第13話 不審な車 4-5

 相沢から覆面パトカーの援護を要請したと連絡が入り、ようやく莉緒たちの車が動き出す。もう十分ほど時間が経っているのに、これでは社用車がどちらに行ったのかも分からないじゃないと莉緒はふくれっ面になった。そんな莉緒を見て奏太がクスッと笑い、莉緒の腕を突いてから前方を指す。


「莉緒ちゃん、バイクの運転手と木呂場さんのスマホはGPSで繋がっているから大丈夫だよ、ほら、ダッシュボードをみてごらん」


「あっ、そうか。そうだよね。追跡のプロなんだもん。心配することないよね」


 言われた通りダッシュボードを見ると、スマホホルダーで固定されたスマホの画面に、移動中の赤い丸が映っている。その後を追うべく、車は地下から地上の眩しい光の中に走り出した。

 高速道路に乗ってしばらくすると、後ろを何度か振り返っていた奏太の表情が厳しくなり、漏れた言葉が莉緒をドキリとさせた。


「つけられてるな」


 木呂場がバックミラーにチラリと目をやり、追い越し車線に出た。

スピードをあげて何台も追い越してから、再び車線変更をして大型トラックの前に車を滑り込ませる。

 莉緒がそっと後ろを覗くと、黒い車が左右に車線変更を繰り返し、猛スピードで追い上げてくるのが見えた。

 フロントガラスにスモークフィルムを貼っているのか運転手の顔が見えない。あんな濃い色を貼るのは違法じゃないのかと思うと危機感が増して身体が強張った。


「莉緒ちゃん、伏せて。顔を見られないようにして」

奏太に強く腕を引っ張られ、バランスを崩して肩先に倒れ込む。ゴツンと頭をぶつけて莉緒が呻いた。


「痛っ…」

「ごめん。加減を誤った」


「あっ、うん。大丈夫。パルクールで鍛えているせいか、奏太君は肩も腕も筋肉質で硬いんだね」


 緊張から逃れようとして、目の前のことに意識を集中させようとした莉緒は、起き上がりながら指で奏太の腕を突っつこうとした。白いTシャツの長めの半袖から伸びた腕がスッと避ける。照れてるのかなと顔を見上げたが、奏太の視線は後方に注がれ、莉緒には目もくれていなかった。


 何だか面白くない。別に構って欲しいわけでもないし、状況が状況だから愛想よくしてなんて思わないけれど、少しずつ縮まりかけた距離が開いてしまったようで、寂しく感じた。


 バスタブに沈むように、莉緒が腰を前にずらして窓から姿を消したとき、黒い車が莉緒たちの車を追い越し、そのままスピードも落とさず走り去っていく。どうやら狙いは拓己の乗った社用車らしい。莉緒がGPSの画像を食い入るように見つめていると、木呂場が声をかけた。


「羽柴さんの車とこれだけ距離があいていても、迷わずに追っていったのを考えると、社用車に何か仕掛けられていた可能性が大きいですね」


「兄に知らせてもいいでしょうか? 」


「いえ、まだ本当につけられているのか確定したわけではないので、待ってください。社用車を運転している方はガードマンが務まるそうですが、カーチェイスに慣れているとは限りませんからね。知らせを聞いて変に焦って事故を起こすといけないので、暫くこのまま様子をみましょう」


 木呂場が相沢に電話をかけ、不審車のことをマイクを通して話している間、莉緒は頭の中で報告リストにあげたものを文章にして、SNSで木呂場のスマホに送った。

 運転している木呂場はメモを取ることはできない。捜査する際に抜けることがないようにという心配りだ。


 水野のブランド品への執着心から推測した買い物依存症の疑惑。

 牧田の妹の真衣が数年前の事故で脳内出血を起こし、今も後遺症で精神科にかかっていること。牧田は妹を手術した脳神経外科医と懇意になり、治療法のことで相談していた。そして、その脳神経外科医も一時行方不明であったことを。


 待機中の相沢刑事と話が終わった木呂場に、同じ話をしてスマホにも送信したことを告げた。

 木呂場は情報提供に感謝すると、スマホのAIを呼び出し、莉緒のメールを相沢に転送するように命じた。


 数分後、再び相沢から連絡が入る。木呂場は至急牧田の妹の居所を調べることと、水野の銀行残高や金の入出経路、カードの明細なども調べるように命令した。

 了解した相沢が、不審車のナンバーが暴力団の所有であることを告げる。警察の援護車に関しては、依頼したものの、事故や事件で出払っていて、近隣からは応援が無理であること、二つ先のインターから応援が向かっていることを告げた。


「了解。羽柴社長の社用車は、援護車に追跡を任せる。暴力団の第一団体が絡んでいるとなると、莉緒さんたちが危険だ。こちらは次のインターでUターンして新見宅に戻る」


 連絡を切った木呂場に、莉緒がこのまま追ってくれるよう頼んでいる間、スマホの画面を見ていた奏太が、高速道路を降りるレーンに社用車が入ったことを読み取り、莉緒に加勢した。

 社用車は法定速度を守って安全運転をしているため、この車との距離も縮まり、もう肉眼で見えてもおかしくないところまで来ている。迷っていた木呂場が再び相沢に連絡を入れた。


「予定を変更する。社用車がインターを降りるため、我々ももう少し追跡する。もし、応援車が駆けつける間に社用車と距離があけば、電波の受信いかんでは見失う恐れがあるからな」


 状況を説明している木呂場の話に耳を傾けていた莉緒は、バイクの刑事が追っているのに見失うという表現はおかしいと感じた。でも、暴力団が相手だけに、対応するには人数的な問題があるのかもしれないと思い直した。

 インターを降り、うねる山道を走る社用車は、安全を極めてますます速度を落とし、張り出したカーブを曲がるときには、莉緒たちにもそのシルバーのボディーを見せるようになっていた。


 ピタリと後ろに張り付く黒塗りの車があまりにも不気味に見えて、映画のカーチェイスシーンであるように、ぶつかったりしないだろうかと不安になる。運転席の刑事に、もっとスピードを出してと叫ばずに済んだのは、バイクの刑事がついていてくれるおかげだ。バイクは位置を変え、不審車の後ろからつかず離れずの距離を保って走っていた。


 三百メートルほど先の公道の左手に渡風サナトリウムという名前と山荘風の外観を描いた大きな看板が見えた。

[この先私有地につき一般車立ち入り禁止]と書いてある看板の脇道に社用車が入り、林道を上っていく。不審車はそのまま通り過ぎた。多分Uターンして戻ってくるに違いない。バイクは社用車の後に続いて林道に消えた。

 木呂場は迷わず左折して車を林道に乗り入れたが、カーブがきつく、舗装が悪い道のせいで、車体はガタゴトガタゴト揺れながら進んだ。


「莉緒ちゃん、大丈夫か?」


 窓の上のアシストグリップを握りしめて倒れないようにしている莉緒に、奏太がそっと手を伸ばし莉緒の腕に触れて支えてくれようとする。

 さっき力加減を間違えて強く引っ張ったことを気にしているのか、触れ方がぎこちなくて、まるで初めて女の子に触れる男の子みたいだ。

 かわいい。心の中の緊張感がほんの少し解れて、唇の端が自然に上がった。


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