第14話 奏太の決意 1-2
羽柴の車を追ってバイクに乗っていた奏太は、砂利の敷かれた駐車スペースに止められている社用車の窓をノックした。
怪訝な顔をする羽柴の前でサンバイザーを上げて挨拶をする。
「あれっ? 奏太君。君は莉緒と一緒に警備会社の車に乗っていたんじゃないのかい?」
「車にいるのはアンディーです。つけられているので早く建物に入ってください」
状況を察した羽柴と共に足早に歩きながら、奏太が話す。
「もしものことを考えて、跡を追いやすいように俺はバイクにしたんです。アンディーからスマホに送られてくる情報をイヤホンで聞いたのですが、牧野さんの妹の真衣さんがここにいるのですね? 部屋は分かりますか? 」
「あっ、ああ。三階の一番東側の三〇一だそうだ。面会予約をした時に電話で聞いた」
「急いで行ってください」
「君は一緒に来ないのか? 」
「奴らは、俺が誰か知りません。設計図を真衣さんが持っていて、あいつらが狙っているとしたら、自由に動ける駒は隠しておいた方がいい。それに、アンディーが来た時に同じ顔がフロントを通るとまずいので後で伺います」
羽柴と別れた奏太は西側から裏手に続く小径をバイクで走り、建物の裏側に回った。
サナトリウムの入院患者が使っていると思われる駐輪場の脇にバイクを止め、ヘルメットを外してヘルメットホルダーに引っかけると、散歩のふりをしながら侵入経路や防犯カメラの位置をチェックした。
サナトリウムを裏手に回る時、建物の側面にある非常階段の入り口付近に、まるで撮っていることをわざと知らせるような大きな防犯カメラの前を見つけ、奏太は花壇の花を見るフリをしながら、顔が映らないように気を付けて通り過ぎた。
他はないかと注意深く周囲を見回しながら、大丈夫と分かると、東へ移動する。それぞれの階には、高い位置に窓がずらりと並んでいる様子から、北側は廊下だろうと当たりをつける。
東の角部屋に辿り着き、奏太は東の窓に張り出したベランダを見上げた。
パルクールで鍛えている奏太にとって、小さなベランダやテラスがある建物をよじ登ったり、移動するのは容易いことだ。
しかもラッキーなことに、一階の角部屋はカーテンが全開になっていて、見る限りでは人の気配もなく、空き部屋のようだ。
背の高い奏太は、東側のバルコニーの柵状の囲いの上にひょいと乗っかると、両手を伸ばして難なく二階のベランダの柵を掴んだ。
柵を握った手を交互に上にずらして上る際には、両脚が左右に揺れるから、もし一階に人がいたら、気を引いてしまっただろう。
奏太の両手が柵の上部の手すりに届いた。懸垂の要領で身体を持ち上げ、柵の間につま先を入れて床を蹴り、手すりを乗り越える。奏太はすぐにベランダの床に身を沈めて辺りの様子を窺った。
そっと窓から中を覗き、部屋の中に誰もいないのを確かめると、奏太はまた同じ要領で三階へと上る。ひらりと手すりを超えた時、窓越しにタイミングよく病室のドアを開けて、羽柴が入ってくるのが見えた。
ひらひらと窓から手をふる奏太に、一瞬驚いた顔を見せた羽柴だが、さすがに会社を経営する人物は肝が据わっているようだ。羽柴はすぐに落ち着きを取り戻し、窓に背を向けてベッドに腰かけていた女性に、ベランダにいる奏太を紹介した。
真衣は兄から、羽柴社長が訪ねてきたらSDカードを渡すようにと言われていたそうだ。大事なものだからなくさないようにと言われ、クローゼットの中のお気に入りのワンピースのポケットに忍ばせていたという。真衣はSDカードを取り出し、羽柴に渡した。
部屋の中を見回していた奏太は、ふと壁際に置いてある机の上のパソコンにさしてあるUSBメモリーに気が付いた。
「このUSBメモリーの中身は何ですか? 」
「趣味の音楽やドラマなどが入れてあります」
「他に空いているものはありませんか。ここにくるまでつけられていて、お兄さんの設計書が狙われているかもしれないんです」
「ダミーということですね。だったら、それをお持ちになって、兄の設計書を守ってください」
奏太と羽柴が真衣にお礼を言って部屋をでようとしたとき、ドアがノックされた。
真衣と秘密の話をするために、羽柴はガードマンを車の中に残しているので、複数の不審者が扉の外にいた場合には、太刀打ちできない。羽柴は真衣にベランダでしばらく隠れているようにと告げた。
窓が閉められ、壁の向こうに真衣の姿が完全に隠れたのを確認してから奏太がドアを開けた。
「ああ、アンディーか。お互いの位置の送受信は良好だな。お前から送られてきた車内の話は、結構距離があいても聞き取れた。いい感じだ」
「奏太が俺の位置を知るには、スマホで見ないといけないから不便だろう? 俺の方は道具が無くても感知できるようにしてもらったから楽だけどな」
「ふん、オリジナルを見下すとはいい根性だ。その根性を見込んで、もう一芝居うってもらうぞ。コントロールボックスを開いてSDカードを入れるんだ。こっちのUSBメモリーはいざというときの目くらましだ。奪われそうになったら本物だと思わせるように死守するんだぞ」
任せとけといいながら、アンディーが左の脇に近い腕のコントロールボックスを開きSDカードを挿入する。
「あれ? これは……」
「分析は後だ」
アンディーに注意をすると、奏太は羽柴にUSBメモリーを手渡した。
「羽柴社長。USBメモリーは逃げきれないと思った時に、目立つようにアンディーに渡してください」
「しかし、アンディーがUSBメモリーを放さなかったら、傷つけられるか、ケンディーに続いて、アンディーまで敵の手におちるかもしれないぞ」
「先ほどお聞きの通り、アンディーに細工をしてどこにいてもスマホで居場所をキャッチできるようにしてあります。今まで受信していた敵の指令は、受け取れなくしましたし、敵の命令には従わないように細工しましたので安心してください。スパイにはスパイで応酬してやりましょう」
「万が一敵の居場所を見つけたとしても、踏み込めなければ、いずれアンディーをいいように使われるんだぞ」
「羽柴社長が設計図のありかをラボの副所長に聞いたとき、副社長は何と答えたか覚えてらっしゃいますか」
「あ、ああ。アンドロイドの設計図は絶対に安全な場所にあり、誰かに悪用されるのを阻止できない場合は、新見がどこにいても削除できるようになっている。だったか」
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