63# エピローグ・スカイフィールド

 魔王ラース。


 物語一章のラスボスにして、四魔獣を従える人類に仇なす厄災。


 魔王ラースの姿は、物語に於いては異形そのものだった。


 原型こそ人に近い形であったが、その体表は堅牢な竜の鱗に覆われ、背には蝙蝠の如き皮翼を生やしていた。


 それは伝承に残る悪魔や、半人半竜の竜人に近い姿。


 魔王ラースは、古の時代に封印された厄災の一柱。


 それが物語一章にて復活し、その折りに発動された《カタストロフ》にて世界は闇に染まり、大陸中の魔物が凶暴化する事態となった。


 そんな厄災の名を、白髪の少女は名乗った。


 その容姿は物語の魔王ラースとは似ても似付かないが、《影狼》の名を出された上に、“物語”の詳細を知っている口振り。


 最早ローファスの中で、白髪の少女が魔王ラースである事に疑いは無かった。



 そんな白髪の少女は今、慌てた様に両手を上げ、戦意が無い事を必死にアピールしていた。


「待って、ストップ! その魔法を受けたら僕は死ぬ! 君なら分かるだろう!? 今の僕には魔力が殆ど無いんだ!」


 ローファスに暗黒鎌ダークサイスの刃を向けられ、必死の形相で命乞いをする少女。


 これが、本当にあの魔王なのか?


 ローファスは今し方まで持っていた確信が揺らぎそうになりつつ、鎌を下ろす。


「貴様が、魔王ラースだと?」


 ローファスは怪訝そうに眉を顰め、白髪の少女を見る。


 魔力探知から感じられるのは、魔王とは思えぬ程に矮小な魔力。


 魔力遮断や、詐称系の魔法が使われている様な気配は無い。


 白髪の少女——魔王ラースは、一先ず向けられていた魔法が下された事に胸を撫で下ろしつつ、しかし両手は上げたまま下さない。


「そう、僕がラースだ。見た目が違うのは復活の時期が早まった為だ。受肉先を選ぶ余裕も、強化するだけの時間も無かった。見て分かる通り、弱く脆い身体だ」


 両手を下さずに無害である事を示しつつ、ラースは自身の姿をローファスに確認させる様に、その場でくるりと回って見せた。


「必要なら服も脱ぐが?」


「…不要だ」


 チラリと上目遣いでそんな事を言うラースに、ローファスは吐き捨てる様に断る。


 それと同時にローファスの背後で、暗黒の魔晶霊の兵士が客間の扉の鍵を閉めた。


 そしてローファスの足元より暗黒が伸び、客間全体を侵食する様に黒く染めていく。


 ラースはそれに、肩をびくりと震わせ、顔を強張らせる。


「あー…これ、僕はここで死ぬ感じかい?」


「…昏き領域ブラックルーム。暗黒属性の結界だ。この中の情報は、決して外には漏れない」


 発動された魔法に攻撃性が無い事を聞き、ラースは安堵した様に息を吐く。


 が、そのラースの周囲を、暗黒に染まった床より現れた魔晶霊の兵士達が囲み、剣先を向けた。


「勘違いするな。貴様が死ぬのは情報を全て吐いた後だ」


「あぁー…そう言う感じか。非情な事だ。まるで物語の悪役——否、まるでではなかったか」


 何処か達観した様に目を細めるラース。


 その首筋に、兵士の一人が剣先を沿わせる。


「無駄口を叩くな。さっさと知っている情報を吐け」


「…でも、喋ったら殺すんだろう。それでは喋り損じゃないか」


「喋らないなら今すぐ殺す。別に俺は、どちらでも良い」


 ラースの首に沿う刃が、少しずつその白い肌に食い込み、血が流れる。


 ラースは観念した様に息を吐く。


「分かった、僕の知っている情報を話すよ。ただその前に言わせて貰う。そもそもの話、君は何故僕を殺そうとする? 僕が魔王だからか? 未来で人類の敵となるからか? だが、それは君も同じではないか? なあ——《影狼》のローファス」


「その悪趣味な名で俺を呼ぶな。一緒にされるのも不愉快だ」


 ラースは溜息を吐き、その翡翠の瞳でローファスを見る。


「君は先程勘違いと言ったが、その言葉をそのまま返そう。勘違いをしているのは君の方だ、ローファス・レイ・ライトレス」


「…無駄口を叩くなと言った筈だが。いや、もう良い——やれ」


 ローファスの口から発せられる非情な命令。


 暗黒の兵士達は、構えていた剣の刃を、ラースに向けて一斉に振り下ろす。


 今際の際、しかしラースは構わず続けた。


「——君は、六神の使徒では無い」


 ラースの言葉に、振り下ろされた刃が止まる。


 ローファスが、止めさせた。


 ローファスは無言でラースを睨み付け、言外に先を促す。


 ラースは微笑み、言葉を続ける。


「君はリルカ・スカイフィールドと関わりがあったね。あれは明らかに筋道とは異なる行動を取っていた。六神の使徒で相違無いだろう。そんな彼女と関わりを持った君だ。こう言われたのではないか? ——未来の知識を持つローファス。君も六神の使徒だ、と」


 ローファスは目を細める。


 それは、確かにその通り。


 ローファスは、リルカに六神とその使徒の存在を聞いた。


 しかし、使徒として風神に導かれているリルカとは違い、ローファスは六神からの接触が無い。


 本当に自分は六神の使徒なのかと言う、疑問は確かにあった。


 ラースは続ける。


「ローファス、君は僕と同じだ。未来の知識を与えられ、やり直す事を許された——《闇の神》によって」


「闇の、神だと…?」


「そう。この未来の知識と言う名の加護を得た——そう言った悪役は、僕と君だけではない。他にも何人か居る。もう分かったろう? 僕達は敵では無く、寧ろ手を取り合うべき仲間だ。僕達の敵は、六神の使徒だ」


 ラースは微笑み、手を差し出した。


 ローファスは差し出されたその手をじっと見つめる。


 違和感はあった。


 《闇の神》により滅ぼされた世界、それを防ぐ為に六神は世界を巻き戻した。


 その際に六神が選定した使徒は、《闇の神》を倒すのに必要と言う話。


 その重要な役割に、一度人類の敵に回ったローファスを選ぶだろうか。


 リルカに六神の使徒だと言われた時の、その違和感。


 噛み合わなかったパズルは、ラースが口にした情報により、ある程度は噛み合ってしまう。


 六神が使徒を選定したのと同様に、《闇の神》も悪役を選定していたのだ。


 まるで、対抗するかの様に。


 ローファスの中で、ラースにより差し出された手を取るべきか否か、揺れていた。


 その迷いを感じ取ったのか、ラースは静かに手を引いた。


「流れで手を差し出したけれど、そもそも僕が君に会いに来たのは、仲間に勧誘する為ではないんだ」


「は…?」


 ここまで話を進めておいて何を?


 そう言いたげに眉を顰めるローファスに、ラースは肩を竦めて見せる。


「ここまで話せば、君なら分かるだろう? これは六神と《闇の神》の代理戦争。僕達や六神の使徒は、神々の諍いに巻き込まれた訳だ。勝手な話だとは思わないか?」


「…結局、貴様は何が言いたい? 何の為に、俺の元を訪れた?」


 ローファスの問い掛けに、ラースは意味深に微笑む。


 そして両手を床に付けると、そのまま頭を下げた。


 それは所謂、土下座の姿勢。


 困惑するローファスを前に、ラースは頭を下げたまま口を開く。


「僕を君の庇護下にいれて下さい。お願いします」


 ローファスは残念なものを見る様な目で、土下座するラースを見下ろしていた。



 魔王ラースは、四魔獣ではアベル等主人公勢力を相手に力不足である事を、未来の知識から得ていた。


 だからこそ、力を分散するのではなく、集約すると言うやり方に切り替えた。


 そうして生まれたのが、魔の海域の魔鯨——クリシュナ。


 魔鯨クリシュナは、ラースの膨大な魔力を注ぎ込まれ強化された、最高傑作だった。


 間も無く王国に侵攻し、未だ成熟していないアベル達諸共人類を滅ぼす——筈だった。


 しかしそのクリシュナは、ローファスにより倒されてしまった。


 クリシュナによる王国侵攻の計画が頓挫した後、ラースが次に目を付けたのは世界を飛び回る天空都市シエルパルク。


 そこを根城とする巨大グリフォン——デスピアに、残りのほぼ全ての魔力を注いで強化した。


 流石に最高傑作たる魔鯨クリシュナ程にはならなかったが、成長を促せば更に強くなるポテンシャルがデスピアにはあった。


 天空都市を隠れ蓑に、二年の歳月を掛けた結果、デスピアはクリシュナに負けずとも劣らぬ怪物となった。


 そんな矢先、何の脈絡も無く突如として天空都市に現れたローファスにより、デスピアが滅ぼされた。


 また、ローファスに。


 ラースはこの時点で、魔力を殆ど失っており、もうまともに戦えるだけの力を持っていなかった。


 クリシュナやデスピアを強化するのに消費した魔力は、回復しない。


 それは魔力総量を削り、分割して魔物に分け与えた為であり、魔法を行使するのに消費する事とは根本的に異なる。


 つまりラースは、戦う力を永遠に失った事になる。


 この時、ラースは人類を滅ぼすのを諦めた。



 以上が、土下座するラースがローファスに語った内容である。


「…と、言う訳だ。どんな恨みがあるのか知らないが、もうこれ以上僕を追い詰めるのは止めてくれないか。切実に」


 少しだけ涙目になりながら、そんな事を言うラース。


 姿形が少女のものと言う事もあり、ローファスはまるで弱い者いじめをしている様な錯覚に陥りそうになる。


 ローファスが魔鯨クリシュナやデスピアを倒したのは、謂わば全て成り行き。


 決して狙っていた訳ではないのだが、ラースからすれば計画を悉く潰された上に戦う力まで失ったと言う。


 事実、ローファスの目から見ても、ラースは下級魔法すら碌に発動出来ない程に魔力量が少ない。


 戦う力が無いというのは、どうやら事実であるらしい。


「それで、もう戦えないから俺の庇護下に入りたい…と?」


「そもそも僕がこんなになってしまったのは君が原因だ。責任を取って欲しい」


「知るか。大人しく死んでおけ」


 取り囲む暗黒の兵士達が、再び剣先をラースに向けた。


 ラースは慌てる。


「待って待って待って! どうしたら助けてくれる? 何でもする。あ、そうだ。夜の相手とかどうだろう? ほら、君はリルカと親しくしていたろう。僕の今の身体は、体型的に彼女に似て——」


 直後、昏き領域ブラックルームごと客間の半分が消し飛んだ——ローファスが振るった暗黒鎌ダークサイスの黒き斬撃により。


 結界が破れ、差し込む陽の光に照らされながら、ラースはへたり込む。


 ローファスはそれを、冷酷に見下ろす。


「次、下らぬ事を口にすれば殺す。不快にさせても殺す。俺が、手ずから確実に殺す」


「…分かった。そう言うのは好まないか。心に止めておこう。ただ、これだけは分かって欲しい。僕はアベル達に無惨に殺されたくないだけだ。死にたくないだけなんだ。この気持ち、君なら分かるだろう…?」


「…」


 ラースの真摯な訴えに、ローファスは暫し黙り、鎌の刃を下ろした。


 殺されたくない、それはローファスからしても、共感出来る感情。


 幾度と殺される追体験をさせられたローファスからすれば、その気持ちは分かる——痛い程に分かってしまう。


 ローファスが暫しラースを見据えていると、鍵を掛けていた客間の扉に直線上の鋭利な傷が無数入り、直後バラバラに崩れ落ちた。


 慌てた様子で中に入って来たのは、抜き身のレイピアを携えた執事カルロスだった。


「無事ですかローファス坊ちゃん!」


「問題無い」


 客間が結界魔法ごと破壊され、その衝撃を受けて急ぎ馳せ参じだらしいカルロス。


 それにローファスは、何でも無いかの様に手を平つかせて返す。


 ローファスは、興が削がれた様に舌を打ち、へたり込んだままのラースを見据える。


「一先ず、今は殺さないでおいてやる。知っている情報は全て話してもらうぞ」


「勿論」


 ラースは安堵した様に微笑んだ。


 *


 夜、別邸。


 ローファスの執務室に、身綺麗なワンピースを見に纏った魔王ラースの姿があった。


 先程まで湯浴みをしていたラースは、その白髪を艶やかに湿らせている。


 屋敷に訪れた際に着ていた黒衣のローブは、随分と古いもので、汚れも目立っていた為、現在は洗濯に出されている。


「いやー、まさかお風呂に食事まで頂けるとは。どちらも受肉してから初めてだよ。元々人間では無いし、本当は食事も不要なのだけれど。しかし食事も入浴も、趣向品としては充分に楽しめるものだ。全く君には感謝しかない。そうだ、あの広いお風呂にはまた入りたいのだが、構わないか——」


「お喋りをする為に呼んだのではないのだが?」


 いつまでも風呂や食事の話ばかりをするラースに、ローファスは不機嫌そうにそれを遮った。


 ラースは目をぱちくりとさせ、苦笑する。


「ああ、すまない。あんなに美味しい食事も、大浴場と言うのかな? あんなに広い風呂も初めてだったものでね。情報、だったね。幾らでも話すよ。何せ、君は僕を保護してくれたんだから」


 ラースはにこりと目を細め、言葉を続ける。


「とは言え、僕もそこまで多くの情報を持っている訳ではない。分かっているのは、巻き戻されたこの世界は六神と《闇の神》の再戦の為の場であり、僕達はそれに巻き込まれた被害者であると言う事さ」


「再戦だと?」


「史実通りだと、六神も《闇の神》もお互いに消化不良だったのさ。六神は世界の滅亡を止められず、《闇の神》は復活した直後に殺されたからね」


「六神が時を巻き戻し、《闇の神》はそれを利用して今度は完全なる勝利を目論んでいる、と言うことか」


「…ん? いやいや、違うよローファス」


 ローファスの解釈に、ラースは首を振って否定する。


「六神の使徒——リルカ・スカイフィールドから何を聞いたのか知らないが、まず前提から違う。世界を巻き戻したのは、六神と《闇の神》が共同で行った事だ」


「…なんだと」


 目を剥くローファス。


「六神と《闇の神》は、敵同士の筈だろう」


「その通り、彼等は反目し合っている。しかし今回は利害が一致したのさ。六神も《闇の神》も、史実通りの結末を良しとしなかった」


 ラースは肩を竦める。


「そもそも、六神だけでは世界を巻き戻す事なんて出来はしない。そこまでの力は彼等には無い。寧ろ、元々世界をやり直そうとしたのは《闇の神》で、六神はそれに乗っかった形じゃなかったかな?」


「…聞いていた話と随分違うな」


「あまり、六神が言う事を信用しない方が良い」


「《闇の神》の側である貴様に言われてもな」


 ローファスに半目で睨まれ、ラースは苦笑する。


「そこは信じてもらう他ない。確かに僕はこの神々の代理戦争に於いて《闇の神》の側ではあるが、今はこの戦いから降りているつもりだ。そもそも戦う力が無い以上、どうする事も出来ないしね」


 それに、とラースは付け加える。


「僕だって死にたくは無い。《闇の神》に対してそこまでの忠誠心は無いよ」


 ラースは一呼吸置き、口を開く。


「さて、僕に話せる情報はこれくらいだ。どうかな、お気に召してくれたなら良いのだけれど」


「…ふむ、話は分かった。今の所矛盾も感じられん」


「用心深いね。まあ君らしいが」


 一通り話を聞き終えたローファスは、徐に左腕——正確には義手をラースに差し出した。


「では、さっさと呪いを解いて貰おうか」


「…呪い?」


 首を傾げるラースに、ローファスは苛立った様に目を細める。


「惚けるな。魔鯨——クリシュナだったか? そいつにやられた傷だ。呪いの如く魔力が溢れ、治癒魔法でも再生出来ん。左腕、そして左眼だ。呪いの出所は貴様だろう」


 ローファスに詰められたラースは、困った様に首を横に振る。


「…いや、僕じゃない」


「貴様、惚けるなと…」


「本当に違う。そもそも、今の僕に呪いを放てるだけの魔力が無いのは分かるだろう」


「む。では、一体…」


 ラースはじっとローファスの翡翠に染まった左眼と、左腕を見据える。


「高度な封印術が重ね掛けされているね。肝心の呪いは…ふむ、これは——」


 ラースは呪いを観察し、少し驚いた様に目を見開く。


「人の呪いではないね。恐らくだが、神の類による呪いではないかな」


「神だと…?」


「クリシュナは元々、僕の魔力で強化する前は水の神獣だったんだよ。神性を持つものは殺す事は出来ても滅ぼす事は出来ない。ローファス、或いは君は、神獣殺しにより、その身に呪いを受けているのではないかな」


 神獣を殺した者は、その身に災いが降りかかる。


 それは即ち、神罰である。


 これは遥か昔よりある言い伝え。


 王国に伝わる御伽話の中にも、欲望のままに神獣を殺した男が、非業の死を遂げると言うものがある。


 王国では広く知られた話だ。


 ローファスは目を細める。


「では、この呪いを解く事は出来ないと?」


「そうだね。申し訳ないが、僕にはどうする事も出来ない」


「…そうか」


 ローファスは少し残念そうに目を伏せ、それにラースは、気遣わし気に謝罪を重ねる。


「すまない」


「良い。治せないならば仕方が無いだろう。出来もしない事を求めるのは三流のする事だ」


 ローファスは切り替えた様に顔を上げ、ラースを見据える。


「もう行け。今夜は空き部屋を用意させているからそこで寝ろ。貴様の今後の処遇は——今暫し考える」


「感謝するよ、ローファス。戦う事は出来なくなったが、君に庇護を求めて正解だった」


 踵を返し、足取り軽やかに扉へ向かうラース。


 ラースは扉に手を掛けた所で、思い出した様に振り向き、ローファスを見た。


「そうだ、言い忘れていた」


「…なんだ」


「僕が魔鯨クリシュナを生み出したきっかけだよ。僕が未来の知識を得て、一番最初にやった事——それは豹王アンブレを生み出す事だった」


「アンブレを…?」


 巨大な豹型の魔物、豹王アンブレ——魔王が生み出した四魔獣の一角である。


 ラースは続ける。


「…元となる魔物の棲息域が一番近かったんだ——アベルの故郷に」


 アベルが生まれ育った故郷、田舎の農村カロット。


 学園に入学する前、アベルはその辺鄙な農村で生活していた。


 もし四魔獣の襲撃を受ければ、甚大な被害が出るだろう。


「まさか、襲わせたのか…?」


「まあね。アベルさえ殺せば、僕が死ぬ事も無い。成長して力を付ける前に芽を摘んで置くのは当然。これが最適解だろう」


「…それで、殺したのか?」


 何でも無いかの様に言うラースに、ローファスは目を細めつつ先を促す。


 ラースは首を振り、否定した。


「死んだよ——送り込んだ豹王アンブレがね。アベルに、殺されたんだ」


「…は?」


 何を馬鹿な、そう言いたげに眉を顰めるローファス。


 ラースは肩を竦めて見せる。


「…だから僕は、力を集約させてより強い魔物を生み出した——クリシュナを。全てはアベルを殺す為に。まあ、今となっては…だが」


 ラースは溜息混じりに肩を落とし、ローファスを見る。


「良いかいローファス。アベル・カロットは、間違い無く六神の使徒だ。それも未来の——全盛の力を持っていた。ただ未来の知識や、記憶を保持しているだけでは説明出来ない力だった。アンブレを通して見ていたから、それは間違い無い」


「アベル、奴が…」


 アベルと言う存在を強く意識した瞬間、ローファスの内より途方も無い憎悪の感情が溢れ出す。


 どす黒い暗黒の魔力が、ローファスの瞳を更に黒く染め上げた。


「奴がどんな力を持っていようと関係無い。俺の敵となり得るならば、より強い力で捩じ伏せるだけだ」


「…頼もしい限りだよ。神々の代理戦争——君が六神側に付こうが《闇の神》側に付こうが、どちらであろうと、僕は君が付いた側に付くよ。少なくとも、僕を庇護してくれている間はね」


 魔王ラースは怪しく微笑む。


「いよいよ楽しい学園が始まるね。君の選択を、僕に見せてくれ」


 ラースの言葉は、憎しみを燃やすローファスには届かなかった。


 —— 三章《EPスカイフィールド》完 ——

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