67# 新歓合宿Ⅱ

「マジかよ、お前もぼっちなのか」


「…」


 大柄な新入生は目を逸らした。


 ミラ先輩も、気まずそうに目を逸らしている。


 どんよりとした沈黙。


 あん? なんだこの空気、お葬式かよ。


 なんでこの二人の間で気まずい雰囲気が流れてんの。


 この騎士家系の奴新入生だよな、面識あるのか?


「…あ。お前、あの貴族の手下じゃん」


「く…」


 大柄な新入生は露骨に顔を背けた。


 成る程、そこ繋がりね。


 読めてきたな。


 もしかしなくても、裏路地の一件はあれ一回きりではなく、あの貴族共は日常的にミラ先輩を虐めていた、と。


 学園外でも暴力を振るっていた状況からみるに、この大柄な新入生もその場に居た事があったのかもね。


 それなら、面識があるのも、ミラ先輩のこの反応も頷ける。


 俺はじっと、大柄な新入生を見据える。


「俺はアベル。お前、名前は?」


「…ゴルド。騎士家、ゴルド・ラオ・ガルムだ」


 顔を背けながらも、大柄な新入生——ゴルドは名乗った。


 俺はゴルドの肩に優しく手を置く。


「そっかゴルド、宜しくな。で、お前はミラ先輩に手を出した訳?」


「ちょ、アベル君!?」


 驚いた様に声を上げるミラ先輩。


 俺は気にせず、ただゴルドを見据える。


 ゴルドは暫し沈黙し、口を開く。


「…出していない。俺は騎士家。誓って、女子供には手を出さん」


「あっそ」


 俺はそのまま、裏拳でゴルドの頬を殴り付ける。


 が、ゴルドは無傷。


 何故か殴った側の俺の手の方がジンジンしてる。


 痛いし、硬い…コンクリかよこいつ。


「アベル君何してるの!」


 騒ぐのはミラ先輩だけ。


 殴られたゴルドは、殴った俺を睨むでもなく、ただ目を伏せている。


 俺はゴルドに言ってやる。


「アホか。一緒に居たんなら何もしてなくても同罪だボケ。あのバカ貴族を止めろよ、知り合いなんだろうが」


「…」


「この野郎…」


 何も答えないゴルドの胸倉を掴み、俺は更に殴ろうと拳を振り上げる。


 が、ミラ先輩に羽交締めにされた。


「暴力は駄目だってば! 私の事はもう良いから!」


「いやでも…」


「兎に角これ以上暴力は止めて! これじゃ、アイツらと変わらないよ!?」


「えっ、マジで?」


 俺はゴルドの胸倉から手を離した。


 あのバカ貴族共と一緒にされるのは普通に嫌だな。


「…もう殴らない?」


「殴らない殴らない。だから離して、ミラ先輩」


「…軽いなー。なんか嘘っぽいんだけど」


「嘘じゃないって」


 ミラ先輩は俺を解放してくれた。


 そしてそんなミラ先輩に、ずっと黙っていたゴルドは徐に頭を下げる。


「許せとは言わない。だが、申し訳無かった」


「許すも何も、別に貴方に殴られてないのは本当だし…」


 ミラ先輩は複雑そうに目を逸らすが、直ぐにゴルドに向き直る。


「でも、謝罪は受け入れます。アベル君も、怒ってくれてありがとう…」


 少しだけ、顔を赤らめてそう言うミラ先輩。


 あれ…もしかしてフラグ立った?



 そんな一幕がありつつも、俺、ゴルド、ミラ先輩の三人組は、班として無事に受理され、《餓狼の森》へ歩を進めた。


 餓狼と名の付く通り、この森には狼型の魔物が多く出没する。


 その理由は、森の奥にダンジョンがあるからだ。


 森奥のダンジョン——《大狼砦》。


 狼型の魔物が発生する砦型のダンジョン。


 そのダンジョンより湧き出た狼型の魔物が森の中を彷徨く様になり、それが転じて《餓狼の森》。


 ぶっちゃけダンジョンそのものを攻略してしまえばこの森は平和そのものになるのだが…このダンジョン、というか森も含め、学園の管理下にあり、ダンジョンへの立ち入りも禁止されている。


 ——という設定なのだが、原作ではそんなの知った事かと魔物を乱獲し、黒の魔物として支配下に置いたのが《影狼》のローファスだ。


 これ、こっそりダンジョンを攻略しとけばローファスの戦力ダウンを狙えるんじゃね?


 そうアベルに提案したのだが、秒で否定された。


『ここを潰しても、別のダンジョンで戦力を補充されるだけだ。それに、ローファスが操っていた黒い魔物は、狼以外にも多くいた。ダンジョンを一つ潰す程度では然程意味は無いだろう』


 という事らしい。


 良案だと思ったんだが、無意味らしい。


 もしも狼系の魔物を刈り尽くしたら、ローファスの二つ名はどうなるんだろう?


 《影狼》から変化するのだろうか。


 そんな事を考えながら森林を進み、河原の一角にテントを張る事にした。


 今晩はBBQだぜい。


 因みにテントの準備は、ゴルドが殆ど一人でやってくれた。


 正確には手伝おうとしたが、ゴルドの手際が良過ぎて付け入る隙が無かった。


「すげー。手慣れてんなー」


「見習いだが、俺も一応騎士だからな。野営は慣れている」


「ほー、やるじゃん。サバイバル出来る男はモテるぜー?」


 ゴルドの仕事ぶりを眺めていると、ミラ先輩から声が掛かる。


「アベル君、手が空いてるなら薪拾い!」


「あっ、ハイ」


 俺は薪拾い、そしてミラ先輩は食料調達をしてくれるらしい。


 いやー、助かるわー。


 誰だよソロで行くとか言ってた奴。


 こんなん一人だったら秒で野垂れ死ぬわ。


 水気の無い燃えそうな枝を拾い集めて少し経った頃、突如として森全体が大きく揺れた。


 森中で無数に響く狼の遠吠え。


 ざわざわと木々が揺れ、多くの鳥達が一斉に羽ばたいた。



「…なんだ?」


『この遠吠え…まさか、もう現れたのか…!?』


 ずっと黙っていた火の玉アベルが、焦った様に言う。


「現れたって、大狼ジェヴォーダン?」


 大狼ジェヴォーダン——非常に強力な巨狼の魔物であり、ゲーム最初の負けイベント。


 ゲームでは新歓合宿の二日目の朝、合宿の最終盤で出現する、何故かダンジョンから抜け出して出歩いていたフロアボス。


 当然、最序盤のアベルに勝てる相手では無く、ある程度戦った段階で大技による全体攻撃を発動され、戦闘は強制敗北となる。


 絶対絶命、そんな時に教師陣が現れ、助け出される。


 因みにこの大狼ジェヴォーダン、後にローファスに取り込まれ、ゲームの二部で黒い巨狼の魔物としてアベル達の前に立ちはだかるという、見事なリベンジマッチがある。


 しかし、先に説明した通り大狼ジェヴォーダンの出現は合宿二日目。


 今は合宿初日の昼下がりだ。


 幾ら何でも早過ぎる。


『あの時、何故ダンジョンのフロアボスである筈のジェヴォーダンが現れたか、知っているか?』


「そりゃ、下級貴族が…」


 フロアボス大狼ジェヴォーダンが現れたのは、下級貴族が王女であるアステリアに良い所を見せようと張り切った結果、《餓狼の森》の深部のダンジョン《大狼砦》付近——立ち入り禁止指定されている区域に侵入し、魔物を狩って荒らしたのが原因…だったが。


「まさか、こんなに早く? なんで…」


『分からない、分からないが…前回と違って僕がアステリアの班に居ない分、生徒達の行動が変化したのかも知れない…!』


「行動が変化って…今更だけど、本当に原作通りにいかねーな。でもこれ、本当にジェヴォーダンが現れたのか?」


『分からんが、今直ぐに肉体を代わってくれ! もしアステリアに何かあったら…!』


 珍しく、酷く焦った様子の火の玉アベル


 いや、心配なのは分かるが、展開が原作と異なっている以上、ゲームの時みたくアステリアの班がピンポイントで襲われるとは限らないだろう。


 勿論アステリアも心配ではあるが、一応班メンバーであるミラ先輩やゴルドも危険である事に変わりない。


 そもそもこの異変が、本当に大狼ジェヴォーダンが現れたものなのかも不確かだ。


 …しかし、最悪の事態は想定した方が良い。


 この場合の最悪、それはアステリアがこの段階で死亡する事。


 それは俺が目指すハーレムエンド、もといハッピーエンドから掛け離れた結末だ。


 ミラ先輩やゴルドがいるテントは、《餓狼の森》の序盤。


 ゲームで大狼ジェヴォーダンが暴れる地点は森の深奥、立ち入り禁止区域付近。


 一先ずここは、アステリアを優先するべきか。


「…代わるのは良いけど、アステリアが何処にいるか分かんの?」


『いや、走って探す』


 …は?


 この広い森を走って?


 いや、魔力で強化したアベルの身体能力は控えめに言ってゴリラだ。


 全力で走れば、その速度は余裕で音速を超える。


 しかし開けた平地ならば兎も角、ここは視界の悪い針葉樹林。


 かなり厳しい様に思えるが。


 アベルは主人公補正があるだろうし、案外普通に見つけられるかも知れないが、これはゲームや漫画では無く現実。


 そんな不確かなものは頼れない。


 だが、アベルにはリルカやフラン、メイリンと違って探索系の技能が無い。


 …全く、ダンジョンでアイテムをかき集めておいて良かったよ。


 俺は《風神の小袋》から、保管していたとある魔法具を取り出す。


 それは、一枚の黒い鳥の羽根。


 《渡鴉の尾羽根》——探している物の場所まで導いてくれる魔法具だ。


 ゲームでは主に、特定の魔物や動物の居場所を探すのに使用していた。


 落とし物捜索系のサブクエストでも大分お世話になったな。


 人探しに使用した事は無かったが、効果対象に生物も含まれている為、きっと大丈夫な筈。


 俺は《渡鴉の尾羽根》を空高く放り投げ、“探しもの”の名を口にする。


「——対象…《王国第一王女、アステリア・ロワ・シンテリオ》」


 宙を舞う《渡鴉の尾羽根》は青く燃え上がり、光の鳥と化して“探しもの”に向けて飛び始める。


 よし、発動は成功。


 俺は即座に、肉体をアベルに明け渡した。


「お前…!?」


 突然の俺の行動に驚いた様子のアベル。


『アホ、早く追い掛けろ主人公』


 意識を交代し、青い火の玉・・・・・と化した俺はアベルを叱責する。


「…! 恩に着る!」


 良いって事よ。


 これでも一応、知識担当だからな。


 アベルは身体に炎を纏い、アステリアの元へ飛ぶ《渡鴉の尾羽根》を追った。


 *


 王国第一王女アステリア・ロワ・シンテリオ。


 彼女は王族として強い責任感を持っていた。


 日頃から民衆の声に耳を傾け、時にはトラブルを解決するべく自ら動く時もある。


 近隣で魔物の被害が出たとあれば積極的に討伐隊を率いて鎮圧に赴き、時には領民同士のトラブルの仲裁に入る事さえあった。


 それもあり国民から絶大な支持を得ているが、その反面王族や一部貴族からはじゃじゃ馬扱いされる事もしばしばあった。


 そして、一泊二日の野宿が強要されるこの新歓合宿にも、多くの上級貴族の子息達が不参加を決め込む中、アステリアは学園行事の一環として、一学生として参加した。


 この新歓合宿には上級貴族の子息令嬢は殆ど参加しておらず、参加している新入生のその殆どが平民と下級貴族である。


 学園生活に於いて、第一王女たるアステリアは多くの上級貴族に囲まれており、下級貴族は近づく事すら難しい存在。


 故に、下級貴族達にとってこの新歓合宿は、アステリアに近付く絶好の機会だった。


 王族との繋がりは、貴族社会に於いて非常に有用なもの。


 第一王女の学友、その肩書きだけでも十分過ぎる程のステータスといえる。


 この機会を逃すまいと張り切った下級貴族は多く、アステリアと同じ班になれなくとも、自らの有用性を示そうとする者は少なくなかった。


 原作に於いても、アベル、アステリアと同じ班の一人であった下級貴族の生徒が先走り、立ち入り禁止区域にまで足を踏み入れるに至った。


 そして今回——


 *


「チッ、森林なんて俺達貴族が来る場所じゃないだろ…」


「全くだ、虫が多過ぎる。特に蜂だ、ブンブンと羽音が鬱陶しい」


 《餓狼の森》の深部を、とある下級貴族の新入生達が、ぼやきながらも先に進んでいた。


 それは下級貴族三人で組まれた班。


 アステリアと同じ班になれなかった子息達だった。


 彼等が居るそこは、既に《餓狼の森》の最深部、ダンジョンの入り口付近である。


 当然、魔物との遭遇率も非常に高いが、貴族達は持ち前の魔法で撃退しながら先へ進んでいた。


「おい! 何処まで行く気だ! とっくに立ち入り禁止区域だぞ!」


 その苛立った声は、先陣を切って行く貴族の生徒に投げ掛けられたもの。


「落ち着きなよ。王族と近付くチャンスなんて中々無い。大型の魔物でも狩れば、アステリア様の目にも止まるさ」


 そう言いながら、その生徒は何かに突き動かされる様に、奥へ奥へと進んで行く。


「大型の魔物って、そんなのがいるのか?」


「ああ。この森の奥には、巨大な狼の魔物がいるのさ」


「ほお? それ、俺達だけで倒せるんだろうな…てか、なんでそんな事知ってるんだ?」


「ああ、それはね——」


 その会話に割って入る様に、茂みから狼の魔物が大口を開けて飛び掛かってきた。


 後続する生徒達はそれに驚き、碌に動けずにただ目を見開く。


 そんな中、先頭の生徒は溜息混じりに無言で魔法を放ち、狼の魔物を消し飛ばした。


「あ、あっぶなかったな、今の…!」


「凄いなお前! 普通の反応速度じゃないぞ!」


 片や安堵し、片や称賛する生徒達。


 そして片方の生徒は、ふと疑問を覚えた。


「しかし今の魔法…詠唱は? 魔法名も言って無かったし、まさか無詠唱…」


 言いながら、先頭の生徒に目を向け、固まる。


「あれ…お前、目の色…」


 先頭の生徒は怪しく笑う。


「なに、ただのイメチェンさ。しかし良いのかい? そんなの・・・・が、人生最後の言葉で」


 直後、その場の生徒達は、森の奥から凄まじい速度で現れた巨狼に、三人諸共飲み込まれた。


 そして巨浪——大狼ジェヴォーダンは、その瞳を翡翠に変色させると、森を揺るがす程の遠吠えを上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る