第2話 ゆるふわくらげ女

「ファインさーん。いるんでしょー? 出てきてくださーい」




 午前10時ごろの朝というべきか昼というべきかよくわからん時間帯に、アパートの扉を朗らかな口調とは裏腹にガンガンと叩く音がした。


 


 知っている女の声だ。


 名前をクラゲという。もちろん偽名だ。




 この女は借金取りで、見た目はほわわんとしたゆるふわ系なのに、意味の分からない腕力でこちらを容赦なく追い詰めてくる冷徹なやつである。




 俺は寝ぼけた頭を叩き起こし、目をくわっと開く。


逃走経路の計算をする。




 窓――っ、駄目だ。クラゲのやつが一人で来るはずがない。手下の男どもがすでにこの家を包囲しているはずだ。




 正面突破――っ、クラゲに太刀打ちできると? あの女はベンチプレスを片手で200キロ上げる女だぞ。しかも自撮りしながら。




 仕方ない、最終手段を使うか。


 こんなときのために用意していた隠し通路。天井から垂れ下がった、一見照明のスイッチにしか見えないこの紐は実は特定のリズムで引っ張ると、地下300mまで広がる秘密の隠し通路へつながる扉が開くのだっ。




 リズムはこう。




 トン、ツー、トン、ツー、ツー、トン、トン。




 俺は広角を上げて悪役のように笑った。




「ハハハッ、クラゲぇえ!! 悪かったなァ、俺のほうが“一歩”先を行ってたみたいだ」




 そしてゴウゴウと重低音を響かせてドアが開いていく。


 そこには……。




「今月分の利子を含めて、15万NY。お支払お願いしますね?」




 にこやかに笑うゆるふわ女子の姿があった。






 ゆるふわ女子ことクラゲは、いわゆる闇金だ。


 どうやらこの女は言葉の前にゆるふわをつければ何でも許されると思っているようで、返済過ぎた客に関してはゆるふわに蟹工船させたり、ゆるふわに違法な仕事に駆り立てたり、ゆるふわに保険金をつけて元東京湾にポイすることで有名である。




 しかもゆるふわに警官と癒着しているので、こいつ自身が捕まることもゆるふわにない。




 見た目以外は普通にど悪党である。




「ファインくんー、せっかく昨日は借金返せるようなお話を紹介してあげたのに、なんで今日はこんな時間までぐーたら寝てるのかなぁ? 私でも、起こったら怖いんだぞ」




 指で鬼の角のジェスチャーをするクラゲだが、そんなことをしなくても寝起き早々に誘拐されて闇金事務所の椅子にぐるぐる巻きにされれば、誰だって恐怖を覚える。




「いやぁ、クラゲさん。お元気なご様子で」




「うん、私は元気だよ」




「その、昨日はなんというか」




「私、言い訳は聞きたくないなぁ」




 じゃあ、何言えばいいんだよっ。


 正直、この後俺がどうなるのかが全く予想付かない。


 この異常女にとってはゆるふわであればどんな行為も正当化されるのだ。




 クラゲ女がニコリと笑った。




「昨日、紹介した彼から聞いたと思うけど、例の仕事、ファインくんならできると思うから、やる気出して頑張ってね」




「クラゲ、人にやる気を出させる方法として誘拐は下の下だと思う」




「そうなんだ? じゃあ他の方法も体験してみる? 人間って死ぬ気になるとどんな子でも……」




「男ファイン、精一杯やらせていただきますッッ!!」

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