五章・EPレギオン
88# もう一つの天上
ローファスとレイモンドが天上にて激戦を繰り広げていた時。
王都各地で、数多の召喚獣とローファスが放った影の使い魔、そして騎士団や魔法師団が入り乱れながら、戦火は広がっていた。
そんな最中、天上ではもう一つの戦闘が繰り広げられていた。
それは雷雲の中での事。
雷の神獣——
片や雷雲の中を泳ぐ様に長い胴を畝らせながら広範囲の雷撃を迸らせ、片やその中を飛び回りながら暗黒の風を巻き起こす。
雷と黒風。
相性的には、暗黒の面を持つ黒風が劣っていた。
攻撃範囲も、その威力も
しかし、黒鷲の王——バールデルは、そんな不利をものともせず、全長百mを越す程に巨大な怪物を相手に高速で立ち回る。
戦場は雷雲の中という、
千を超える雷撃が、常に黒鷲の王に狙いを定め、撃ち落とさんと放たれる。
黒鷲の王は、それら数多の雷撃を虚空を駆けながら掻い潜り、時には魔力が研ぎ澄まされた戦斧でいなしながら、
一度では罅すら入らない為、何度も何度も。
隙を突いては黒風の魔力を叩き込む。
その度に凄まじい衝撃が鱗の装甲の内部に伝わり、
しかし、
この戦いを、楽しみ始めていた。
神獣にまで至った己と対等な戦いが出来るものなど、この世界にどれだけ居るだろうか。
少なくとも、ここまでまともに自身と戦える相手は、ここ百年ではレイモンド以外だとこの黒鷲の王だけだった。
空に雷雲と共に漂い、気紛れに落雷を落とすだけの日々。
人からは時に神と崇められ、時に天災として恐れられた。
空虚で退屈な日々、こんな日が永遠に続くと思っていたが、まさかこんな刺激を味わう日が来ようとは。
『素晴らしいぞ、黒鷲の王よ! 久しく見ぬ強者よ!』
自分を相手にここまで戦えている相手に敬意を表し、
黒鷲の王はぴたりと動きを止めた。
『我は
『…バール、デル』
『ぬぅ…バールデル、だと?』
黒鷲の王の名乗りを聞いた
忘れもしない。
それは、遥か昔に天空を支配していた、今は亡きエルフの王の名。
『…その名は重いぞ。少なくとも、我が雷よりはな』
それはかつて、自身よりも上位に君臨していた者の名。
かつて神獣では無かった頃、挑み敗れた宿敵。
その名を出されては、最早戯れでは終われない。
そして雷は、その精度を上げていき金色と化す。
それはまるで、ヴァルムが扱う雷を彷彿とさせた。
『その名を名乗った以上、今まで以上の力を示せ。貴様が真に天空の王なのか、王の名を騙るだけの羽虫なのか、見極めてやろう』
金色の雷が、
黒鷲の王は、それに正面から応じる様に、戦斧を構えた。
戦斧は先の刃が消え、その形状を先の尖った投擲槍の如く変化させる。
そして黒鷲の王は、徐に槍のその切先で、自身の左腕を切り落とした。
切り落とされた左腕は魔素と化して槍に吸収され、凄まじい黒き暴風が吹き荒れる。
それは明らかに、
『…ほう』
その圧力に押された
両者の魔力が最大まで高まり、雷雲の中で僅かな静寂が流れた。
瞬間、両者の魔力は同時に解放される。
『——《
『——《
それは、神の力の一端——神域魔法と、片腕を代償とした古代魔法の衝突。
金色の雷のドラゴンブレスと、暗き死の竜巻を纏う投擲槍の——真正面からのぶつかり合い。
金色と黒が、雷雲を満たした。
その勝敗は——
*
神域魔法と、古代魔法の衝突。
その衝撃は、容易く雷雲を消し飛ばした。
黒鷲の王——バールデルの腹部には大きく風穴が空いていた。
対する
両者痛み分け、しかしダメージだけで見るならば黒鷲の王の方が重症。
だが影の使い魔たる黒鷲の王は、ローファスの魔力によりその腹部の風穴と、古代魔法の媒体に使用して欠損した左腕は瞬く間に修復される。
それは、この戦いが始まって初めての負傷であった。
それを見た
『良い、良いぞ! それでこそだ、それでこそ天空の王——』
言い掛けた
感じる。
空気が、大気中の魔素が、世界の全てが悲鳴を上げている。
そして間も無く、天は白く染まった。
それは全てを滅ぼし、蒸発させる破滅の光。
『まさか、レイモンドか…!?』
それは、自身を喚び出した友人——レイモンドが放った古代魔法。
王都全域を覆い尽くす程の破壊の光——古代魔法《陽堕しの明星》。
回避不可、逃れられぬ死。
『まさか我諸共…? 他でも無い貴様の呼び掛けだから応えてやったというのに、どういうつもりだ…』
陽の光が一切差し込まぬ深淵の闇。
破滅の光は、その深淵の闇を破る事が出来ず、それどころか瞬く間に飲み込まれた。
それはまるで、闇が太陽を喰らったかの様。
先程までの死闘がお遊びに思える程の規模——裕に神域に届き得る魔法。
それに驚きもせず、ただこちらを見据えるだけで動きを見せない黒鷲の王の姿が目に止まった。
『まさか、今のはお主の主人か?』
黒鷲の王は、無言で首肯する。
『そうか…』
『まるで、かつての人族の傑物——《黒き者》の様だな。奴が死んで久しいが、よもや末裔か? 全くレイモンドめ、とんでもない所に喚んでくれたものだ』
身体の僅かな震え、これが武者震いでは無い事は
そして間も無く、王都を荊棘の結界が包み込んだ。
それは虚空に開いた次元の穴に、
『…ぬぅ、抗えぬな。今代の人族は、随分と粒揃いらしい。ふむ、今後百年は、大人しくしておくとしよう』
呟きつつ、
『貴様とは、いつしか再戦したいものだ。いずれ来るやも知れぬその時を心待ちにしている』
その言葉を最後に、
一人残された黒鷲の王は、ぼそりと呟く。
『…相、変わらず…口数の多いトカゲ、だ…』
与えられた役目を終えた黒鷲の王は、空気に溶ける様にその姿を消した。
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