第14話 奏太の決意 2-2


 奏太は深く頷いた。意志のこもった強い瞳で、羽柴を見つめる。


「羽柴社長には申し訳ないのですが、秘密にしていたことがあります。実はケンディーはアンディーとは違う機種で、まだ調整中だったために、敵の力では上手く動かせないんです。だから兄はまだ生かされていると思います。アンディーが捕まったとしても、きっと兄が何とかしてくれるでしょう」


「ほんとうか? 新見が生きているかもしれないんだな……だが、このアンディーは新見と会ったことがないだろう。敵と味方の区別をどうやってつける」


「それは大丈夫です。お見合いの進行具合を確かめるために録画したものを含め、約三週間分のデータを読み込ませてあります。注意する人物として黒石はテレビを見せて顔を覚えさせ、杉下に関しては写真が無いので名前を教えてあります」


「そうか、それなら何とかなるかもしれない。奏太君は優秀だ。……ああ、新見が生きているのか。希望をもっていいんだな」


 羽柴の目が期待に輝いた。

 改めて奏太は、兄と羽柴が仕事のパートナー以前に、親友だったことを思い出す。何があっても兄が生きて戻りさえすれば、きっと羽柴が支えてくれるだろう。


「俺は、兄が今までどんなにアンドロイドに愛情をかけて作ってきたのかを思い出しました。人とアンドロイドが信頼しあって、兄弟のように仲良く助け合う関係を作りたいというのが兄の夢です。アンディーが兄に寄生ウィルスの設計書を届けることで、何かが変わるかもしれません。役に立たなかったとしても、兄はきっとあいつらのアンドロイドを制御する方法を見い出すはずです。そのために兄の作ったアンドロイドは傍にいるべきだ。例え、あいつらの作ったアンドロイドと刺し違えて消えるとしても、兄のアンドロイドは誇りをもって従うでしょう。俺も当たって砕ける覚悟でいくつもりです」


「分かった。君は本当に新見思いの立派な弟だな。私は親友として新見を一番理解していると思っていたが、足りなかったようだ。一回りも年下の君に諭されるとは恥ずかしいよ」


 立派な弟と聞いて、奏太の胸が詰まった。

 ケンディーの不具合も隠していたけれど、こんなに兄思いの親友に、一番の秘密を打ち明けられないまま、もしかしたら二度と会えなくなるかもしれないと思うと余計に辛い。


「羽柴さんは、いざというときに兄を守って支えていってくれる人だと思います。これからもずっと傍で見守ってあげてください」


 ぺこりと頭を下げると、奏太は羽柴の答えを待たず、窓を開けた。


「真衣さん、お待たせしてすみません。中にどうぞ。羽柴さん、後は任せました」


 ひらりと手すりを飛び越え、柵に摑まり下降する。重力に逆らわない分、帰りは早かった。

 東側から建物の南へ移動して駐車場を覗いてみる。例の黒い車が停まっていた。木呂場刑事と社用車のガードマンは大丈夫だろうかと、莉緒たちが乗ってきた車に視線を移すと、ガードマンはサナトリウムの入り口で様子を窺っているが、木呂場の姿は、警備会社の車の中にも見当たらない。

 まさか、上からの命令に従って、何も言わずに消えたってことはないよなと辺りを見回したとき、前方の植え込みから木呂場が顔を出し、奏太のところまでやってくる。


「申し訳ない。捜査の停止命令が下ってしまいました。相沢が警部にかけあったのですが、引き揚げろの一点張りでらちが明かないそうです」


「やられた。多分、寄生ウィルスが関係しているんでしょうね。警察のトップや政治家が操られているんだと思います。一体どうすればいいんだ。兄貴がいる場所を見つけたとしても、警察が踏み込んでくれないことには逃げられて、また同じ事件が起きるかもしれない」


「私も相沢も命令に背いてでも事件を追う覚悟です。それとサイバー捜査の高橋警部補が、ネットでやりとりされたアンドロイドの質問や注文を辿って、黒石博士の人間関係を洗っています。私はここで羽柴社長を尾行していた連中を待って、誰かが拉致された場合、現行犯逮捕するつもりです」


「あの、もし俺を複写したアンドロイドが捕まったのなら、そのまま見過ごしてください。拉致されたのが羽柴社長と莉緒ちゃんなら、逮捕をお願いします」


「分かりました。相沢もこちらに向かっているので、羽柴さんご兄妹と、真衣さんを安全なところに移動させます。奏太さんはどうするつもりですか」


「俺は犯人の車を尾行します。アジトが分かったら木呂場刑事に連絡を入れますので、援護をお願いします。木呂場さんと相沢さんと高橋警部補が、上の命令に背いてまでも、事件に立ち向かって下さることに感謝します。お二人にも俺の気持ちを伝えてください」


 言い終わった時に、サナトリウムの入り口が騒然として、放せと叫ぶアンディーの声が聞えてきた。計画通りに運んでいると知って奏太はほくそ笑んだ。奏太は木呂場に手を振ると、建物の裏にまわり駐輪場を目指して走った。


「兄貴、待ってろよ。迎えにいくからな」


 表の方で車が砂利を踏みながら走り去る音が聞こえた。

 奏太はヘルメットをかぶり、急いで西側の小径から表の駐車場へとバイクを走らせる。建物の陰から人影が飛び出してきたのに気づき、奏太が急ブレーキをかけ、バイクがザザッと横滑りをして止まった。


「危ないじゃないか! ‥‥‥あれ? 莉緒ちゃん」


「その声は、やっぱり奏太君ね。刑事さんにしては、木呂場刑事の指示を受けていないし、もう一人の奏太君から信頼されているし、おかしいと思ったの。設計書とアンディーを追うんでしょ? 私も後ろに乗せてって」


「無理だ。ヘルメットを持っていない。刑事さんかガードマンに頼んで乗せてもらえ」


 爆音を響かせて発進しようとすると、エンジン音に負けないくらいの声で莉緒が怒鳴った。


「奏太君のバカッ。意識が無い時の身体を誰が面倒みるのよ」

「何だって?」


「奏太君のすることなんてお見通しなんだから。設計書とアンディーが行く先には新見博士がいるんでしょ? 奏太君はケンディーの中に入って新見さんを助けるつもりね? 連れていってよ。木呂場さんだって後からついてきてくれるから、何かあれば護衛してくれるはずよ」


 驚愕に見開かれた奏太の目は、ヘルメットの暗いシールドに遮られて莉緒には見えていない。何を言ってるんだと誤魔化すことは可能だが、奏太は黙ってバックシートに顔を向け、莉緒に乗れと合図する。

 嬉しそうにバックシートにまたがる莉緒の後方に、警備会社の車から、ぬっと木呂場の拳が突き出されて親ゆびを立てるのが目に入る。心強い味方を従えて、奏太はバイクを発進させた。


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