131# 全面戦争
ダンジョン《付喪殿》の最奥。
ダンジョンコアを掌握したアンネゲルトは、創造される魔物の量を極限まで上げ、短期間で大量の魔物を排出し続けていた。
無理に酷使し過ぎるとダンジョンコアの
この戦いが終わるまで持てばそれで良い。
ダンジョンから生み出した大量の魔物で、王国方面に進軍している《機獣》の群の動きを止め、《魔王》とレイモンドの戦闘に横槍を入れさせない。
リルカが《機獣》の絶対数を減らし、
その間にローファスが《魔王》の本体を叩けば、一先ず王国滅亡の危機は去る。
アンネゲルトはリルカと違い、作戦の進行状況の全容を把握している訳ではない。
しかしダンジョンの魔物を介して確認出来る戦況だけでも、作戦が順調に進んでいる事は分かる。
このまま作戦通りに進めば、《魔王》は滅び、残った《機獣》を殲滅するという作業に切り替わる——ローファスがしくじりさえしなければ。
ローファスは強い。
王国最強を自負し、それに伴う実力を持つレイモンドよりも。
そんなローファスは、間違い無く現代最強の魔法使いと呼んで差し支え無いだろう。
故に、色々と綱渡りな作戦ながらに、失敗のビジョンをアンネゲルトは抱けないでいた。
ある種の余裕、作戦の成功は約束されているという安堵感。
しかしその余裕は、突如として崩れる事となる。
空気が変わった。
理由は不明。
ダンジョン最奥、アンネゲルトがコアを操る
その異様な感覚に、アンネゲルトとアベルは即座に反応し、入り口に目を向ける。
何も無い筈のその場所が揺らぎ、透明なベールが剥がれる様に——光学迷彩が解除された。
姿を現したのは軍帽を目深に被った黒軍服の男——《剣帝》スイレン。
アンネゲルトは初見、ただしその人物を知るアベルは、目を見開いて冷や汗を流した。
スイレンは腰に下げる軍刀の柄に手を掛け、口を開く。
「…気付くか。やはり俺には、隠密行動は向かないらしい」
スイレンは、軍帽のつばから覗く鋭い眼でアンネゲルト、アベルをそれぞれ睥睨し、軍刀を抜く。
「しかし“特級”二人か。手に余るが…まあ、どうとでもなるか」
目にも止まらぬ速さで斬撃が繰り出される。
その先に居るのは、目を見開くのみで碌に回避動作すら出来ていないアンネゲルト。
直後、巨大な蒼炎の柱が斬撃を飲み込んだ。
「…アンネゲルトさん、直ぐにリルカに連絡を」
アンネゲルトを守る様に、アベルが蒼炎の剣を構え立ち塞がる。
アンネゲルトは少し遅れて反応し、即座にコアを操作する。
行使するのはダンジョン内の迷宮創造機能。
部屋や通路の組み換え。
アンネゲルトはスイレンを見るのは初めてであるが、その特徴は聞き及んでいた。
《剣帝》スイレン——帝国兵の中でも特に危険度の高い人物であり、
壁が完全に塞がる前に、アンネゲルトは大声を上げる。
「何してるの!? 貴方も早くこっちに来なさい!」
アンネゲルトの呼び掛けに、アベルは振り向く事すらしない。
背を向けたまま、スイレンの前に立ち続けた。
「僕がそちらに行けば、その隙を付いてスイレンも通ってしまう。だから——僕はこちらに残るよ」
「何言ってるの! あのローファスが危険って言う程の相手でしょう! 勝てるの!?」
「どうかな…でも、僕はローファスに、アンネゲルトさんを守る様に言われているから」
アベルはその身に蒼炎を迸らせ、スイレンを睨む。
「だから——早く壁を閉じるんだ」
「な…」
アンネゲルトは、アベルの援護に回るべきかと一瞬迷うが、即座に
流石のアンネゲルトでも、ダンジョンコアを掌握する事に精一杯で、援護にリソースを割く訳にはいかない。
ダンジョンコアの掌握——これを今手放せば、ダンジョンの魔物で《機獣》の進軍を抑える事が出来なくなり、作戦そのものが破綻する事となる。
アンネゲルトは奥歯を噛み締め、冷たくも合理的な判断を下す。
「…ごめんなさい。直ぐにヴァルムを来させるから、それまで持ち堪えて」
アンネゲルトのその言葉を最後に、壁は完全に塞がった。
アンネゲルトが居る部屋は通路を構築しながら、ダンジョンの更に奥へと移動する。
ダンジョンは特性上、出入り口の無い完全に隔離された部屋を創造出来ない。
仮に道中で魔物を配置しようとも、透明化出来るスイレンには然程意味を成さない。
通路を複雑に組み換えようと、身体能力が高いであろうスイレン相手では大して意味は無い。
焼け石に水、精々数分稼げば良い方だろう。
アベルが突破されれば、文字通りアンネゲルトには後がない。
『“僕はローファスに、アンネゲルトさんを守る様に言われてる”——いつ言われたんだよ、そんな事』
アベルは笑う。
「少し、格好付け過ぎたかな? でも、間違いでも無いだろう。作戦の配置を見る限り、それが僕の役割だ」
『…馬鹿じゃん。死ぬ気? アステリアはどうすんのさ』
「死ぬ気は無いが…分は悪いな。
『無いよ…ある訳無いじゃん…』
だろうなと、アベルは微笑む。
「それは僕も、よく知っているよ」
スイレンの理不尽なまでの強さは、アベル自身が一番理解していた。
原作第三部《錬金帝国編》において、ボス格として立ちはだかる《剣帝》スイレン。
ゲーム「ヴァイスストーリー」のプレイヤーの間で、度々話題として上がる「最強のキャラクターは誰なのか」議論。
その候補に上がる筆頭は、主人公パーティの誰かでも、ラスボスである《闇の神》でも無い。
最有力候補として挙げられるのはいつも二名。
第二部《王国反乱編》にて四天王最後の一人として立ちはだかる《竜駆り》のヴァルム。
強過ぎてアベルパーティ総出でも傷一つ負わせる事が出来ず、飛竜を撃ち落として決着した。
そしてもう一人——第三部《錬金帝国編》にて空軍の副官として現れる《剣帝》スイレン。
こちらもヴァルムと同様に、強過ぎて勝ち筋が見えず、アベルパーティは逃げに徹する事しか出来なかった。
原作において、スイレンは三部終了まで結局倒す事が出来ず、幾度と遭遇する機会はあるも毎度逃げるという“鬼ごっこイベント”、或いは“連続負けイベント”などと呼ばれていた。
勝ち筋も弱点も存在しなかった敵の対応策を、転生者が持ち得る筈も無い。
『言っとくけど、“身代わり人形”は無いよ…?』
「分かってる」
『“転移結晶”だって…』
「ダンジョン内では使えないな。それに奥にアンネゲルトさんが居る以上、使う選択肢は
アベルはその身を炎に変える、蒼く煌々と燃える炎に。
《
それを見たスイレンは、何処か気怠げに軍刀を構える。
「仲間は呼べたか?」
『何の話かな』
「確か“念話”というものだったか。今、誰かと話していただろう。まだ仲間を呼んでいないのであれば、待っていてやるから呼ぶと良い」
余裕の面持ちで答えるスイレンに、アベルは目を細める。
『一応、意図を聞いても良いかな』
「一ヶ所に居てくれた方がまとめて叩き易いだろう。わざわざ出向いて斬って回るのは骨だ」
『はは…何だか、俄然やる気が出てきたな』
明確に舐められている事に、アベルは蒼炎の剣を持つ手に力が入る。
『良いリベンジの機会だ。ヴァルムが来るまでに、倒してやる』
「なんだ、もう呼んでいるのか。なら、お前を生かす意味は無いな」
直後、アベルの首が飛ぶ。
アベルは実体の無い炎となって周囲に広がると、爆炎と化してスイレンに襲い掛かった。
*
帝国の国境付近各地で断続的に勃発した戦闘。
《第二の魔王》と《怠惰の魔王》。
《金剛》と《狂犬》。
《天剣》と《剣鬼》。
《竜駆り》と《決戦兵器》。
《精霊憑き》と《魔弾》。
《原作主人公》と《剣帝》。
それは謂わば、原作における第二部と第三部との交錯。
かつて王国を滅ぼさんとした者達と王国を救った者達の連合と、王国を打ち倒さんと怨嗟を募らせてきた帝国との衝突。
一国を容易く滅ぼせる者達と、一国を滅ぼす為に造り上げられた勢力の全面戦争。
国境付近で戦闘が繰り広げられる中、帝国の首都——中央都市に暗黒の大翼が襲来した。
数多の円盤や航空艦が出動し、それを撃ち落とさんと砲撃を仕掛けたが、その悉くが魔法障壁により阻まれ、意味を成さなかった。
その程度の砲撃など、ローファスからすれば微風にも等しいもの。
円盤や航空艦はローファスに一瞥すらされず、その進行を阻む事が出来なかった。
都市中で警報が鳴り響く最中、ローファスは中央都市の一角に降り立った。
そこは何の変哲も無い、やや古びた印象を受ける政府管轄のビル——名称無き地下研究施設の入り口。
その地下深くに、悍ましい程に強力な魔力反応があるのを、ローファスは感じ取っていた。
魔鯨クリシュナや、強化されたデスピア——そんなものが雛鳥に思える程の、寒気すら覚える魔力。
翡翠の魔力——《闇の神》の断片、《魔王》の本体。
数多くの帝国兵——
全方位より放たれる光線の雨を、魔力障壁のみで受けながら。
ローファスが一歩進む度、進行方向に居る帝国兵は、気圧される様に後退る。
そんなローファスの前に、一人の兵士が退く事無く立ちはだかる。
右眼に眼帯をした黒軍服の士官。
腰に下げた軍刀を抜き放ち、ローファスを睥睨する。
「“特級戦力”——ローファス・レイ・ライトレス。《暗き死神》の孫、だったか」
忌々しげに吐き捨て、眼帯の士官はその軍刀をローファスに向ける。
「“死神”はどうした。何故奴は来ていない? よもや我らの因縁の闘争を、貴様の様な餓鬼が引き継ぐ気か。巫山戯るのも大概にしろ。特別に見逃してやるから、即刻“死神”を呼んで来——」
ローファスの鎌が、目にも止まらぬ速度で眼帯の士官を両断した。
上半身と下半身に別れた、地に這い蹲う事となった眼帯の士官をローファスは一瞥もせず、その横を通り過ぎる。
眼帯の士官はわなわなと肩を怒りに震わせ、傷口から
その身が黒鉄に染まり、異形化しながらローファスに襲い掛かる。
『舐めるなよ“死神”の末裔! 貴様の首を奴の元に送り届けてや——』
ローファスの影より伸びた巨大な骨の腕が、異形化した士官を鷲掴んで動きを封じる。
そして士官が足掻く間すら無く、黒炎に包まれた。
『が、きさ——があああああ!!?』
超高温の黒炎に焼かれながら、響き渡る断末魔。
全身に再生が間に合わない程の高温を浴び続け、逃げ場の無い再生核は呆気無くも消し炭と化した。
痛覚遮断、精神抑制の効力が失われ、士官は痛みと恐怖から悲鳴を上げる。
その叫び声は長くは続かず、士官は間も無く消し炭と化した。
何事も無かったかの様に、正面玄関からビルに入ろうとしたローファスは、ふと何かを思い出した様に振り返る。
黒焦げとなった遺体をぼんやりと眺めるローファス。
昨夜ステリアを襲撃した軍の指揮官にして、カルロスに重傷を負わせた男。
その特徴は、確か右眼に古傷があるのでは無かったか。
あまり気にして見なかったがこの軍人、右眼に眼帯をしていた気がする。
ローファスは嫌な汗をたらりと流す。
そういえば、よく聞いていなかったが、“死神”がどうのとごちゃごちゃ言っていた気がする。
まさか今、何の感慨も無く、歩くのに邪魔な石を退かす感覚で殺したこの軍人は——
ローファスはちらりと周囲で固まる帝国兵に目を向ける。
「おい、こいつの名前は——」
問い掛けようと口を開いた瞬間、帝国兵らはパニックを起こした様に逃げ出した。
その
ものの数秒で聞く相手がいなくなったローファスは軽く舌打ちし、心の中でカルデラに謝罪する。
帝国に来た目的の一つが、なんともつまらない形で終わってしまったかも知れない、と。
「アザミ…くそ、こいつが弱過ぎるのが悪い…」
ぶつくさと他人の所為にしながら、ローファスはビルへ——地下研究施設へと足を踏み入れた。
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