132# 《金剛》と《狂犬》
《狂犬》リンドウは、帝国軍の主力とされる上級兵の中でも一際高い実力を持つ。
これは帝国軍の中でも周知の事実である。
それは持ち前の気性の荒さ、好戦的性格、そして敵に対して容赦の無い残忍さ——これらの性格的要因は一切加味されていない。
純粋な戦闘技能に関しても、当然一兵卒よりは優れているが、上級兵の中でずば抜けて強いかと言われれば、そういう訳でも無い。
では何故、一際高い実力があるとされているのか。
それは血中のナノマシンの保有量が、全
血中のナノマシンが多いという事は、純粋に濃度が高いという事であり——それは必然的に、
《剣帝》スイレンは、剣術という個人の戦闘技能の高さと、血中のナノマシンの優れた操作技術により、帝国軍最強の軍人と呼ばれる程の力を得ている。
対する《狂犬》リンドウが上級兵屈指とされている理由は、異常ともいえる濃度の血中ナノマシンを有するが故の、この上無く強力な
そしてリンドウは、オーガスを相手に、一切の躊躇無く
その結果——
オーガスは、完全に倒壊した廃ビルの瓦礫の中に埋もれていた。
その下手な岩よりも強靭な肉体には、無数の傷が付き、血を流していた。
『おい、お前。“特級”なんだろ。単独でも国家転覆出来るレベルでヤベェ奴なんだろ。もうちっと頑張れや、なあ?』
全身には刃の連なるチェーンが巻かれ、不規則に鋭利な棘が突き出た、実に刺々しい見た目の機人——リンドウは、瓦礫の中で仰向けになっているオーガスを上から踏み付ける。
その胸板をどれだけぐりぐりと踏み付けて傷を付けようと、オーガスからの返事は無い。
リンドウは落胆した様に溜息を吐く。
『——チッ、つまんねーの。これだから
リンドウは生粋のバトルジャンキーであり、強者との戦闘を何よりも好む。
原作ではアベルを好敵手として気に入り、頻繁に現れては暴れ回るという粘着質かつ傍迷惑な存在であった。
それはアベルが物理攻撃を受け流す肉体の炎化——《
しかしリンドウは、
王国で遭遇した《剣聖》は、或いはと思えた。
しかし、優れた剣技に圧倒され、
それ故に、試す事が出来なかった。
オーガス——生身でありながら素でフィジカルに特化した機人並みの膂力と硬さを持つ人間——否、人間かも怪しいが、或いはこいつとならば、まともな戦闘が出来るかも知れない、とリンドウは心が躍った。
蓋を開けて見ればなんという事はない。
どれだけ強力な敵が現れても、
『お前にゃ期待したんだが…ガッカリだよ木偶の坊』
まるで壊れたおもちゃに八つ当たりをする子供の様に、リンドウはオーガスの脇腹に一蹴り入れ、背を向ける。
そして迎えの円盤を呼ぶべく無線を入れた。
敵船に乗っていた金髪の男——中々骨のありそうな奴だった。
次は奴を狙うとしよう、とリンドウはオペレーターに繋ぐ。
『…リンドウだ。敵戦力“特級”オーガス・ロエ…なんとかをぶっ潰した。次に行くから迎えを寄越——』
言い掛けたリンドウだったが、その口を閉ざす。
リンドウの足首を、巨木の如き豪腕が掴んでいた。
常に振動と回転を繰り返す刃のチェーンを全身に纏い、触れるだけでも只では済まぬリンドウの身体。
それは凄まじい硬度を誇るオーガスの皮膚ですら例外では無く、触れた先から傷付き、鮮血が飛び散る。
しかし構わず、オーガスは自らの手をズタズタにしながらも、リンドウの足首を握り締める。
リンドウは自然と口角が吊り上がる。
『…訂正する。オーガスがぶっ潰れるのは、こっからだわ』
オペレーターの返事も待たずに無線を切った直後、オーガスは力任せに足首を振るい、リンドウを瓦礫に叩き付けた。
舞い上がる粉塵。
オーガスは全身から血を流しながらも、頰が裂ける程の好戦的な笑みを浮かべた。
「やるじゃねぇかお前! 一瞬意識ぶっトんでたぞ! ここまで傷を負ったのも生まれて初めてだぜ、リンドォォォ!!」
それはまるで、獣の如き歓喜の雄叫び。
瓦礫に埋もれたリンドウは、即座に跳ねる様に起き上がって嗤う。
「デッケェ声出してんじゃねーよ、暑苦しい奴だな——オーガスゥ!!」
両雄叫ぶや否や、オーガスの豪腕とリンドウの絶えず回転する刃のチェーンを纏う掘削機の如き細腕が交差し、互いの拳はそれぞれの顔面を捉えた。
凄まじい衝撃波が響き渡り、吹き飛ばされたのはオーガスであった。
オーガスの頰は痛々しく裂傷を負い、対するリンドウは顔面を覆っていたチェーンに亀裂が入っているも、即座に回転して破損部分が排出される。
ナノマシンの総量が異様に多いリンドウは、修復するよりも新たに造り替えた方が低コストである。
膂力も、肉体の硬度も機人化したリンドウが上。
オーガスは自慢の力で押し負け、傷は増すばかり。
それでもオーガスは、楽しげに笑う。
まるで生涯の友に出会えたかの様に、初めて喧嘩友達が出来た子供の様に。
オーガスは起き上がると、再び馬鹿正直に真っ直ぐに突っ込む。
拳を振り上げ、ただ振るう。
戦略も作戦も何も無い、振るわれるだけの純粋な暴力。
そのインファイトに、リンドウは狂った様な笑い声を上げながら応じた。
殴り殴られ、互いに一切避ける気の無いノーガード戦法。
オーガスの血が舞い、リンドウのチェーンが削られ破片が飛ぶ。
その殴り合いはいつまでも続く。
互いにまるで、長年の飢えを満たす様に、渇きを潤わせる様に。
もうきっと、これ程の好敵手は二度と現れない。
だから、どちらかが死ぬまで、とことんまで楽しもう——互いにそんな想いを抱きながら。
永遠とも思える殴り合いの終わりを迎えたのは、オーガスが膝を付いた時だった。
全身血塗れ、周辺も返り血が飛び散り真っ赤に染まっていた。
血の流し過ぎ、度を越した失血。
膝を付いたオーガスを見下ろしながら、リンドウは少しだけ寂しげに呟く。
『そうか…もう、終わりなのか』
身体中のひび割れ、破損したチェーンが回転して排出され、リンドウの全身は無傷の状態に戻る。
チェーン越しに内部に響いたダメージも、時間経過で修復された。
対するオーガスは、今にも死にそうな程にボロボロ。
「…悪ぃな」
オーガスの口から漏れたのは、謝罪の言葉。
もう楽しい喧嘩を続けられない事に対する謝罪——そう受け取ったリンドウは、首を横に振る。
『気にすんな、充分楽しめた。でも悪ぃ…俺は立場上、お前を殺さなきゃなんねぇ…』
「いや、そうじゃねぇ…」
否定するオーガスに、リンドウは首を傾げる。
「こんだけ殴り合ったのになぁ…お前みたいな奴は初めてなのになぁ——それでも…心の何処かで、お前を信じられなかったんだ」
『…どういう意味だ?』
眉を顰めるリンドウに、オーガスは何処か悲しげに頭を下げる。
「悪かった…俺は
オーガスの身体が、異形へと変化する。
2mを超える大柄な肉体が更に盛り上がり、その身が鉱石の如く変化する。
頭部より一対の螺旋の角を生やし、その瞳は宝石の如く青い輝きを発する。
オーガスの
その姿はまるで、巨躯の鬼。
見下ろす形から一転、見上げる形となり、リンドウは一切の怯え無く——歓喜する様に笑った。
『——はっはぁ! イイねイイねぇ! オーガス、お前最高だ! 愛してるぜ!』
『俺もだリンドウ! まだまだやれるよな!? せめて一発、本気で殴らせてくれやぁ!』
両者向き合い、狂った様に笑う。
ゲラゲラと、二つの人外の笑い声が響き渡る。
笑い声が止まったのは同時。
向き合った両者は、それぞれが渾身の一撃を振るうべく拳を振り上げた。
『リンドォォォォォォ!!』
『オーガスゥゥゥゥゥ!!』
互いの名を叫び合う両者。
直後、隕石の衝突を思わせる凄まじい衝撃波が周囲に吹き荒れる。
その拳の威力に大気が耐え切れず、破裂して眩い閃光を発した。
光の中で、リンドウは感じた。
己の拳が、硬度で押し負けて弾け飛んだ事。
魔人化したオーガスの外殻に、傷一つ負わせる事が出来なかった事。
オーガスの拳が、自身のチェーン装甲を容易く突破し、心臓ごと胸を貫いた事。
光の中、リンドウは見る。
遠い昔の、幼き日の記憶。
スラムで生まれ育ち、ずっと共に過ごして来た幼馴染の少女の顔。
幼馴染は気が強く、よく喧嘩する日々だった。
その日も、ひょんな事から言い合いになった。
どつかれた力が思いの外強く、ふざけて“魔力持ちなんじゃないのか”とからかった。
その悪ふざけが誰かに聞かれていたらしく、幼馴染は“魔力持ちであると”通報された。
幼馴染は役所に連れて行かれ、帰って来なかった。
通報した奴が報奨金を貰ったとはしゃいでいて、その時に幼馴染が本当に魔力持ちだったのだと知った。
通報した奴は殴り殺した。
でも、そんな事をしても彼女は戻らない。
悔やんでも悔やみ切れなかった。
光の中、そんな事を思い出したリンドウは、少し切なげにフッと笑う。
「漸く
同郷の腐れ縁に別れを告げつつ、リンドウは目を瞑る。
幼馴染とスイレン、そしてリンドウ——三人で遊んだ幼き日の記憶に、想いを馳せながら。
光が晴れる。
そこに残されていたのは、一帯が更地と化した巨大なクレーターと——
「やっぱ俺ぁ、加減が下手だなぁ…」
一人残されたオーガスは、何処か寂しげであった。
*
かつての《
《第二の魔王》は、その際に時空の上位精霊マニフィスの力でヴァルムを亜空間に閉じ込め、八体の竜王と五柱の上位精霊という圧倒的戦力で押し潰すという戦法を取った。
結果的にヴァルムは、全ての敵を屠り、空間魔法の術者たるマニフィスを打ち倒して亜空間から脱出を果たした。
《第二の魔王》は何故、ヴァルムと遭遇した時に直接対決する事をせず、亜空間に封じ込めるという回りくどい手段を取ったのか。
王都を効率的に手中に収める為には、誰にも気取られる事無く召喚獣を都市全体に放つ必要があった。
その場で戦闘を始めて周囲に被害を出せば、王国軍や近衛騎士、そして最悪の場合はローファスが来る可能性があった。
そうなれば、王都を手中に収める所では無くなる。
だからあの場での、ヴァルムとの直接戦闘を避けた。
それは事実ではあるが、それが全てではない。
《第二の魔王》は、自らを王国最強と自負するその男は、四天王最強たるヴァルムに——明確に勝てるヴィジョンが浮かばなかった。
*
《魔王》スロウスは、アマネの肉体を依代として受肉し、現在レイモンドと交戦中。
故に、ジャバウォックにスロウスの意識が宿る事は無い。
ジャバウォックに宿る翡翠の魔力も、以前レイモンドが戦った機体の様に無尽蔵に供給される訳ではなく、限りがある。
しかし内蔵された人工知能は、レイモンドとの戦闘経験を引き継いだものであり、魔法や接近戦に対して即座に対応出来るだけのスペックを持っていた。
レイモンドと戦闘した時程の魔力的アドバンテージは無いものの、それでもジャバウォックの戦闘を学習する厄介さと、数多の《機獣》の部品を用いた手数、修復による継戦能力に変化は無い。
ジャバウォックは変わらず、充分に《決戦兵器》と呼べるだけの力を有していた。
竜の頭を模る兜が特徴的な、黄金の竜騎士が佇んでいた。
その目の前には、無数の金色の雷槍により地に縫い付けられた人型兵器——ジャバウォックの姿があった。
空を舞っていた夥しい数の《機獣》の部品は、その全てが金色の雷を帯び、地に落ちて山となっていた。
《決戦兵器》ジャバウォックの全てが、ヴァルムには一切通用しなかった。
ヴァルムとの戦闘の中で学習し、適応する間すらジャバウォックには与えられなかった。
機械、破壊された《機獣》の部品のリサイクル——その特性上、雷属性たるヴァルムとは、確かに相性不利ではあった。
とはいえ、それでも——ヴァルムは無傷。
その戦闘は、あまりにも一方的なものであった。
間も無く、飛空艇は引き返し戻って来る。
《剣帝》スイレンが現れたという連絡を、アンネゲルトから受けたリルカ。
交戦するヴァルムを援護し、出来るだけ早くジャバウォックを討ち倒してスイレンの対処に向かう——その為に、リルカは焦りながらも飛空艇で舞い戻った。
そして、既に決着が付いているのを目の当たりにしたリルカは、ヴァルムがあまりにも圧倒的過ぎてドン引きした。
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