第16話 終焉の時 3-3
奏太がモニター画面を見ると、アンドロイドの変化を集まった客たちに見せるためのデモンストレーションとして、一人の男性がコピーする対象に選ばれ、壇上に上がっていた。
どうやら、騒ぎの原因は、杉下の顔からその男性の顔へ変化をさせる最中に、アンドロイドの顔の変化が止まらなくなってしまったせいらしい。
その男性は、自分の顔になるどころか、目の前で会場にいる知人の顔や、他のゲストの顔へと次々に変化するアンドロイドに怯えてしまい後退りを始めた。客たちの中にも気味悪がって目を背けるものもいる。
「新見め、一体何をした」
黒石が研二に掴みかかろうとするのを見て、奏太はドアを開けて会場へと飛び出した。
用心棒が伸ばした腕を掻い潜り、壇上へと上っていく。研二と瓜二つの男が壇上に現れたのを見て、客たちが一斉にどよめいた。
「おい、ケンディーを取り押さえろ」
黒石博士の命令で用心棒が壇上へと上ろうとしたが、後ろから忍び寄った奏太の姿のアンディーにしがみつかれて身動きが取れなくなった。大男は放せとわめきながら、身体を捻ってアンディーを叩き落そうとしたが、その腕を後ろ手に取られて床に押さえつけらてしまった。
例え用心棒がどんなに身体が大きくても、アンドロイドの力に敵いはしない。それが分かっているから、アンドロイドには、人を傷つけてはいけないとうプログラムが組み込まれているのだ。
それまで無表情に事の成り行きを見つめていた研二が、冷たい笑みを浮かべながら黒石に告げた。
「黒石博士。人間をアンドロイド化して世界を手中に収めようなどと愚かな夢を見るのもこれまでだ。杉下のアンドロイドは僕のコマンドに従うように改良してある。アンドロイドの顔の変化を止まらなくしたのは、寄生ウィルスの解除をするためだ。僕の夢を壊したお前に、同じ思いを味あわせてやる」
「新見め、よくも図りやがったな。殺してやる」
研二の首に手を巻きつけた黒石を、奏太が引き剥がした。ジタバタ暴れる黒石は、なおも罵詈雑言を叫んでいる。
研二が杉下のアンドロイドに、ストップをかけるまで復唱しろと命令した。
「アンドロイド化した人間たちよ、コピーである君たちにマスターの私が…」
突然、ガシャーンと大きな音がした。研二が頭を押さえて膝をついている。その後ろから杉下が抱え上げた胸像を、再び研二に振り下ろそうとしていた。
「兄貴!」
奏太がダッシュして、蹲っている研二を飛び越え杉下にタックルする。加減は加えたつもりだが、ケンディーの体当たりを受けて吹っ飛んだ杉下は、重たい胸像の下敷きになって気絶してしまった。
「兄さん、大丈夫か? 救急車を呼ぶから、横になって」
奏太がおろおろしながら、研二を寝かせようとしたとき、杉下のアンドロイドが口を開いた。
「私のコピーのアンドロイドたちよ。新見博士と彼が作った二体のアンドロイドを始末しろ」
驚いた奏太が振り返ると、黒石が勝ち誇ったようにスマホの画面を見せた。
「あのアンドロイドは、私のスマホからも操作ができるんだ」
「何だと? だが、アンドロイドは人間を殺めたりはできな…………」
ヒュンとナイフが奏太の横をかすめた。会場の人間が壇の上の奏太と研二に向かってくる。
「分かったか。あいつらはアンドロイドのつもりでも、人間だ。縛りは何もない。だが、お前とアンディーがいくら強くても、人を傷つけることはできまい。操られるままで良心も何も感じない奴らに、滅多打ちにされてみろ。ボコボコのスクラップができあがるだろうな」
高らかに笑う黒石を見て、驚愕の表情を浮かべるのは、まだ寄生ウィルスに感染していない人間だ。用心棒を押さえたままのアンディーにも、アンドロイド化した客たちが迫っていた。
「奏太。いや、ケンディー、黒石のスマホを奪え」
床から身を起こし、研二が苦し気に叫ぶ。奏太は手を貸したいのを我慢して、抵抗する黒石からスマホを奪うと、『襲うな! 止まれ!』と入力する。
杉下のアンドロイドから発せられた命令で、人々の足が止まったのを見届けて、奏太は黒石のスマホを踏み潰した。
いきり立った黒石が殴り掛かってきたのを除け、奏太は黒石の上着を掴んで暴れる身体を宙に吊り上げると、首からネクタイを勢いよく引き抜き、黒石の両手を縛ってアンディーの方に転がす。用心棒に馬乗りになっていたアンディーは、奏太から学んだことを試みて、用心棒のネクタイでごつい両手を縛りあげ、余った分で黒石のネクタイと繋いでしまうという応用を見せた。
床にうつ伏せに転がった用心棒の上に仰向けに繋がれた黒石は、尚も往生際悪く暴れようとしたが、アンディーがその上に腰を下ろしたため、ぐえっと呻いて静かになった。
奏太が黒石のスマホで襲うな、止まれと命令した人々は、まるでパントマイムのように歩く途中で動きを止めている。その間を縫うようして、奏太は壇上へ駆け上った。
「兄さん、病院へ行こう。アンドロイド化された人間が、こんなにいては一人一人解除するのは無理だ。頭に胸像をぶつけられたんだろう? 早く診てもらわないと……」
「奏太。寄生ウィルスに感染した者を帰せば、また黒石は何らかの手を使って彼らを支配し、思いのままに操るだろう。一同に集まっている今がチャンスだ」
「じゃあ、一気に片づけるにはどうするの? みんなに解毒剤を施すには電気がいる。電導物質をこの部屋中にばら撒くわけ? それってどこから調達するつもり?」
「それは……」
「兄さんは、副社長に言ったそうだね。アンドロイドが悪用された場合は、設計図もアンドロイドのプログラムも兄さんが削除できるから心配ないって。だったら、俺を使えばいい。この場で俺を削除して、ボディーを散り散りに分解して役立ててよ」
「ケンディーの分解は分かるが、お前を削除するってどういうことだ?」
「だって、俺、アンドロイドなんだろ? 俺、兄さんの研究室に入って少しだけ思い出したんだ。親が外国にいったのは、脳を生かすことに罪悪感を覚えたからで、兄さんは両親の代わりに俺を守ってやるって言ってた」
研二の目が驚きで見開かれた。ゆっくりと口の両端が上がり、慈愛に満ちた笑顔を作る。
「こんな時まで、思い違いとは……お前はかわいいな。多分奏太は小さ過ぎて、実際見たことと聞いたことを十分に理解できず、夢も重なって記憶が変わってしまったんだろう。お前がケンディーの中に入った時に、立てた仮説を覚えているか?」
奏太は少し考えて、電気エネルギーのことかと聞いた。
「そうだ。人間も含め生物は電気エネルギーで生きていて、魂だとかはまだ説明がつかないと言ったな。ならば、電気エネルギーで動いているアンドロイドに、魂が宿っても不思議じゃないと思わないか?」
「うん、まぁ、俺がアンドロイドなら、証明できるけどな。それがどうしたの?」
「アンドロイドでも、大切に思う人はいる。ただ、子孫を生殖行為で増やす必要のないアンドロイドには、家族愛や友人への愛や、恋人への愛情の区別はつかない。でも、これだけは分かる。奏太が大事だ。君を愛してる」
「‥‥‥に…い…さん?」
研二がゆっくりと床から立ち上がった。
寄生主たちの顔に変貌し続ける杉下のアンドロイドに向けて、言葉を復唱しろとコマンドを出す。
「アンドロイド化した人間たちよ、マスターである私がコピーである君たちに真実を告げる。君たちがマスターで私がコピーだ。元の人間に戻るがいい」
自分にそっくりな顔のアンドロイドの言葉を聞いて、写真のように停止していた寄生ウィルス感染者たちが、我に返ったように動き始める。操り人形はいないか確認し終えた研二が、奏太を見て寂しそうに笑った。
その笑顔が消えて、眉間に皺が寄る。静電気が起きた時のようにバチバチという音が聞こえ、研二の身体が発光した。頭部から形が崩れ始め、砂の粒のように細かくなっていく。
「うそだ。兄さん。まさか……」
魂が流れ出すように、無数の火花が爆ぜながら天井へと舞い上がる。
「やめろ、兄さん、死んでしまう。戻ってくれ」
火花がグルグルと回って流れを作り、スクリューのように杉下のアンドロイドを直撃した。
表情を変え続けるアンドロイドの身体を通過した電気が、解毒剤を伴って、部屋の方々へと稲妻のように伸びていく。寄生ウィルスに感染した者たちに絡みつきながら解毒剤を浸透させていった。
そうだ、早くあの言葉を、奏太は思いっきり叫んだ。
「
シャンデリアよりも眩しい閃光が、部屋を飲み込み、全ての者が目を覆う。
命の消滅。兄の…命が……兄が……消える…
「ケンディー、兄の魂を取り入れろ! 俺は消えてもいい。兄を助けてくれ!」
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