父のお土産

 父は漫画が好きで、かつては自分で漫画を描いていたそうだ。若い頃に買ったというあしたのジョーの初版本全巻をよく自慢していて、そして手放したことを残念がっていた。大人になった後も漫画が好きで、よく仕事仲間が読んだ後の週刊少年ジャンプをもらってきて僕にくれたりしたものだ。


 そんな父なので子供と話がよく合う。いとこや近所の子供にもよく懐かれては変顔をして笑わせたり、遊びに付き合ってあげたりしていたものだ。

 子供だけではなくもちろん大人からの評判も良かった。すぐ人と仲良くなれる。相手がどんな人でも分け隔てなく付き合える人だった。家族ぐるみの付き合いによくなっていて、何度か僕も連れて行ってくれて、そこの子供と一緒に遊んだり、お泊まりしたりした事がいまだに新鮮な気持ちで思い出せる。

 あの時の人の家特有の匂い、家とは違った味噌汁の香り、朝早起きして早々見慣れない景色が飛び込んできた時の異世界感。あの感覚は、あの時、時代、色々なものが合わさって初めて味わえる「匂い」だろう。


 僕が小学校3年生くらいだっただろうか、父が足を骨折した。仕事中の事故だった。入院した病院の腕が悪かったのか、1年以上入院することになった。この入院中にも、父のある種の人たらしが発揮されることになる。

 隣のベッドに入院していたヤクザの人と友達になって、美味しんぼを1巻から72巻までもらったりしていたのだ。

 相手がどんな人、人種でも気さくに応え、まるで昔からの友人のように、あっという間に距離を縮める。そしてそれが不快でない。父はそう言う人だった。


 少し時間を戻して、僕が幼稚園を卒園する頃のことだ。その頃には僕は父が毎週持って帰ってくるジャンプを楽しみにしていた。

 幼稚園児に理解できる話は少なかったが、母の教育のおかげでひらがな、カタカナ、簡単な漢字はすでに読めるようになっていたので、絵の勢いもあって楽しく読めた。

 そしてその日も父は何かお土産を持って帰ってきた。僕はジャンプを持ってきてくれたんだと思いワクワクしながら袋を受け取ったが、いつもと袋の重さが違う。ジャンプより重たいのだ。重たいと言うことは豪華ということだ。そう思った僕はジャンプよりすごいものがあるのか!?と思い切って袋を開けた。

 すると中には小さい本が5冊入っていた。背表紙をこちらに向けて綺麗に並べられており、よく見ると見覚えのある絵が描かれていた。


「これよく読んでるやろ」父がニコニコしながら一冊を取り出し、僕に手渡してくれた。

「ドラゴンボールや!」

 ジャンプで当時連載されていたドラゴンボールが僕は特に好きで、何度も同じ話を読み返しているのを父は見ていてくれたのだ。

 そのドラゴンボールの単行本だった。しかも一気に5巻まで!

 あまりの嬉しさに僕は少し大声で「やった!」と飛び跳ねてしまい、母に叱られてしまうのだが、それでもこの嬉しさはまったく収まらず、ご飯を食べた後はずっとドラゴンボールを読んでいた。寝るギリギリまで読んで、「早く寝ろ」と注意され、眠りに入るまでニヤニヤしていた。


 あの日のあの情景、昭和の暗い蛍光灯に照らされた室内の色や質感、ごはんの匂い、父のタバコと汗の混じった仕事帰りの匂い、ニヤニヤしながら潜り込んだ布団の冷たさと畳の匂い、ドラゴンボールの単行本の新刊特有の紙の匂い。色んな匂いが混じり合い、ひとつの思い出をより鮮明に呼び起こしてくれる。今はもういない、父の優しさの匂い。


 

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