1話・2人のひみつきち
第一章・風変わりな朝
「おはよう」
昨晩の夢は妙にリアルだった。家族と挨拶を交わしたが、意識は朦朧としていた。
(なんだったんだろう……)
食べるはずだった食パンを焦がし、結局は牛乳だけを飲んだ。洗顔フォームとハンドウォッシュを間違えそうになった。
現実の記憶の方がむしろおぼろげなまま、気づけば眠っていた。
「ねえ、ねえ」
「誰……?」
「私だよ!また会ったね!」
朝日が差し込んだ部屋は仕切り壁がなく、柱だけで間取りを構成していた。壁は漆喰のようで、畳部屋の敷布団で私は寝ていたようだ。夢のはずなのに、ぽかぽかと暖かさを感じる。とても妙な感覚だ。
身体を起こすと、ツキは笑っていた。
「ちょっと待ってね、家主さんに暖かい朝ごはん作ってもらうから」
そして、ツキは幅の広い中央の階段を下っていく。
下から声が聞こえた。優しそうな声だったが、何を言っているのか分からなかった。それは単純に耳が遠いとかではなく、私にとって知らない言語を使っているようだった。ツキもまた、その未知の言語を話しているようだ。
数分後、下から馴染みのある言語で「ご飯できたよー」と声をかけてくれた。階段を降りると、数人の少年少女が既に席に着いていた。だがその人たちの言語も同じもので、私には意味がさっぱり分からない。私を見るなり、よく分からない言葉を発する。ただ、皆笑顔で机にのった料理を指さしたり、ジェスチャーをしていたので、歓迎してくれているのだろうと直感的に感じた。
大きいダイニングテーブルには、サラダ、丸いパン、赤色のスープ……おそらくトマトスープだろう、様々な食べ物が置かれていた。夢のはずだが、まるで現実のように食欲が湧いてくる。
でも、本当に食べていいのだろうか?
異世界で食べたり飲んだりすると元の世界に戻れなくなる。そんな話を某サイトで見たことがある。
いくら夢とはいえ、流石に危ないのでは……?
食べようか食べまいか迷っていると、それを察したのかツキが言う。
「夢の中だから大丈夫だよ、さあ食べて食べて!」
どうやら此処が私にとっての『夢』である事を彼女は把握しているようだった。
「うん……!いただきます」
断るのも申し訳ないので、食べることにした。
丸いパンをひとつ皿に取り、サラダを向かいの席の少年に盛り付けてもらった。
恐る恐るパンを口にする。
カリッと焼き上げられたパンはほんのり甘い。例えるなら、ちょっとお高めのレストランで出されるバケットのような。
「美味しいでしょ?」
少し自慢げにツキが微笑む。私はそれに頷く。
よく分からない言語で机を囲む人達に何か話しかけたあと、またにっこり微笑んで私に言った。
「ありがとうだって!みんな喜んでるよ!」
彼女はどちらの言葉も理解できるようだ。
「翻訳家みたい、かっこいいね」
「えへへ」
食事中、言語が分からないながらコミュニケーションをジェスチャーで取り、彼らと交流した。
現実での食事ではそんなことが殆ど無い。その上言語の違う人と交流する事も初めてだ。
不思議な夢は、いつもと違う特別な経験となった。
食事を終えると、皆外に出るなり、部屋に戻るなり、ばらばらに行動し始めた。せっかくなので外を散策したいと思ったが、全く知らない土地を私だけで歩くのは少々不安だ。言葉も通じないから、道を訊く事も出来ない。
あれこれ考えてると、隣にツキが居た。いきなり現れたので「わあっ」と声が出る。
「外行きたいの?」
ツキは私の心を見透かしたように言う。奇妙だと思ったが、まず此処自体奇妙だからあまり気にならなかった。
「うん。外を見てまわりたい」
少し考えた素振りを見せ、
「あたしのひみつきちに行こ!」
そう応えられ、私たちは外へと出た。
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