さちこ先生

 前述したが、僕はすみれ組の担任だったさちこ先生が大好きだった。美人で、腰まである超ロングの綺麗な黒髪で、すらっとしてて、優しくてとにかく大好きだった。。小雪と壇蜜を足したような感じといえば、いかに綺麗だったかわかっていただけるだろうか。間違いなく僕の初恋はさちこ先生だ。

 そんな超ロングヘアーのさちこ先生にしかできない遊びだったのが、髪を全部前面に持ってきて顔を覆い尽くし、前のめりになりながら両手を突き出し園児を追いかける遊びだった。じりじりと迫り、いきなり呻き声を上げながら園児を追いかける遊びだ。それはさながら『リング』の貞子であった。

 高校生の頃、映画館で『リング』を観た時、怖さよりも「さちこ先生やん!」という既視感が先にあったのであまり怖く無かった。むしろ久しぶりに見られて、懐かしくて感動した。


 当時この遊びが始まると、恐怖に大泣きする子、遠目から「自分は関係ない」と言わんばかりに見なかったことにする子、ゲラゲラ笑いながら近寄ってくる子、色々なリアクションで教室内がカオスになる。

 僕はというと、何度も言うようにさちこ先生に恋をしていたので、むしろ僕だけを追っかけてくれと言わんばかりにアピールしていた。


 そんな優しくて美人なさちこ先生に一度だけ叱られた事がある。


 それは工作の時間だった。前もってこの日は折り紙をやることを母と共に聞いていたので、数日にわたる猛特訓が行われていた。それはもう凄まじいと言わんばかりの特訓だった。綺麗に折れるまで延々と折り鶴を作り続け、出来ないと吹っ飛ばされる。ほとんど修行だった。「不器用ぶきっちょは飯食うな」と、ご飯も抜きになり、キビしすぎると枕を涙で濡らしながら眠りにつき、次の日朝起きるといつもより多い朝ごはんを出してくれていた。当然お腹が空いていたので、それはもう貪るように食べたものだ。


 そんな特訓を経て、ついに折り紙の日がやってきた。みんなで折り鶴を折りましょうと、何枚かの色紙が配られる。

 その色紙を前に、僕はものすごく緊張していた。綺麗に折らないと。綺麗におらないと。

 ぐるぐると先日の猛特訓の光景が頭の中を巡っていた。そして、綺麗に折れなかったらさちこ先生に嫌われると言う懸念もあった。

 折り目が少しでもずれたら折り直す。紙厚分の誤差なんて幼稚園児にわかるわけなく、折るたびにずれていくのが許せなくて恐ろしくて何回も折り直した。そのおかげで紙はくしゃくしゃになってしまって、僕はというともうパニックだった。どうしようどうしようと、息も荒くなってきている。息苦しい。僕は新しい紙を取り、もう一回折り始めた。もう泣きそうだった。

 2枚目もくしゃくしゃで終わってしまい、僕はもう折り鶴を折れる自信がなく、ただただ落ち込んでいるのがバレないように普通を装いながら「あれー?あれー?」と大袈裟に明るく言ってみたりして、悟られないようにするので精一杯だった。「自分は弱っている」というのを人に知られるのが何より嫌だったので、カラ元気で乗り切ろうとし始めていた。

 もう終わった。帰ったらお母さんに怒られる。さちこ先生にも嫌われる。そんな気持ちでいっぱいになってしまっていて、心臓はバクバクしていた。最悪の1日。アニメも見られないし、そもそもテレビも見られないだろう。どなられるだろうか。寝ながら図鑑は見てもいいだろうか。逡巡するのは、折り鶴のことよりもこの後の家での振る舞いをどうするかばかりになってきていた。


 結局僕は折り鶴を折れなかった。くしゃくしゃの紙を自分のお道具箱に入れる。泣いてはいけない。もうどうしようもない。さちこ先生になんて言おう。ごめんなさいするだけで許してくれるだろうか。どなられるかもしれない。叩かれるかな。怖い。

 そうやって自分のお道具箱の前で固まっていると、女の子が「これあげる」と僕に何か差し出してきた。ほっといて欲しいのに。話しかけられたら答えないといけないと思い、女の子の方を向き、手に持っているものを見た。

 折り鶴だった。綺麗な折り鶴だった。

「一個もできてへんやん。これあげるわ」女の子はそう言って僕に折り鶴を渡した。


 その時僕は「いらない」と言うべきだったし、言おうともした。しかし恐怖が沸き起こってきて、逃げたい一心でその差し出された折り鶴を受け取ってしまった。


「ありがとう」僕はそう言いながら、心の中に沸き起こってくる別の感情に気づいていたが、しかし折り鶴をさちこ先生に渡せる安心感で打ち消されてしまった。あれは間違いなく罪悪感だった。あんなに難しい折り鶴を、女の子ががんばって作った折り鶴を、もらってしまったことや、僕が作ったんじゃないものを、僕が作ったかのようにさちこ先生に見せること。絶対ダメだと思う反面、作れなかったことがわかった時にさちこ先生や母にどんな目に合うかわからない恐怖がせめぎ合っていた。

 そして僕はそのせめぎ合いに負けた。女の子からもらった綺麗な折り鶴をさちこ先生のところに持って行ったのだ。さちこ先生の前に置かれた箱にみんな折り鶴を入れて行っていたので、僕もさっと入れてしまおうと箱の前まで歩を進めた。


「それは梓杏くんが作ったんとちゃうよね」箱に折り鶴を入れようとした僕を制止し、さちこ先生が言った。

 僕は「うん・・・ちがう」としか言えなかった。嘘はつけなかった。普通に作れなくてごめんなさいと言っていた方が幾分ましだったとこの時やっとわかった。

「その折り鶴はあの子に「ありがとう、でもいいよ」って返してあげて、梓杏くんの折り紙もっておいで」さちこ先生は僕に優しくそう伝えると、僕の背中をそっと触れながら回れ右するように誘導し、返すように促した。

 僕は重い足取りでその女の子のところに向かい、話しかけた。

「これありがとう。でももうい・・・」そこまで言って、限界だった。僕は泣き出してしまったのだ。それは、女の子に対する申し訳なさや、さちこ先生に嘘をつこうとした罪悪感、それからどなられる、叩かれると思っていたのに思った以上に優しくされたことによる安心感と、母に怒られるという恐怖がないまぜになった涙だった。

 そして僕は泣きながら自分のくしゃくしゃの折り紙を先生のところに持っていき、先生に「ごめんなさい」と言った瞬間、もう止まらなかった。大泣きだった。

「へたくそでええから自分で作ったのを出して欲しいな」と、先生は僕のくしゃくしゃの折り紙を一枚、僕に返して一緒に折り鶴を折ってくれた。出来上がったのは決して綺麗とは言えない、あの女の子の足元にも及ばないヨレヨレのガタガタの折り鶴だったが、『さちこ先生と一緒に僕が作った』という一点において、最高の折り鶴だと思った。


 このエピソードを書いている時に思い出したことがある。他の幼稚園はわからないが、当時僕が通っていた幼稚園では誕生日に先生と園庭で写真を撮るイベントがあった。さちこ先生と二人きりで撮った写真は僕の宝物になって、その写真にはさちこ先生直筆のメッセージが一緒に添えられていた。

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