第3話 ネコミミ店主

 ったく、あのゆるふわ女はただ単に俺に活を入れるためだけに誘拐監禁、及び恐喝という事件を起こしたらしい。頭もゆるふわなのだろうか? 親の顔が見てみたい。いや、やっぱり見たくない。




 さて問題は、昨日会ったやつがどこのどいつなのか、と言うことだ。


 俺は昨日の記憶が殆どない。おそらくスタンド攻撃のたぐいだろう。約束時間よりも飲み屋に早く着いたことは覚えているが……、くそったれ、何一つ思い出せない。




 やり方は色々あるが、クラゲに頼るのは避けたい。


 となると、解決策は一つである。




「というわけで、オーナー。昨日の熱い夜のことをじっくり教えてくれないか? 対価は身体で支払う」




「帰れ、クズ債務者。準備中ってのが見えなかったか?」




 居酒屋喫茶、猫草亭。


 このニューサイタマの探索者街で、数々の荒くれ者の胃袋を満たしてきた憩いの場である。夜は居酒屋だが、昼は喫茶店としてやっている。従業員はオーナー一人なのによくやっている。


 オーナーの名前は知らない。というか、大事変後では、治安が悪すぎて本名を明かすのはタブーとされている。




 だが、そんなことよりも重要なことがある。


 そう、猫耳だ。




 オーナーには猫耳がついている。大事変では人間の姿も変わった。一部の住民は人間の姿を失い、何かよくわからん生物になった。オーナーのように半人半獣もいるし、スライムみたいなやつもいるし、中には文字情報だけになったやつもいる。




 そして、俺は周知の通り博愛主義者で、動物好き、それにともなって動物系異形者が好きだ。




「ごろにゃんって言ってみてよ、ごろにゃんって」




「殺すぞ」




 オーナーはチクチク言葉を多用する恥ずかしがり屋だが、そんなところもキュートである。




「何しに来た、ファイン。ツケは持ってきたんだろうな」




「オーナー、やだな。ちゃんとツケは返すよ。マタタビとかでいい?」




「いいわけねえだろ。あと、俺を猫扱いすんな、俺はノンケだ。くっつくな」




 失礼な。俺はオーナーに性的な気持ちを抱いていないといえば嘘になるが、ただ単にその猫耳としっぽと男なのに細すぎて女にしか見えない身体をもふもふしたいだけなのに!




「用がないなら帰れよ、ファイン」




「だから、教えてくれれば帰るよ~。昨日、俺は誰と会ってたんだ?」




 俺はカウンターの丸椅子に腰掛けた。


 オーナーはため息をつきつつも、グラスに水を入れてれた。


 やさしい。




「昨日って、夜のことだろ。そんなに良くは知らないぞ。なんかでかい男と呑んでたけど、お前がビールを一杯飲んだらそのまま潰れてただけだ。水で薄めたのにやっぱだめだったな」




 なるほど、俺の記憶とほとんど変わらない。でかい男ってのは俺も覚えている。やたらと俺について知っていたが、俺は同業者のブラックリストに入っているからそれは不思議ではない。




「そのでかい男について調べてんだ。もっと言えば、その男が持ってきた儲け話だな。クラゲ案件で今、やばいんだよ」




 猫耳がピンと張る。




「お前、クラゲから金借りたのか?」




「ああ、もう闇金ですら俺に貸してくれなくなったからな」




 クラゲ女はどんなときでも金を貸してくれるからな。


 まあ、それはどんなやつでも金を変えさせるという奴の自信があるのだが。




「ったく、しょうがねえな。ちょっと待ってろ」




 そう言うと、オーナーはなにか手紙を書き始めた。




「クラゲ案件ってことなら、おそらく爆発跡の探索集団案件だろ。だったら、ツテがある。お前をクラゲが突っ込ませたいってことは相当大きな話だろうからな、関係者だったらなにか知ってるかもしれない」




 よし、と小さくオーナーがつぶやくと、万年筆のインクを息で乾かして、俺に渡してきた。




「紹介状だ。俺からお前を紹介するのはものすごく嫌だが、ツケ二倍だぞ?」




 片目をつぶってほんのり頬を上げるオーナーは普通にメスだが、本人にその自覚がないのが悔やまれる。


 まあそれはいい、これで光明がさした。


 やはり俺のろくでもない人生に光をもたらしてくれるのはオーナーのだけのようだ。




 勢いよく紹介状を受け取る。




「ありがとう、オーナー!! ツケはマタタビ二倍でいいんだね、了解」




「おいこら、やっぱ返せそれぇええ!!」




 チャリンチャリンとドアに付けたベルが鳴る。


 オーナーは一人きりの店内でこそりと愚痴った。




「マタタビなら4倍よこっせての」


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