第13話 不審な車 3-5

 スッと莉緒の顔から視線を逸らせた拓己に、莉緒がつっかかった。


「そんな大事なことが分かっていたなら、どうしてさっき、水野さんが書類のありかを知っていそうなことを言ったときに問い詰めなかったの?」


「莉緒。これは探偵ごっこで済む話じゃない。何か分からないが、良くないことが起きそうな予感がするんだ。最近のテレビでは、アンディー崩れのアンドロイドのニュースで持ちきりなのを知っているか? 金持ちがこぞって黒石博士を持ち上げ、何年も先になるアンドロイドの注文を取りつけようとして、最新設備の黒石研究所を建設するために寄付をしようと言い出したそうだ。政治家の中には、政治にアンドロイドを入れてみてはどうだろうと正気とは思えない発言をするものまでいる。体験プログラムというのがあるらしいが、何をやっているのか知れたもんじゃない。莉緒は関わっちゃいけない。今回は私も水野君を見極めたかったから力を貸したが、もう会わない方がいい」


「勝手を言わないでよ。信頼のおける部下だってお見合いをさせたのはお兄ちゃんじゃない。水野さんを調べれば新見さんを助けられるかもしれないのよ」


「分かっている。私にとっても新見は大切な親友だ。助けたい気持ちは一緒だよ。でも、もし莉緒が組織のことを探っていると知れたら、お前も拉致されるかもしれない。そうしたら、もう私は奴らの言いなりになるしかない。金や技術を寄こせと言われたら、彼らの悪行に手を貸すことになる。頼むから危ないことはやめてくれ。怖がらせると思って言わないでおこうと思ったが、その脳神経外科医も、一時行方不明になってから戻ってきたんだ」


「うそ!」


 拓己の言葉が、事件当日の朝に牧田アンディーが言った言葉と重なった。まるで予知夢のように。

 朝早く莉緒がリビングにいたところに、朝刊を持った牧田アンディーがやってきて謎かけをするように言ったのは‥‥‥


『何だか物騒な事件が相次いでいるみたいですね。行方不明者が出たとか。しかもその道では名前が知られている人ばかりらしいですよ。脳神経外科医に、大手のシステムエンジニア。こんな人たちが一気に消えるなんておかしいと思いませんか?』


 あれは、牧田本人がやがて起きる危険を察知していて、それが起きた場合にアンディーを通して知らせるように仕組んデータなのだろう。

 それなのに自分は、意のままにならない新見や押し付けられたお見合いに意気消沈して、難しい話ばかりをする牧田アンディーの相手をするのが苦痛になり、ドーナツなんかで話を逸らしてしまったのだ。


 今となっては後の祭りだけれど、あの時にもし自分が警告に気が付いていたら、新見博士とケンディーがさらわれることは無かったのかもしれない。

 何てことをしてしまったのだろうと莉緒は背筋が寒くなった。


 水野自身は事件には無関係なのをアピールするためか、莉緒に会ったときには、新見と牧田の心配をしてみせた。

 兄は危険を感じて途中で遮ったけれど、水野の反応を窺うために、牧田の寄生ウィルスの書類が手元にあるとちらつかせた途端に反応したことで、水野が事件に関係しているのは間違いない。

 牧田アンディーが事件を知らせていたのに気づいて上げられなかったせめてもの償いに、水野が事件の手がかりとなって事件が解決してくれればと願わずにはいられない。


 奏太は水野アンディーが外部から操られたのではないかと推測したが、今日の水野の反応や兄からの情報をあわせれば、その推測は正しいのだろう。

 もし仮に、犯人が牧田アンディーの方を外部から操っていたとしたら、牧田アンディーは莉緒に危険を知らせるようなことはしないはずだ。


 盗聴器をしかけるように命令された水野アンディーが、何らかの方法で牧田アンディーに伝え、罪を被せようとしたと考えるのが妥当だ。多分奏太の言ったアナログ的なやりかたで……

 ここに来るまでにアンディーの部屋でメモを探してみたけれど、隅々まで探すには時間が足りなかった。帰ったらきっと見つけてみせる。きっとそこには、盗聴器をしかけろという水野アンディーの命令を、牧田アンディーがどうして断われなかったのかという理由が見つかるはずだ。


 ひょっとして、それは妹さんを助けるための寄生ウィルスの設計書? 

 牧田は水野に設計書を奪われてしまい、返してもらうためにいいなりになったのだろうか。

 そう思った時に、パッと莉緒の頭に牧田アンディーの言葉が蘇った。


『私も半年以上前に新しい企画を練って上司に提出したのですが、お忙しいのか羽柴社長からはお返事が頂けなくて‥‥‥同じ技術者としての莉緒さんの意見を聞かせて頂けないでしょうか。もし、良さそうなら、社長にお口添え頂けると嬉しいのですが』


 既に奪われていたとしたら、かなり矛盾がある。ひょっとして複製か何か大事なことが書かれたものがある可能性が高い。

 兄に伝えようとした時、莉緒の行動に対し、もう一度釘を刺されてしまった。


「莉緒、これ以上余計なことに口を挟まないでくれよ。水野君には莉緒の手元にあるものは設計書ではなく、ただの寄生虫と人との関係を示した文献の写しだと伝えておく。本当にもう彼には関わらないでくれ。いいね」


「私がブランドものなんか好きじゃないことを、お兄ちゃんは知っているでしょ。デートなんかしないから安心して。お兄ちゃんだってこれから出かけるんでしょ? もしものことがあると困るのは私も同じだから気を付けてね。行先は秘書さんに伝えてあるわよね?」


「あ、ああ。まぁ、今日は完全なプライベートだから、行先は伝えていない。ガードマンが務まる運転手と一緒に行くから心配しなくていい。さぁ、地下の駐車場に降りよう。一階だと莉緒が乗るところを見られるからね。今は用心するにこしたことはない」


 心配性なんだからと笑いながら、拓己について部屋を出た。

 色彩の落ち着いた高級感のあるカーペットを踏みながらエレベーターに乗り、地下の駐車場まで下りる。すぐに警備&セキュリティー㏇と書かれた乗用車が回ってきて、莉緒の前で止まった。


 運転席の扉が開き、キビキビとした動作で出てきたのは警備会社のガードマンに扮した木呂場刑事だった。

 あれっと驚いた拓己と莉緒に、木呂場は部下の相沢に持ち場を任せてきたことを告げた。


「これは、心強い。莉緒をよろしくお願いします」


 拓己は木呂場に頭を下げた後、後部座席から降りた奏太とも挨拶をすませ、社用車の駐車スペースへと歩いていく。莉緒も木呂場にお礼を言って、車に乗り込んだ。

 ドアを閉めようとした時、駐車場内にエンジン音が轟いた。莉緒が振り返ると、250ccのスーパースポーツバイクが走ってきて警備会社の車の後ろでピタリと止まる。黒の長袖シャツとジーンズを着た人物の顔は、ヘルメットから下りたダークグレーのシールドで見えないが、運転席の刑事に敬礼をしたことから、お仲間の刑事なのだろうかと莉緒は思った。

 自分が外出したばっかりに、持ち場を離れさせてしまって申し訳ないと思いつつ、莉緒は運転席の木呂場に相談をもちかけた。


「兄を追いかけてもらえませんか? プライベートで出かけるのに、ガードマンを連れて行くって言うんです。誰と会うのか分かりませんが、行先を秘書にも伝えていないらしいんです。危ないことをしないように見張りたいの」


 木呂場が相沢に連絡を取り、予定変更を告げてスケジュール調整をする間に、拓己の社用車が発進する。見失ってしまうんじゃないかと心配する莉緒の視界でバイクが動き、拓己の車を追っていった。


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