288.5 手記③

 ジオラマルームのブルーホールが、徐々に閉じて、街が再生する。


 IOPの美しい大都市が。


 何度も見た全景。


 ホログラムニューズペイパーでも、TVでも、IT dimensions Networkでも、何度も見た。


 弐花にかとハジメ兄がIOPに赴任してからは特に気になって、日毎にその景色を——。


 美しいあおのエネルギーを発しながら、再生していく。


「普通ならこうなるはずだ」


 拓海たくみがホログラムキーを操作して、シミュレート映像を分析する。


 本当なら、消失から48時間後迄には、IOPは全て復元されているはずだ。


 強大な悲しみは、時として思考を停止させる。


 何が正しいのか、自分自身が何者であったのかさえ、閉じ込めてしまう。


「そうだな……」


 繰り返し見た景色に、別の思考が浮かんでしまう。


 後悔と、欺瞞ぎまんと……。


 拓海たくみは何度、記憶に打ちのめされて来ただろう。


 光の無い義務的な動作に、コーヒーを差し出すが、返事は無かった。


「時が止められている」


「……」


 ブルーホールの現状にジオラマの時が戻る。


 青い海原にぽっかりと空いたあなは歪んだ哀しみの記憶そのものだ。


 拓海たくみが操作すると、黒いもやが発生した。


「元に戻ることが止められている」


「……ごめん、一人で調べさせて」


 時間が経っていることが急に思い出されて、俺も手を動かし始める。


「俺じゃない。三島みしま弐花にかだ。このエネルギーに気づいたのは」


 知っていた。


 弐花にかが残したものを、繰り返し追っては、心を苦しめる日が続いた。


 もう居ないあねにとって、この繰り返しが何になるのかと思っては、笑顔を思い出す繰り返し。


「どうにかすれば出来そうなんだろ?復元」


「この靄の正体を突き止めれば、おそらくな」


 試しては差異の発見の繰り返し。


「或いは……このエネルギー自体が何らかの意図を持っていれば」


「ホーリーチェリーがじゃなくて?」


「あれはただの樹だ」


「樹にも心はある」


「……そうだ。それで片付けば、この問題は二度と起こらない」


「そうじゃないよね……」


 俺たちの仮定は、ホーリーチェリーは一本で終わらない。そのために、心を奮い立たせてここに居るのだ。


「まるで人の悪意みたいだ……」


 俺は不確かなもやを眺めて、システムを引っ張り出してはトライアンドエラーを繰り返す。


三島みしま、お前は悪意には縁遠い暮らしだったろう」


「えっ」


 大切な家族、信頼出来る仲間、友人……。


 俺は確かに、いつだって光の中に引っ張り出されて来た。


「……忘れるな」


 いつの間にか手を止めていた拓海たくみは、ズズ……と俺が淹れたコーヒーをすすっていた。


 それでも。


 沢山の光を失った俺は、これからどこへ行けばいいのか分からなくなる時がある。


 いつか俺は、望まぬ結末を迎える日が来るのだろうか……


「もう休め」


 拓海たくみが投げて寄こした冷たいカードキーは、無機質な照明の下で青く光った。


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