432.5 手記15

「ねぇ、もうクリスマスだわねぇ」


 小松こまつ艦長は、エリアBのロビーに飾られたクリスマスツリーを見上げて息を吐いた。


 ベージュのニットにタイトスカートは、どこか三島みしま主任を思わせる。


 そういう私も、主任と同じ、青いネックレスをしている。忘れたくないからだ。どうしても。


「雪でも降ればいいけど、今日は無理ね」


「降らせましょうか?この間、……趣味程度なんですが、エリアBの館内の天候管理システムを作ってみたんです。遊びですけど」


「そんなこと出来るの?流石リエナね」


 ホログラムモバイルをタップして、ロビーに粉雪を降らせる。


「少し、温度だけ上げましょうか。あったかくも出来ますけど」


「そんなことまで出来るの?流石私のリエナ。でも大丈夫よ。冷たい雪も楽しいから」


 小松こまつ艦長の言葉に、小さな雪が胸の中に降り積もって、そしてゆっくり溶けていく……——


 三島みしま主任の笑顔を思い出してしまう。


「サブロー君がやってくれたのよ」


「ツリーですか?器用そうですもんね、彼」


「どうかしら……一生懸命よね」


 少しずつ降り積もる雪を踏み締めて、ツリーに手を伸ばす。


「綺麗でしょ。それは私が作ったのよ」


 少し得意げな小松こまつ艦長は、ツリーから、金色に光る満月のようなオールドアンバークリスタルのオーナメントを外した」


「ブレイズレイダーの瞳のミニチュアよ」


「……今日、試乗ですもんね」


 何故私が選ばれなかったのだろう……もしものことがあったら、三島みしま主任に申し訳が立たない。


篠坂しのさか艦長の決定よ」


 昔の機関に比べて、今はだいぶ、色々なことが良くなっていると聞く……。


 でも、こういうところが、私は納得出来なかった。


「裏方ばかり。……ごめんなさいね」


「いえ、……今は小松こまつさんが艦長じゃないですか。私、好きです。ブレイズレイダーの瞳」


「ありがとう。貴方の瞳もね」


 小松こまつさんは良く、私の瞳を褒めてくれる。ずっとそうされる内に、私は鏡を見るのが好きになっていた。


「うわー!!綺麗ですね!!!」


 国家警察の白ジャケットを、搭乗用に特殊加工したスーツ。


 三島主任の……遺族。


「サブロー君、ツリー、ありがとね!」


 小松こまつさんに柔らかく笑う彼に、笑顔を向けることが出来ない。


「リエナ……さん?」


「何でもないわ。搭乗、気をつけて」


「ありがとうございます!!!」


 私はこの子を主任と同じように愛しているはずなのに……


「ロビーの中に雪なんて、考えつかないですね」


 さらりとそんな風に言うこの子を、私は死なせたくないのに……いや、決めつけてはいけない。


 私はオーナメントに映る、自分の瞳を見つめた。


 それじゃあ、と言って、彼が立ち去ろうとして、まつ毛に雪が触れる。


「待って!」


「はい、なんでしょうか?」


 この子の瞳が今、何色なのかわからない。三島みしま総督と、三島みしま主任から託されたサングラスが、彼の瞳を隠していた。


「死なないで。……——絶対に」


 彼は小さく頷くだけだった。


「大丈夫大丈夫!」


 小松こまつ艦長の声に、私の瞳の熱が、上がっていくのが分かった。


 三島みしま主任も今きっと、笑顔だ。

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