第6話 オーナーの帰還

 俺は玉座に腰掛けながら、ワイングラスを傾ける。

 栄光というのは、虚無だ。


 クラゲを脅し、借金を帳消しした後、俺はニューサイタマを占領した。

 今やそのインフラ業務を行っていた公社、サイタマ新営公社は我が傘下に下り、他の有力団体も手中に収めた。

 借金で首が回らないあのファインはもうどこにも存在しない。

 ここにいるのはただ一人の皇帝ファイン。

 ただ一人きりの、ね。


 なんて言うと思っただろうか。

 そんな訳はない。この暮らしは最高だ。


 両脇に適当に寄せ集めた女を抱き寄せながら、俺は湯悦に浸る。


「陛下ぁ、私、都市工房の新作のバッグが欲しい」


「良いだろ良いだろ、おい、クラゲ!!」


 俺が怒鳴ると、すぐさまいけ好かないあの女が出てきた。


「はい、なんでしょう」


「買ってこい、もちろん、お前の金でな」


「はい、帝国のために」


 クラゲは帝国式敬礼をして部屋を出ていった。

 そう、クラゲを部下にしたのだ。

 俺を借金で脅してこき使っていたクラゲだが、今度は俺が武力でクラゲをこき使っているというわけである。

 俺は読んだことが無ぇが、これが今流行りのザマァ系ってやつかな。

 なるほど、復讐モノって路線も悪くねえ。


 さて、俺は計画を走らせる。

 ニューサイタマは完全にファイン帝国の支配下だ。

 インフラを牛耳った以上、俺の勢力に手を出せるやつはいない。

 そもそも俺の化け物軍団に逆らえるやつなんていないからナ。


 このままニュートーキョーまで勢力を進出させれば、俺は世界の王になれる。

 現在の人類の地図にあるのはその二都市だけだからだ。


 俺は夢想する。

 ニュートーキョーが終われば、世界進出だ。地図を広げ、この新世界に巨大な統一国家を作り出す。

 もちろん、その上に居座るのは、俺一人。


 巨万の富に、美女たち。

 これは素晴らしいことが始まりそうだナ?


 というわけで動き始めても良いのだが、俺には一つだけやらなければいけない事があった。

 オーナーである。


 ファイン帝国を樹立した後、俺はオーナーを我が后にするため、すぐさま兵を引き連れて猫草亭に向かった。

 しかしそこにあったのは「ばーか」と書かれた書き置きが一枚。


 どうやらオーナーは身の危険を感じたらしく、姿を隠したらしい。

 この一週間、帝国の全兵力を使って探しているのにも関わらず、未だに見つからない。


 俺はオーナーをこの手に入れるまで、この都市から離れるわけにはいかないのだ。


 部屋の扉を守らせていた兵が、中には行ってくる。


「皇帝陛下、内務卿が報告をしたいといらっしゃっていますが」


「はあ。明日じゃ駄目なのか?」


「どうやら緊急だそうです」


 内務卿はその名の通り、内政担当の大臣だ。

 だが、内政というのは様々だ。

 もちろん市場の管理やらも含まれているが、彼のいちばん重要な仕事はそれではない。


「入れろ、ヤツが緊急だということは本当に緊急だ」


「恐れ入ります、皇帝陛下」


 豊かなひげを蓄えた老年の男が恐る恐るこちらを見上げる。

 この男こそ内務卿。名前は確かゲンゴロウとかいうらしい。


 彼の主要な仕事は諜報だ。

 といっても、その耳の向ける先は外ではなく中。つまり、内部粛清部門のトップというわけである。


 帝国はいくら絶大な武力によって統制させられているとは言え、所詮、できたての国家だからな。しかも武力と言っても、だれでも何回かは死ぬことができるので、前時代ほど圧倒的な効果はない。


 そこで、この男の出番である。


 彼は就任してすぐに自分の反対勢力を全員、裁判にかけ粛清した。その手際は見事としか言いようがなく、俺はその力量を信頼して、様々な仕事をこいつに任せている。


「どうした。反乱勢力でも現れたか?」


「まさにそのとおりでございます。ああ、まさに! 陛下はすべてを理解しておられるッッ」


 しかし、かなり優秀な男なのだが、何故かこいつは俺に対して異常な尊敬を持っている。尊敬と言うか、崇拝と言うか。

 普通に怖いので、あまり近づきたくないのだが、優秀なので使わざるをえない。ジレンマだ。


「勇者を名乗る団体が、陛下の安寧を脅かそうとしています。ああ、まったく不愉快ッ。勇者などと、神聖なる陛下が魔王のようではないかッッ。まったく低俗な輩はセンスが……」


「ふむ、で、どれくらい掴めた」


「ああ、いえ、それは……」


 玉座の間の扉が勢いよく開かれる。


「あっと、そこからは俺から言わしてもらうぜ」


「オーナーッ!?」


 そこに立っているのは、ずっと探し求めていたオーナーその人であった。

 自慢の猫耳は少し汚れており、潜伏期間の苦労がうかがえる。


「いままでどこにいた? そうか、やっと俺と結婚してくれる気になったんだな!」


「まだ気づかねえのか? この宮殿はすでに包囲されているッッ」


 ザッザッと侵入してくる黒い装いをした者たち。

 これは……。


「どうやってこんな兵を。外にいた化け物兵団はどうした!?」


 内務卿が報告してくる。


「おそらく、すべて倒されましたッ。こんなにも早くっ」


 オーナーが、くっくっくと笑う。


「ニュートーキョーの魔術兵団だ。統制されていない化け物共なんて、魔術の前では砂上の楼閣でしかない」


 魔術兵団?

 なにそれ、聞いたこと無い。

 ていうか、魔術なんてあるの? 

 人間が火とか吹けるわけ? 

 熱力学第一法則とかどうなってるの?


「まあ、とにかくだ。死んでくれ、ファイン」


「え、ちょ、まっ」


 そうして俺はド派手に魔術で爆発されて死んだ。


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