77#/おまけSS…桜髪の騎士

 それは、フォル達が魔の海域の探索を終えて少ししてからの事。



 カーラ——暗黒騎士のカルデラが、任務を終えたのに帰還しない。


 再三に渡り帰還命令を出しているのに全て無視。


 迎えとして暗黒騎士数名を寄越したが、返り討ちにあったそう。


「…何やってんの、あの狂犬」


 これに一人の暗黒騎士——桜色の髪が特徴的な騎士は溜息を吐いた。


 ネームド騎士のカルデラが帰還命令を無視し続ける事に対し、暗黒騎士筆頭のアルバは強制的にでも連れ戻せと命令を出した。


 そして、向かった暗黒騎士数名が返り討ちに遭い、その後の尻拭いが自分に回って来た。


 勘弁して欲しい。


 そう、桜髪の騎士は切に思う。


 そもそも何故自分なのか。


 他人に命令する位なら自分で行けよ、と思う。


 が、そんな事を口にしようものなら、あのパワハラ気質の若白髪は、無言で暗黒魔法をぶっ放して来るだろう。


 ポーカーフェイスを気取っているが、あれは自分の思い通りにならない事があれば無性に苛立つタイプだ。


 とは言え、カルデラのお迎えなんて危険な任務、命が幾つあっても足りない。


 元剣聖の孫、剣の腕も元剣聖であり元上司のカルロス並。


 そんな化け物と事を構えるなんて、本当に冗談では無い。


 しかし、これは任務。


 筆頭から直々に下された、拒否出来ないタイプの任務。


「命令だ。暗黒騎士の威信に賭けて、あの小娘を必ず連れ戻せ」


「…うっす」


 苛立ちを孕んだ筆頭アルバの言葉に、全力で嫌だと答えたい衝動を抑えながら、桜髪の騎士はローグベルトへ立った。



「——という訳で、早く帰還しなさいな。筆頭めっちゃ怒ってるから」


「嫌。私、暗黒騎士辞めてフォル様の側近になるから。そう決めたから」


 ローグベルトにて、桜髪の騎士は取り敢えず説得を試みたが、見事撃沈していた。


 何やらとち狂った事を口走っているカルデラに、桜髪の騎士は呆れる。


「それ、お前さんが決めて良い事じゃないでしょうよ。意向は分かったけど、取り敢えず旦那様に相談しないと。だから一旦戻ろ、な?」


「嫌。フォル様と離れたくない」


「ガキかよ…」


 取り付く島も無い様子のカルデラに、桜髪の騎士は頭を抱える。


 ガキ、そう言われたカルデラは目を鋭く細め、真新しい剣の柄に手を掛ける。


「で? 退くの、退かないの」


「退けりゃ世話ねぇよ…」


 転職しようかな、なんて少し本気で考えながら、桜髪の騎士は腰に差した剣の柄に手を掛ける。


 桜髪の騎士は、暗黒騎士でありながら兜を着用していない。


 それは暗黒騎士の匿名義務を免除された、数少ないネームドの証。


 そしてカルデラも、構えた桜髪の騎士に警戒する様に目を細めた。


 桜髪の騎士の、その構えはただの見せ掛けであり、腰に差した剣すらもブラフである事をカルデラは知っている。


 ネームド同士、互いに手の内をある程度知っているからこその睨み合い。


 互いの集中が極限に高められ、永遠にも感じられる、刹那にも満たない睨み合い。


 その拮抗は、一人の闖入者により崩される。


「カーラ? 何やってんだこんな所で」


 その場に現れたのは、他でも無いフォルだった。


「ふ、フォル様…!?」


 突然現れたフォルに、僅かに目を見開き、驚きの声を上げるカルデラ。


 その極々僅かな隙を、桜髪の騎士は見逃さない。


 直後、カルデラの周囲を、白い煙が包み込んだ。


 そしてそれに応戦するかの様に、包み込んだ煙が真っ二つに斬れて吹き飛び、カルデラの姿が露わとなる。


 カルデラは、桜髪の騎士に背後から首を絞められていた。


 一瞬の攻防。


 頸動脈を圧迫され、意識が飛びそうな中、剣の柄を持つカルデラから放たれた見えない斬撃が、桜髪の騎士を襲う。


 しかし桜髪の騎士の身体は、霧の如く変化し、幾つもの斬撃が素通りして地面や周囲に斬痕が線として刻まれた。


 暫しもがくも、遂には意識を失い、桜髪の騎士に支えられるカルデラ。


 こうしてカルデラは、桜髪の騎士に一瞬の隙を付かれ、鎮圧される事となった。


 今の応酬の中で右頬に出来た切り傷から流れる血を拭い、桜髪の騎士は冷や汗を流しつつ溜息を吐く。


「霧化したのに斬られた…? マジでどういう理屈だよ…」


 ぼやきつつ、意識を失ったカルデラを担ぐ桜髪の騎士。


 それにフォルは警戒の面持ちで睨み付ける。


「おい、何やってんだお前。今直ぐカーラを離せ」


 舶刀を抜き、桜髪の騎士に刃を向けるフォル。


 一瞬の出来事に、フォルは何も出来なかった。


 しかし、カーラが連れて行かれそうになっている以上、黙って見ている訳にはいかない。


 桜髪の騎士は、じろりとフォルに視線を向け、その姿を見て目を丸くする。


「——あ。もしかしてファラティアナ様ですか? カルロス様が若様の奥方に推していると噂の」


「へ?」


 突然名前を呼ばれ、目を丸くするフォル。


 そしてふと、桜髪の騎士が纏う漆黒の甲冑に刻まれた太陽を喰らう三日月の紋章——ライトレス家の家紋が目に入った。


 そういえば、この騎士が身に付けている甲冑には見覚えがある。


 以前、ローグベルトを占領していたライトレス家の暗黒騎士。


 つまり目の前のこの騎士は、ローファスの手の者という事。


 フォルは頬を赤らめた。


「お、奥方って…アタシがか?」


 照れ臭そうにもじもじするフォルに、桜髪の騎士はカルデラを抱えたまま頭を下げる。


「申し遅れました。私、暗黒騎士を勤めます、グレストロノーム=ヒューゼンバーン・ノア・クラストです。以後、お見知りおきを」


「グレストロ…え?」


「長いでしょう。元々異国の出身でして、少々特殊に感じられるかも知れませんね。お陰で若様にも名前を覚えて貰えません。どうぞ私の事は気軽にグレスとお呼び下さい」


 やけに長い名前を名乗られ、ぽかんとするフォルに、桜髪の騎士——グレスは苦笑しつつ答える。


「カルデラの事ならご心配無く。悪い様にはしません。まあ…帰還命令を無視した挙句、迎えの騎士を返り討ちにしちゃいましたし、謹慎くらいにはなるかも知れませんが」


「帰還、命令? そんなのが来てたのか…ていうか返り討ち!?」


 何も知らなかったらしいフォルに、グレスは肩を竦めて見せる。


「ええ、そりゃもう手酷く」


「それは…ダメだろ」


 気絶しているカルデラに、呆れ気味の視線を向けるフォル。


「あ、それとファラティアナ様。カルロス様からの伝言も預かっております。“近々ライトレス家の当主との面会を予定している。迎えを寄越すので、心の準備を”との事です」


「…! そ、そうか…当主って事は、ローファスの親父さんか…」


「然り。まあ、そう気負わずに」


 気休め程度の言葉を掛けつつ、グレスは踵を返す。


「では、これにて失礼します。またお会いできる時を楽しみにしていますよ」


 その言葉を最後に、カルデラを抱えたグレスは、煙の様に霧散して姿を消した。


 桜髪の騎士——グレストロノーム=ヒューゼンバーン・ノア・クラスト。


 暗黒騎士、次席。


 筆頭アルバに次ぐ、実力者。

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