15# 奴隷
住民が寝静まった深夜。
俺とカルロス、そして暗黒騎士達は港町にあるクリントン邸に訪れていた。
どうして今更クリントン邸に戻って来たのか、それは後顧の憂いを断つ為に他ならない。
フォル——ファラティアナ・ローグベルトが、将来的にライトレスに敵対する可能性は、それがどんなに小さなものでも確実に潰さなければならない。
ローグベルトに課せられた理不尽な重税はもう無い。
魔物被害も解決した。
そして最後に残るのは、奴隷商に売られたフォルの幼馴染、ノルンの存在だ。
物語の第三章において、帝国に売られて人体実験を繰り返され、変わり果てた姿のノルンとファラティアナが再会するエピソードがあった。
どういう訳か、その再会がライトレスへの憎しみを掘り返す様な形になっていた。
諸悪の根源は人体実験を繰り返してた帝国の手の者であり、仮に遡っても悪いのは人身売買をした奴隷商や代官役人のクリントンだ。
それでやっぱりライトレスが、ローファスが悪かったんだ、となるのはおかしくないか?
まあライトレス領内の事なので、監督不行き届きと言えば確かにそうなのだが。
それならば悪いのは俺ではなく当主である父上だ。
個人的にとても納得出来た話では無いが、その怒りの矛先が他の誰でも無い俺に向けられていたのは事実。
なんなんだ、世の中の都合の悪い出来事は全て俺の責任か?
こんなもの完全にいちゃもんの域だが、それならば怒りや恨みを抱かれる要素を徹底して潰すのみだ。
人身売買された幼馴染ノルンを助け出す事で、将来的な俺の死が遠のくならば、喜んで救おうじゃないか。
ローグベルトからこの港町までは馬車で半日は掛かる距離だが、魔力で強化した足で走れば半刻も掛からない。
しかし、港町に着いた段階で、カルロスやアルバは無いとして、後続する暗黒騎士の中には息を上げている者も居た。
ライトレスが誇る暗黒騎士ながら、実に不甲斐ないものだ。
それに対して特に言及はしなかったのだが、俺の視線に気づいたのかアルバが「後日指導致します」と敬礼していた。
相変わらず目聡い奴だ。
因みに、アルバは許可の無い発言を禁じていたが、「もう二度と余計な事は口にしませんので何卒」と土下座して来たので、取り敢えず解除してやっている。
さて、こんな夜更けに訪れたクリントン邸で、我々を出迎えたのは使用人だった。
その使用人を押し退ける形で屋敷の中へ押し入り、暗黒騎士達により瞬く間にクリントン邸は制圧された。
警護も碌に機能しておらず、殆ど無抵抗に近い形での占領となった訳だが。
私兵はその殆どが魔物討伐の際に船に駆り出されていたし、それも大半が海の藻屑になった訳だからな。
因みに、屋敷内には使用人の他、クリントンの妻と三人の子供、後は側室か愛人と思われる者が数人いたと暗黒騎士から報告があった。
取り敢えず全員拘束し、屋敷の地下に放り込ませておいた。
こいつらの処遇は、父上に丸投げするとしよう。
奴らの実家に当たるセルペンテ領に送り返すなり、野に放つなりだ。
父上ならば良い様に計らってくれるだろう。
因みに、暗黒騎士筆頭であるアルバには、これまでの経緯をざっくりと説明しておいた。
クリントンによる汚職や、領民の拉致、そして魔物被害からの討伐に至った経緯等だ。
事の内容が内容なだけに、目に見えて目を泳がせるアルバは見ものだったな。
魔物討伐は兎も角、役人による汚職や拉致被害は、アルバからしたら直ぐにでも父上に報告したい事柄だろう。
まあ、そんな面倒な事はさせんがな。
場所はクリントン邸の会議室、その円卓に山の如く積み上げられたクリントンの汚職の証拠。
その中から、人身売買の記録を取り、アルバに投げる。
「これから拉致された領民を保護する。貴様等も動け」
アルバは恐ろしい速度で人身売買の記録に目を通し、顔を上げる。
「記録を見る限り、奴隷商に売られた領民は、ここ半年だけでも約40弱、全て保護するともなると、かなりの時間を要します。時間が掛かるとなると、私だけの判断では…」
言外に、父上の判断を仰ぎたいと訴えるアルバ。
それを俺は、鼻で笑って返す。
「勘違いするな。全員助けろとは言っていない」
拉致された領民全ての保護ともなれば、アルバの言う通りどれだけ時間が掛かるか分かったものではない。
俺の目的は、あくまでもフォルの幼馴染であるノルンの保護だ。
そのついでに、他のローグベルトから拉致された住民も助けてやるとしよう。
ノルンだけを保護するのは、色々と不自然だからな。
人身売買の記録には、取引した奴隷商の他に、名前や年齢、出身地まで記されている。
ここまで情報があれば、特定は容易い。
「保護対象は、ローグベルトの住民に絞る。期間はここ半年…ざっと9人だな」
「9名、その人数ならば…」
アルバは後ろに控える暗黒騎士達にちらりと目を向けている。
優秀な奴の事だ、既に小隊の編成や、作戦にまで考えを巡らせている事だろう。
「まあごちゃごちゃ考えるな。やる事は単純だ。奴隷商を襲撃し、領民がいればそのまま保護する。既に売られていれば、商人を尋問して売った先を喋らせるなり、帳簿の場所を吐かせるなりして購入者を特定。そこを襲撃して領民を保護する。それだけの簡単な仕事だ」
王国では奴隷制度が撤廃されて久しい。
王国法において、人身売買は当然として、奴隷商などその存在すら認められていない。
そんな害虫の如き存在が、我がライトレス領に随分と巣食っている様だ。
「分かっているとは思うが、奴隷商は従業員諸共消せ。奴隷の購入者もだ。帳簿の回収も忘れるなよ」
「…御意に」
取り敢えず今回は、ローグベルトの領民のみの救出だが、それ以外にも奴隷を買った者はいるだろう。
奴隷を購入する等、大概は金を持つ者、貴族や大商人だ。
その弱みを握れるなら、ライトレスにとって大きな利になる。
さて、ローグベルトの住民の取引をした奴隷商は帳簿を見る限り2組。
俺はノルンが売られた方の奴隷商を指差す。
「俺とカルロスはここに行く。騎士を数人借りるぞ。後はアルバ、貴様等でやれ」
「…若様も襲撃に参加されるのですか?」
やや困惑の色を見せるアルバ。
まさか、俺が自ら動くとは思わなかったらしい。
「何か問題が?」
「…いえ。御意に」
敬礼の構えを取るアルバ。
俺はそれを通り過ぎ、その後ろに整列する暗黒騎士達を見て回る。
そして、一人の騎士の前で歩みを止める。
「…ふむ」
確か、この位の背丈だったか?
「お前」
「——!? え…あ、はい」
指名すると、絵に描いたように仰け反り、取り繕う様に敬礼する暗黒騎士。
甲冑から漏れたのは女の声、やはりこいつがユスリカか。
「後は右から3人、付いて来い」
カルロスにユスリカと、そして適当に選んだ騎士3人が敬礼して俺の後に続く。
ふと、アルバの視線を感じた。
「なんだ」
「…いえ」
アルバは視線を伏せた。
どういう訳か、ユスリカがびくついている。
あ? なんだ、アルバの中ではあまり好ましく無い人選だったのか?
まあ、どうでも良いな。
「俺だって明日には本都へ帰りたいんだ。朝までには終わらせるぞ」
暗黒騎士達を背に。俺は外套を翻す。
行き先は奴隷商だ。
*
「ひぃぃぃぃ!」
奴隷商の店。
腰を抜かす肥え太った豚の様な中年の男——奴隷商の肥えた腹を、俺は土足で踏み付ける。
俺の背後には、暗黒騎士達が斬り殺した護衛の血の海が広がっている。
俺は手の中に通常サイズの
「何度も言わせるな。帳簿は何処だ」
「お、お前達、何をしているか分かっているのか? 儂はあのクリントン様と懇意に——ひぎゃぁぁぁぁ!?」
うざったく口上を垂れる奴隷商の右足を、槍で貫いてやった。
「聞かれた事以外を口にするな。次はそのよく回る口に直接突っ込むぞ」
「…ッ!」
槍の矛を顔に向けてやると、叫ぶのを堪えながらこくこくと頷く奴隷商。
「帳簿は?」
「ほ、保管庫の、棚の奥に…」
それを聞いたカルロスは、俺が命ずるよりも先に保管庫へ走る。
そして、数分と待たず戻って来た。
その手には、資料の束が抱えられている。
「帳簿は、過去の物も含め確保致しました。確認した所、クリントンの人身売買の記録にある領民の名前と一致します」
「ご苦労」
俺は奴隷商を踏み付けて拘束したまま、先を促す。
「で、ローグベルトの住民は?」
カルロスはぺらぺらと、帳簿を確認する。
「大半が既に購入されていますね。購入者は…領内に数名、遠方だと領外の者もおります」
俺は舌を打つ。
領外か、面倒な。
他領で人を殺めると、色々と面倒な事になる。
ライトレス領内ならば、まあどうとでもなるのだがな。
しかし、奴隷商が領外の顧客と取引だと?
積荷と違い、人の輸送には莫大なコストが掛かる筈。
それが距離の離れた他領ともなれば尚更だ。
距離があれば、それだけ道中に警備の検問に掛かる率も上がる。
奴隷の運搬に都合の良い輸送経路が既に確保されているのか?
それを割り出すだけの時間は無いな。
最悪、領外に売られた領民は諦めるか。
「…ノルンと言う領民がいる筈だ。何処に売られている?」
「ノルン、ですか…」
帳簿を見るカルロスは、眉を顰める。
「…領外、北方のステリア領です」
「はあ…?」
俺は思わず頭を抱える。
よりにもよってノルンの購入者が領外だと?
しかも、北方のステリア領?
ライトレス領からどれだけ離れていると思っている…。
いや、離れているのは陸路の話だが。
海路であれば、然程遠い距離では無いが、確か魔の海域の所為で船の行き来が出来なかった筈だ。
魔鯨…と言うよりも、船喰らいの悪魔と目される巨大クラーケンを仕留めた今ならば兎も角、奴隷の運搬は陸路を行くしかなかった。
だが、陸路からだとライトレス領からステリア領までには幾つもの他領を経由する必要がある。
正直な所、陸路も考え難い。
「おい」
「ひ、ひぃぃぃ」
俺は奴隷商に再度槍の矛先を向ける。
「まさか、転移結晶か?」
転移結晶。
砕く事で、事前にマーキングした地点に持ち主を転移させる魔結晶だ。
希少価値も無論高いが、その運用性の高さと危険度から、王国では使用は勿論、流通の一切を禁じ、厳しく取り締まられている。
一介の奴隷商如きが持っている様な物では無いが、それしか考えられない。
カルロスや暗黒騎士達も驚いた様に目を見開き、当の奴隷商は口籠る。
「その…何の話か…」
俺は奴隷商の頬を槍の矛で抉る。
「ひぎゃあああ!?」
奴隷商より上がる耳障りな悲鳴。
「お互い効率的に行こう。次に無駄口を叩いたと俺が判断したら、即刻腕を斬り落とす。時に、悲鳴は無駄口か? 貴様はどう思う?」
槍の矛で手を突くと、奴隷商はまるで口から漏れる悲鳴を抑える様に口を塞いだ。
それで良い、貴様の耳障りな声は出来るだけ聞きたく無いからな。
「で、領外の顧客との取り引きはどうしている?」
「…言われた通り…て、転移結晶、です」
やはり、か。
「何処にある?」
「この部屋の、入り口の棚に…鍵は、懐の中に…」
色々と諦めたのか、思いの外素直に情報を喋る奴隷商。
奴隷商の言葉通り、転移結晶が幾つか出てきた。
確かに希少ではあるのだが、思ったよりも数が少ないな。
転移結晶は一度砕いたら終わりの消耗品だ。
ここには備蓄していないと言う事か?
そもそも何処から入手したかも気になる所ではあるが。
一先ずはステリア領行きの転移結晶を奴隷商から聞き出し、カルロスに指示を飛ばす。
「カルロス、暗黒騎士を指揮してローグベルトの住民を保護しろ。俺はステリア領に行く」
「何を…なりませんぞ、坊ちゃんお一人でなど!」
カルロスが止めてくるのは想定内。
だが、指揮出来る者を一人残さねばならないのも事実だ。
「一人では無い。ユスリカを連れて行く」
「えっ!?」
突然名前を出されて驚くユスリカ。
代案を出したが、しかしカルロスはそれでも食い下がって来る。
「なりません。坊ちゃんは病み上がりで、今は左腕も無い状態なのです」
「…いつに無く聞き分けが悪いじゃ無いか」
「それはこちらの台詞です! いくら何でも、今回ばかりは看過出来ません!」
カルロスのあまりの剣幕に、俺は深い溜め息を一つ。
これでは埒が開かんな。
仕方ない、多少強引な手段を取るとしよう。
俺は身体に魔力を通し、向上した膂力に任せて近くに居たユスリカを抱き寄せ、カルロスから距離を取った。
衝撃でユスリカの兜が外れ、床に転がる。
「わわわ!?」
「坊ちゃん…!」
俺の腕の中で素顔を晒しながらあわあわ言ってるユスリカ、そして顔を歪めるカルロス。
騒然とする暗黒騎士達。
俺はそんな中、ステリア領にマーキングされた転移結晶を握り砕く。
次の瞬間、俺とユスリカは魔法陣に包まれた。
転移結晶は基本的に一回限りの使い切り、それも一方通行。
この転移結晶は、謂わばステリア領への片道切符。
砕いた以上、後戻りは出来ない。
高まっていく魔力の輝き。
俺はカルロスに対し、してやったりと口角を上げる。
「帰りはこちらでどうにかする。後の事は任せたぞ、カルロス」
「坊ちゃん…」
そして俺とユスリカは、転移の光に包まれる。
転移の寸前に見たのは、うんざりした様な疲れたカルロスの顔だった。
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