第13話 不審な車 2-5

「あの、莉緒さん、聞いてらっしゃいますか?」


「えっ、ああ、すみません。ちょっと緊張しすぎたせいで、ぼ~っとしちゃって」


「構いませんよ。私といれば、すぐに男性と話すことに慣れると思います。あの、新見博士と牧田さんが行方不明になられているときに不謹慎かもしれませんが、こうして直接お会いすることができたのですから、中断していたアンディーとのお見合いは、もう必要ないということでいいのですよね? もちろん牧田さんの方がよろしければ、彼が戻るまでの間、私は買い物のアドバイスをさせて頂きますが、私を少しでも認めて頂けるなら、これからもちょくちょくお会いできれば嬉しいです」


「あっ、ええ、牧田さんは真面目で良い方ですが、私はあまり自分からしゃべらないので、話し上手な方が相手だと助かります」


「それを聞いて安心しました。女性は自分の話を聞いてもらうのが好きだと聞いたことがあるので、私みたいなお喋りは敬遠されるんですよ」


 全くだと莉緒は思った。自分が喋りすぎだと自覚があるなら、もう少し控えればいいのに、このままではどんどん水野のペースに巻き込まれそうだ。


「莉緒さんは、まだ新見博士のお家にいらっしゃるんでしたね」


「ええ。沢山お部屋があるので、プライベートは保てます。私も研究者の端くれですので、新見博士と同じロボット工学を専攻している弟さんやお友達の話を聞くのは面白いですし、ためになるんです」


「なるほど。勉学のためですか。さすが才女の莉緒さんだ。こんなことを言うと軽蔑されるかもしれませんが、弟さんとはいえ、莉緒さんと歳が近い男性ですので、新見博士のいらっしゃらないときに、一つ屋根の下で一緒に生活されるのはどうかと心配していました」


「奏太くんは、見た目は野性味が強くていかにも遊んでいそうですが、とても真面目な人です。それに彼の友人が夏休み中は泊まりにきていますし、兄が雇ったガードマンたちも外にいますから……」


「差し出がましいことを言ってすみませんでした。莉緒さんが私を選んでくれたのが嬉しくて、つい調子に乗りました。今度アンディーの着替えを入れたバッグをもらいにいくついでに、私も弟さんたちの会話の仲間に入れてもらえませんか」


「あっ、取りに来ていただかなくても、早急にクリーニングに出して兄に渡します。大事なお洋服ですものね」


「あ、いえ、クリーニングは結構です。アンディーが汗をかくとは思えませんし、荷造りもアンディーにやってもらってください。服のたたみ方とかビデオの前で実演しましたから、莉緒さんのお手をわずらわすことなく、アンディーはきれいに荷造りしてくれるはずです」


「わぁ、それは助かります。たたむの苦手なんで。あっ、そういえば、牧田さんの荷物を片付けようとしたら、変なものが出てきたんです」


 莉緒が内緒話を持ちかけるように牧田の方へと身を傾ける。おしゃべり好きの人間なら、好奇心を剥き出しにしてのってきそうなものだが、逆に水野は警戒するようにソファーの背に身体を貼りつかせた。


「変な物? 何でしょうね。あいつは無口だから普段から何を考えていたのか私にはさっぱり分からなくて‥‥‥ひょっとしていけないものでも出てきましたか?」


「えっと、それが……提案書とか企画書みたいなものなんです。猫の絵と寄生ウィルスが人間に及ぼす影響というのが書かれていて、多分牧田さんが開発される予定なのか、開発されたのか分からないんですが、人工ウィルスについて書かれていました。寄生ウィルスって何だかホラーっぽくて気味が悪いから、途中で読むのを止めてしまったんです」


「そんなバカな、あれは‥‥‥」


 言いかけてハッと我に返った水野が、慌てて拓己の表情を探ったのを莉緒は見逃さなかった。

 また報告事項が増えた。もう一押しと思ったところで、拓己が口を開く。


「そろそろ、いいかな? 私はこの後すぐ出かけなければならないんだ。水野君もアポイントをずらしてもらったんだろう? 無理を言ってすまなかったね」


「いえ、とんでもありません。莉緒さんとお話しする機会を設けて頂き、ありがとうございました。莉緒さん、この名刺の裏に私個人の電話番号とSNSのアドレスが書いてありますので、買い物の日にちが決まったら連絡をいただけますか?」


 莉緒が両手で名刺を受け取ると、水野は楽しみにしていますとにっこり笑い、拓己に一礼してから社長室を出て行った。

 パタンとドアが閉まったが、油断は禁物だ。莉緒は奏太と高橋の行動を思い出し、ドアに耳を当てて音がしないのを確かめると、そっと開けて廊下に人がいないかを確認する。誰もいないと分かって初めて、ほぉ~っと安堵のため息を漏らした。


「わが妹君は、探偵ごっこが板についたようだね」


「からかわないでよ。お兄ちゃん。いつボロがでるか心の中では冷や冷やしてたんだから。今からお出かけなんでしょ? 私は奏太君に連絡して迎えてきてもらうから、行っても大丈夫よ」


「ああ。奏太君からも迎えに来ると連絡が来ていた。気が利くし、礼儀正しいし、なかなか好青年だね。莉緒を迎えにきてもらう時間を警備会社づてに知らせて、奏太君をここまで乗せてきてくれるように頼んだ。もうすぐ到着すると思うが車が、階下まで一緒に行くかい?」


「さすがお兄ちゃん。抜かりはないわね。こんなにしっかりしてるんだから、牧田さんの企画書を埋もれさせてしまうなんてことは、あり得ないわよね」


 拓己の顔に翳りがさし、力なく呟いた。

「企画書も大切だが、それより気がかりなのは新見と牧田君の行方だ。二人は一体どこに連れて行かれたんだろうね。ニュースなどで見ると、他の行方不明者はすぐに戻っているらしいから、本当に心配だ。牧田君は病気の妹さんをおいて行方をくらますはずはないんだけれど」


「えっ? お兄ちゃん、それほんと? 牧田アンディーは妹さんが病気だったことなんんて一言も言わなかったわよ。まさか、妹さんとの二人暮らしとか?」


「ご両親は健在だよ。牧田君が出社しなくなった時に、連絡が取れないのを心配した牧田君の上司が、マンションを訪ねたけれど、返事もなく郵便物が溜まっていたそうだ。そんなときに新見もいなくなってしまったから、私はアンドロイドの最終テストを牧田君に頼んだことで責任を感じてね、緊急連絡先になっている牧田君の実家を訪ねてみたんだ。でもご両親も行く先をご存知なくて、私が何でもいいから牧田君に関することを知りたいと言ったら、妹の真衣さんの話を聞かせてくれた。ご両親の話によると、妹の真衣さんは数年前、事故で脳内出血を起こして手術をしたそうだ」


「そんな酷い怪我を負われたのね。それなら牧田さんが、両親を心配させるとわかりながら、行く先も知らせずに突然いなくなるはずないわ。真衣さんは事故の後遺症があるの?」


「傷は癒えているそうだけど、どうも精神が不安定になってしまったらしいんだ。普段真衣さんにつきっきりの母親に代わって、牧田君はCTR検査の時に真衣さんを病院に連れて行ったそうだ。そのうちに手術を担当した脳神経外科医と懇意になって、治療の件で相談していたんだって」


「そうだったの。牧田さんは妹さん思いの優しい人なのね。お見合い相手が牧田さんをコピーしたアンドロイドだからって、私は牧田さんに向き合うこともしなかった。何だか悪いことしちゃったな。でも治療の相談っていっても、外傷は癒えているんでしょ? なら脳神経外科医とじゃなくて、精神科の先生と話をするのが普通じゃないの?」


「ああ、多分ね。そこが引っかかるところだ。牧田君はその脳精神外科医と懇意になって、真衣さんの退院後も検査以外で連絡を取り合っていたそうなんだ。莉緒が牧田アンディーに説明を受けたのは、その治療法に関係することなんじゃないかな」

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