130# 再来
帝国と王国の間——国境に広がる広大な極寒の山脈。
帝国側は膨大な数の《機獣》が、機械ながらに独自の生態系を築く魔境である。
しかしその《機獣》は、何処で生まれる——もとい製造されているのか。
答えは単純、《機獣》を無尽蔵に生み出し続ける
完全なる自動生産が確立された
山脈の地下深くに建設されている為、外見からは岩場の一角に洞穴が空いている様にしか見えない。
無尽蔵に異形を生み出し続ける穴——まるでダンジョンを模して作られたかの様な
アンネゲルトがダンジョンを掌握して数多の魔物を操ろうとも、数多の
《機獣》全てを、アンネゲルトの支配下にあるダンジョンの魔物で相手取るのは現実的ではない。
故に、《機獣》の発生源たる
リルカの役割は、それである。
山脈内に存在する全
ついでにいうならば、対帝国の作戦が細かに記されている呪文の束を持ち——作戦の進行状況の把握や、不測の事態への対処、調整も求められている。
飛空艇という移動手段を用いてこれを遂行しろ、というのがローファスからの指示。
《機獣》の殲滅と並行して、作戦の司令塔的な役割も行えという事。
その補助としてヴァルムが付けられている訳だが、ヴァルムはヴァルムで他に重要な役割が割り振られている。
リルカは自分だけ負担多過ぎないか、と思わなくも無い。
言ってしまえば、それはある種ローファスからの信頼の厚さでもある訳だが、それにしてもキッツイなー、とリルカは思う。
全メンバーといつでも連絡が付くように念話の回線を常に繋げ、定時連絡を受けながら、リルカはぼやく。
「もー…埋め合わせはしてもらうからねー、ロー君」
そんなリルカを、ヴァルムは神妙な顔で見ていた。
この数の念話を同時に、それも常時展開し続ける。
その上で、道中に《機獣》の群が見えたら大規模な魔法を放って数を減らす。
そんな事をよく脳が焼き切れずにやってのけるものだと感心する。
それに《機獣》の殲滅に行使している風魔法も、ヴァルムから見たらこの上無く異様である。
ヴァルムは術式を読み取るなんて真似は出来ないが、その魔法が如何に異常かは一目見れば分かる。
それはどう考えても、人間に扱える魔法
それもその筈。
リルカが《機獣》殲滅に行使している魔法は、元はかつて《四魔獣》戮翼デスピアが扱っていたもの——高密度の大気で広範囲を圧し潰す“天蓋墜し”と、真空の刃を放つ“凪断ち”。
人間が翼も無しに空を飛ぶ事が出来ない様に、エラも無しに水中での呼吸が出来ない様に、それは本来ならば人に扱える筈の無い魔法。
それを見様見真似で再現しているリルカは、常人から見れば異質極まり無い。
優れた魔法に関してはローファスやレイモンド、アンネゲルトで見慣れてはいるものの——このリルカという少女は、それとはまた別ベクトルの異常性がある。
本当に人間か? とヴァルムは思わなくもないが、彼女がローファスの親しい者である事に変わりはない。
まあ人間かどうかは然程重要でも無いか、とヴァルムは思い直した。
本来であれば見つける事すら困難な
リルカとヴァルムは、
ローファスが立てた作戦は驚く程に順調。
受肉した魔王の相手をレイモンドがしつつ足止めし、その間に無尽蔵に溢れ出す《機獣》を完全に殲滅する。
帝国兵の中でも特に警戒が必要な人物二名——《狂犬》リンドウと、《剣帝》スイレンが現れた際には、オーガスとヴァルムがそれぞれ応戦する事になっている。
リンドウは既にオーガスが応戦中。
スイレンは未だに姿を見せないが、もし現れた場合にはヴァルムが応戦する。
もしこの二名以外に厄介な敵が現れた際には、その時に手の空いている者が臨機応変に対処する。
一つ不安要素として挙げられるのは、受肉した魔王の相手をするレイモンドが本調子では無い点。
ローファスと合流した時点で魔力の殆どを失っていたレイモンドは、飛空艇にストックしてあるマナポーションをポーション中毒一歩手前まで飲み続け、出来得る限りの魔力を回復した。
それでも回復出来た魔力は五割弱。
レイモンドは魔力回復を優先してライフポーションを飲む事を拒否した為、その身体には無数の傷が残されたままである。
決して万全とは到底いえない状態で、古の厄災たる《魔王》の相手をする——正気の沙汰ではない。
その作戦を立てたローファスも、皆が止める中それを二つ返事で“やる”と言い切ったレイモンドも。
但し、レイモンドの役割は飽く迄も足止めであり、倒す事では無い。
そもそも、受肉した魔王は遠隔から常に魔力供給を受けている形であり、本体をどうにかしなければ倒し切る事は不可能。
故に、レイモンドが《魔王》の王国侵攻の足止めをしている間に、ローファスが《魔王》の本体を叩く——それがローファスが描いた作戦の大筋。
しかし、どれ程順調に進んでいようと、不測の事態は起こり得るもの。
“それ”の存在にいち早く気付いたのは——
「…すまん、一時離脱する」
「え? なに、急にどうし——」
リルカの返答も待たず、ヴァルムは雷の槍を生み出し、甲板を飛び出した。
直後、凄まじい衝撃が飛空艇を大きく揺らす。
ヴァルムが止めた“それ”を見たリルカは、目を剥く。
正気の感じられない青白い肌、合金の装甲と翼、その身から溢れる翡翠の魔力——それはレイモンドが倒したという人型兵器の特徴と一致する。
それは原作——リルカにとっての前回に、存在しない敵。
魔人化したレイモンドと互角以上に渡り合ったという帝国の人型兵器。
「な、なんで…倒したんじゃなかったの…!?」
最終決戦兵器“jab-wock1719”——ジャバウォックは、量産兵器である。
道中で破壊した《機獣》の物と思われる夥しい数の部品が天に舞う。
金色の雷が迸った。
*
人の気配の無い廃墟の街並み、コンクリートのジャングルで、幾度と無く撃鉄の音が響く。
初速、秒速810m——音速を遥かに超えた弾丸が、精密な命中精度でもってフォルの元へ飛来する。
それをフォルは、魔法障壁も張らずに駆け抜けながら
フォルはそのスカイブルーの瞳に魔力を宿し、極限まで動体視力を上げて弾丸を見切っていた。
カルロス直伝——《鷹の目》。
視力を上げて遠方を見る為の魔法《遠視》の派生。
飛来する弾丸の方向や角度から、フォルは狙撃手の位置を特定する。
一際高い廃ビルの屋上。
フォルは足に魔力を込め、目標の廃ビルを垂直に駆け上がる。
間も無く登り詰めたフォルは、
そこに居たのは、一人の男。
軍服にテンガロンハットを目深に被り、設置したハンモックに揺られながら煙草を咥えている。
余りにも無防備な姿に、フォルは一時切り掛かるのを躊躇う。
或いは、自分に攻撃を仕掛けていたのはこの男では無いのではないか、と。
しかし、男が寝そべるハンモックの横には、箱一杯の弾薬と、一丁の黒塗りの狙撃銃——フォルにとって初めて見るものではあるが、その物々しさと鼻に付く硝煙の臭いが、この男が狙撃手である事を物語っていた。
男はふとテンガロンハットを持ち上げてフォルをチラリと見ると、再び目深に被って煙を吹かした。
「…人違いだ」
まだ何も言っていないにも関わらず、ただ一言そんな事を嘯くテンガロンの男。
フォルは無言で
ハンモックは真っ二つに両断され、寸前で躱した男はハットを抑えながら無様に転がると、ガバッと顔を上げて怒鳴る。
「人違いだっつってんだろぉ!? 無言で攻撃とかどういう教育受けてんだ最近のガキは!」
「いや人違いな訳ないだろ。絶対お前だよ、攻撃してた奴」
フォルの冷静なツッコミに、テンガロンの男は暫し沈黙すると、お手上げとばかりに肩を竦めて見せた。
「…オーケーだ、探偵気取りの嬢ちゃん。それがお前さんの
「は?」
「なら、次は俺の主張を聞いてもらうぜ? 良いか、俺は一時間前からずっとここで寝てた、煙草を吹かしながらな。嬢ちゃんの事なんか知らねぇし、勿論狙撃だってしてねぇ。さあ、この証言を覆せる証拠は——」
フォルは再び水の刃を放った。
テンガロンの男はビックリした様に躱わす。
「——ちょ、聞けって!?」
「火薬の臭い、放たれた鉄礫の軌道、あとなんか怪しい!」
「最後のテキトー過ぎだろ!?」
接近し、続け様に振るわれる
巫山戯ている様にも避けるのに精一杯な様にも見えるがこの男、《身体強化》により底上げされたフォルの身体能力に付いてきている。
フォルの攻撃に対し、いちいち大袈裟な動作を見せるも、全て余裕を持って躱しており、傷一つ負っていない。
フォルは《身体強化》の出力を底上げし、徐々に剣速を上げていく。
遂には避け切れず、男のテンガロンが宙を舞った。
直後、撃鉄の音と共にフォルの足元を銃弾が弾いた。
男の手には、何処から取り出したのか、六連式リボルバー。
硝煙が漏れ出る銃口を男に向けられ、フォルは動きを止めた。
「その辺にしときな、嬢ちゃん。こっから先は赤信号だぜ」
慌てて逃げ回っていた頃とは打って変わって、男は低い声で言う。
男はそのままテンガロンハットを拾い上げ、長い黒髪を隠す様に目深に被り直す。
「ああ、王国には信号機が無いんだったか。要するに、これ以上先に進むのは駄目ってこった。ガキの遊びじゃねぇんだ。悪ぃ事言わねぇから引き返しな」
まるで悪ガキに説教でもするかの様に言う男に、フォルはむっとする。
「遊びのつもりはない。後、アタシは17だ。ガキ扱いすんな」
「帝国じゃ、成人は18からだ。17なんて、小綺麗な制服着て学校に通ってるガキなんだよ。自分の行動に責任を取れねぇ、判断力もねぇ。そういう年齢の奴を総じて
口うるさい説教——まるで父親に説教されている様な気分になり、フォルは調子が狂った様に頭を掻く。
「ったく、ガキガキうっせーな…アタシはローファスの後を追ってんだ。邪魔するなよ」
「ローファス…? “特級”の? 後を追うって…この先に居んのか?」
「行き先は中央都市だ。だからアタシも、そこに向かってる」
フォルの言葉を聞いた男は、顔色を変える。
「中央——マジかよ。そりゃ、洒落になんねぇな」
男はその目に剣呑さを帯び、リボルバーの形状が歪み、スナイパーライフルへと変化する。
それを見たフォルは、まるで魔法使いが用いる杖に似た雰囲気を感じた。
そして同時に、危険度が跳ね上がった様にも思えた。
その銃口を、フォルは向けられる。
「中央都市なんざ行かれた日にゃ、どれだけ民間人の被害が出るか。いくらガキだろうが、それに加担するってんなら…」
「民間人なんか襲うか。ローファスがそんな事する訳ねぇだろ」
「…それを信じろってのか? なら、お前さんらは何しにここに来た。何だって
取り付く島も無い様子で殺気立つ男に、フォルは溜息を一つ。
そもそも先に軍事的襲撃を仕掛けてきたのは帝国側なのだが、男はまるで被害者かの様に——昨晩の襲撃を知らないかの様な言い草。
悪い男では無さそうではあるが、これ以上問答を続けるのも面倒と判断したフォルは、高密度の魔力を発する。
そして身体から浮き出る様に、暗く深い水の玉が幾つも生み出された。
直後、男の腕章にある魔力メーターが、危険域の
それに男は目を剥きつつ、冷静にフォルを見据える。
「オイオイ…マジでやる気か。俺ぁ強いぜ——“一級”の嬢ちゃん」
「連れがヤバいのと当たってんだ。オッサンがどれだけ強かろうが、ぶっ倒して加勢に行く」
オッサン——そう呼ばれた事に男は顔をひくつかせると、直ぐさま懐から注射器を取り出し、薬剤を首筋に打ち込んだ。
身体を黒鉄に染め、異形と化しながら男は叫ぶ。
『——おいごらァァァ! 俺はまだ29! 断じてオッサンって歳じゃねぇ訂正しろやクソガキがァァァ!』
吹き荒れる衝撃波。
その余波をもろに受けながら、フォルはやや引き気味に「…す、すまん」と呟いた。
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