第17話 エピローグ 1-2


 あまりにも強い光を浴びたせいか、瞬いても視覚が戻らず、目の前が真っ暗のままだ。


「ケンディー、いうことを聞いてくれ。じゃないとスクラップにするからな」


「奏太君。意識が戻ったの? それとも寝言?」


 一気に目が覚めた。暗いのは、視覚が戻らないんじゃなくて、外に止めた車の中にいるからだ。


「莉緒ちゃん、俺、もう一度行かなくっちゃ。兄さんが……」


 声が詰まって涙が溢れてきた。暗いから顔を見られなくて済むものの、声の震えから泣いているのはバレてしまっているだろう。


「何があったの? 新見博士がどうしたの?」


 莉緒の声に緊張が走り、奏太の肩を揺する手に力がこもった。

 何をどんな風に説明すればいいのか迷っていると、パトカーのサイレンが近づい来るのが聞こえた。

 莉緒が闇に瞬く赤い光を不安そうに見つめながら、木呂場刑事に尋ねる。


「さっき私たちを追ってきたパトカーが、戻ってきたのかしら? 移動した方がいいんじゃないでしょうか?」


 莉緒の質問に応えるように、木呂場のスマホがタイミングよく鳴った。話に耳を傾けていると、相沢からの報告で、どうやら黒石に招かれたゲストたちが、怪奇事件を目にしたことでパニックに陥り、110番通報をしたことが分かる。

そっちの事件で駆けつけたのならいいのだが、何しろノーヘルの莉緒を後ろに乗せてパトカーとカーチェイスをした奏太としては、捕まったらどんな罰則が待っているのか考えるのも怖い。


 奏太がスマホから漏れてくる相沢の声を聞き漏らすまいと集中している時に、コンコンと窓をノックする音が聞こえた。

 電話に全神経を傾けるあまり、警官がきているのにも気が付かなかったのかと奏太の全身が粟立つ。振り向こうとした矢先に、いきなり左側のドアが開けられた。


「何で無視するんだ? 返事ぐらいしろ」

「に、兄さん……」


 驚きすぎて声も出せない奏太の身体を研二が押して、真ん中に移動させると、空いた左横に座る。

 助手席には、奏太の顔をしたアンディーが座った。アンディーは奏太のスマホとGPS機能で繋がっているから、研究所のすぐそばに止めた車の中に奏太がいるのを探知して、ケンディーを案内してきたのだろう。


「新見博士、ああ、良かった! よくご無事で。やっぱり奏太君は、寝ぼけてたのね。心配して損しちゃった」


 右側から莉緒が肩をぶつけてくる。いや、だって、と混乱する奏太の肩に研二が腕を回して言った。


「莉緒ちゃん、奏太は僕の命の恩人なんだ。いじめないでやってくれ」


「えっ、奏太君、そんなに活躍したの? どんな風に新見さんを助けたのか教えて」


「えっと、その、パーティー会場でね」


「パーティー? 何だか覚えのある展開だけど、パルクールで相手を倒したなんて言わないわよね?」


 助手席に座るアンディーがクスクス笑いながら、ゴリラみたいに大きな用心棒と、楽しそうに追いかけっこをしていたよと答えた。


「本当のところはどうなの? じらさないで教えてよ」


 莉緒が顔を覗き込んでくる。可愛い顔をしているくせに鋭いから、下手な嘘は言えない。

 問題は木呂場刑事がここにいることだ。相沢経由で、警察に通報したパーティーの参加者から、兄が粉々になったことを聞くかもしれない。なのに兄はここにいるというのをどう説明すればいいのだろう。

 こういうときは嘘に真実を混ぜて、適当に誤魔化すのがいいと誰かが言っていたっけ。


「黒石博士は兄貴の研究を横取りして、招待客たちに、自分が発明したように思わせようとしていたんだ。でもあいつらが作ったアンドロイドは未熟過ぎて、思い通りにならないから、兄に頼らざるを得なくなった。マッドサイエンティストと恐れられているくせに、実は兄の足元にも及ばないことが自分で分かっているから、兄に嫉妬したんだと思う。アンドロイドのお披露目と同時に、変な余興を兄にさせて、兄こそがおかしな博士だと印象付けようとしたんだ。それを俺が妨害したわけ」


「愛する弟に名誉を守ってもらって、僕は感激したよ」


 しれっと話を合わせる研二の様子に、奏太は、隣に座っているのは本当にアンドロイドかと疑いたくなる。


「男同士の絆ってやつね。いいなぁ~」


 本当にいいんだろうか? 

 事件現場から三人共抜け出してしまったし、目撃者も大勢いるというのに……

三人の会話が落ち着くのを待っていたように、木呂場が口を挟んだ。


「さて、黒石に捕らわれていた新見博士を勝手にお持ち帰りしてはまずいので、ちょっとした手続きを済ませてから、新見邸に帰りましょうか」


 木呂場の冗談に奏太が莉緒と顔を見合わせて笑う。コホンと咳をした木呂場に促され、奏太と研二は黒石邸に戻った。

 木呂場が警察官に警察手帳を見せて、研二と奏太がパーティー会場から逃げ出したことを伝える。その間にも、会場からは会費を返せという怒鳴り声や、こんなところによくも連れてきたなと文句を言う声が聞える。会場から逃げ出そうとしたご婦人が警察官に止められ、ヒステリーを起こすなど、会場は未だにパニック状態のようだ。


 木呂場が警官に、二人はかなり疲れているようだから、責任を持って家に送り届けると伝えると、住所と名前の記入だけで車に戻ることができた。

 車に乗り込んで奏太がホッとしたのも束の間、莉緒が森の方を指さして、忘れていない? と聞く。エンジンをかけて、まさに発信しようとしている木呂場に、奏太が恐る恐る話しかけた。


「あの、バイクはどうしたらいいでしょうか? 俺、捕まっちゃう?」


「道路交通法違反は現行犯逮捕が規則ですが、あれだけ沢山のパトカーに追われていたとなると、ドライブレコーダーから身元を割り出して検挙される場合もありますね」


「うわっ、やばい。点数ですまないのかな」


「さぁ、今回の場合は上から追うなという命令が出ているようですし、サナトリウムに向かう途中で、私がパトカーに応援を頼んだ時には、奏太くんのバイクは味方の車両として連絡してあるので、どうですかね。まずいことになったら掛け合ってみますので、今夜はここに隠しておいて、後で取りに来る方が得策かもしれません」


 話を聞いていた研二が、説明しろとばかりに、奏太を肘で小突く。


「沢山のパトカーに追われるなんて、お前、どんな運転したんだ?」


 ノーヘルで無理やりバイクの後部座席にまたがってきた莉緒を乗せたまま、黒石停まで走ったとは言いずらい。

 奏太が横目でちらりと右側を見ると、莉緒は少し口を尖らせ、知らん顔で窓の外をみている。

 莉緒が研二のことを本当に心配して待っていたのを知っている奏太としては、莉緒の無茶な行為を研二に話して、恥をかかせたくなかった。


 一人だけ悪者になるのは癪だけれど、奏太はスピードの出し過ぎと嘘をつき、研二に心配させてごめんと謝った。

 莉緒は、自分が規則違反をしたために警察に追われたことを、てっきり奏太が暴露するだろうと思っていたらしく、奏太が罪をかぶってしまったことに相当驚いているようだ。

 まん丸く見開いた目で奏太を見ながら、何か言いたそうに口を開きかけては閉じる。やがて気まずそうに俯いた。


  帰る道すがら、木呂場が水野について得た情報を教えてくれた。


「相沢から連絡があったのですが、水野はやはりかなりの借金があり、借りちゃいけないところにまで手をだして、いいように使われたそうです」


 やっぱりそうだったのかと首肯く奏太に、莉緒も高橋から送られてきたメッセージを見せた。


『奏太に連絡つかないんだけど、伝えといて。ゴミ箱いっぱいだったからアンディーの部屋の借りてたんだけど、誤って蹴っとばしちゃって、裏にメモがついてるのに気が付いた。【従わないと消す】という脅迫めいたメモの他にも何枚かある。スマホ →ダイニング。コンセントタップ→キッチン これは盗聴器をしかけてあった場所だよな。帰ったら見てくれ』

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