険です!今すぐあちらの階段から上へ避難してください!」


ドンッ!


「もうこっちまで来たのか...」


「「な...何よあれ...」」


「お姉さん危険です!!今すぐうしろへ!行ってくだ」

グシャ


警察官の上から大きな獣が、落ちてきた。


「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」


「「逃げろ!!!!早く!!!こっちだ!!!!」」


「やめてやめてやめてやめてえええええええ」


グシャ グシャ


次々と近くにいる人たちを捕まえて、食べていった。


「「やばいですよあれ!!」」


「あっちに行こう!」


僕たちはすぐさま進んできた道とは逆方向にある階段を上った。


「こっち!」


ホームの上には獣から逃げてきたであろう人たちがこちら側へ向かって走ってきていた。


「どけえええええええええ!!」

「邪魔だあああ!!」


「「君たち!!早く改札の外へ出なさい!」」


警察官が大慌てで道を教えてくれた。


改札を出ると見慣れた景色とはまったく違う光景が目に飛び込んできた。


車の上にはオオカミが巨大化したような獣が雄たけびを上げており、その周りを盾を持った警察官10名ほどで取り囲んでいた。


「なんなんだお前は!どこから来た!」

「意思疎通は出来ないと思います。」

「銃が効くのか...」


「ええい!民間人には絶対に危害をくわえさせるな!」


警察官は勇敢だ。本心からそう思った。

この状況を見るに恐らくあの黒い雲からモンスターらしき獣が溢れてきて全世界大パニックといったところか。


夢か...?いや、朝しっかり起きたしそれはないか。


「まずは避難をしよう。ここに居たら危ない。」

「「は、はい!」」


僕たちは警察官を後ろに近くにあるショッピングモールへと走った。

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