第13話 不審な車 1-5

 莉緒が兄の羽柴拓己に、水野政人と会わせて欲しいと頼んでから二週間が過ぎた。

会社経営者の兄は普段からかなり過密スケジュールの上、新規開拓事業部に属している水野もまた、有望なベンチャー企業を見つけて提携を結ぶべく飛び回っているので、スケジュールがなかなか合わないらしい。


 莉緒の頼みなら、水野は無理をしてでもスケジュール調整すると踏んでいたのに目論見は外れ、莉緒は水野がわざと避けているんじゃないかと思い始めた。

 そんな矢先、ベンチャー企業部に出向いた拓己が、偶然にも水野のスケジュールが繰り下がったことを聞き、その場で約束を取りけたと莉緒に連絡が入った。

 生憎高橋はバイトで出ていたので、地下研究室にこもっている奏太に午後からでかけることを伝える。


「一人で行くのは危ないから、俺も行くよ」


「それはだめ。水野さんがもし犯人と関わりがある場合、見張られている可能性があるわ。奏太君に守られるようにして出かけたら、警戒させちゃうじゃない。それに奏太君はアンディーの改良に忙しいんでしょ」


 数日前、新見の秘密の研究室に入ってから、奏太はアンディーを地下に運び込み、外部からの受信装置などを外して、水野アンディーがどうやって牧田アンディーに指示を与えたかを探っているらしい。


「もしかしたら、あいつらが、アンディーの中で同時に二人のパーソナリティを出現させて話ができるように弄ったんじゃないかと思っていたけれど、違ったみたいだ」


「ふふっ。お見合い用ロボットにそんな機能をつけたら、入力したデータ同士が喧嘩しそうね」


「そうだな。動作に表れたら、一人で二役の漫才をやっているみたいで、見てる方は面白いかもしれないよ。う~ん、でも、二人が会話できないとなると、水野アンディーがアナログなやり方で、牧田アンディーに指示していたとしか思えない」


「まさかと思うけど、手紙とか?」


「そうかもな。アンドロイドが非科学的なことをするなんて普通は思わないから、俺たちの死角をついたやり方だ。多分牧田アンディーがどこかに隠しているんじゃないかな」


「出かけるまでに、時間があるから探してみるわ」


「ああ、頼む。それが見つかれば、水野が危ない奴らと繋がっているのが確定して、莉緒ちゃんは会いに行く危険を冒さずにすむ。俺はまだやることがあるから、証拠が見つからない時のために、莉緒ちゃんの帰りの時間を教えて欲しい。迎えに行くから。あっ、それと会社まではタクシーで行けよ」


「うん。そうする。……奏太君」

「ん? 何?」


「あんまり無理しないでね。ママはこうみえても口は堅いから、吐き出したくなったら、いつでも相談にのるわよ」


「ばぁ~か。年下のくせに何がママだ。さっさと探してこいよ。兄貴が戻って来たら、どんなに莉緒ちゃんが兄貴のために働いたか伝えてやるから」


 新見と莉緒の二人がくっつくよう応援してやるといきなり言われて不思議に思い、莉緒が奏太の顔を見つめると、浮かんでいたのは揶揄いではなく、寂し気な表情だった。

 声をかけようとする莉緒から顔を背け、奏太が実験テーブルに寝かしたアンディーの方に戻っていく。莉緒もこうしちゃいられないと、牧田アンディーと水野アンディーの荷物が置いてあるウォークインクローゼットへと向かった。


 その数時間後、拓己の会社に出向いた莉緒は、社長室に隣接する応接室のソファーに座り、机を挟んで緊張気味に座っている水野政人に、はにかむような仕草で小首を傾げて話しかけた。


「初めまして。羽柴莉緒と申します。いつも水野アンディーとお話ししていたせいか、何だか始めてお会いするような気がしません。もし、馴れ馴れしい態度を取ってしまったらごめんなさい」


「い、いえ。とんでもありません。お写真で拝見しましたが、本当に可愛らしいお嬢さんですね。接客に慣れているはずの私でも、あがりそうです」


「まぁ、恥ずかしい。水野アンディーも素敵でしたけれど、本当の水野さんは何て言うのか、生身の男性っぽいっていうのか‥‥‥」


「はぁ? それは、アンディーがロボットっぽいと言う意味でしょうか」


「いえ、アンディーはとっても人間っぽいです。えっと、その、私、男性とお話しすることに慣れていなくって、アンディーだと何を言ってもバカにされることはないから安心できるんですけれど、本当の男性はちょっと‥‥‥」


 隣に座っている兄の拓己が、額を手で覆ってこめかみを揉んでいるのが視界に入る。助け船を出してくれたっていいのにと腹立たしく思い、莉緒は兄を肘でつつきたくなった。

 ところが男性相手に上手く立ち回れない莉緒を見て、水野は逆に喜んだようだ。


「それはそうでしょう。莉緒さんはアンドロイドのの人工皮膚などを開発して、より人間に近いアンドロイドを作るのに貢献されたのですから、遊ぶ時間なんてなかったのではないですか? 男性と付き合うことに慣れていなくて当たり前です。もし、莉緒さんさえよろしければ、私が練習相手になるというのはどうでしょう?」


「ほんとですか? 嬉しいです。水野さんのおっしゃる通り、私、今まで研究だけに没頭し過ぎて、おしゃれにも疎いし、そろそろ外の世界にも目を向けないといけないって思っていたんです。水野さんがアンディーに持たせた着替えも素敵なものばかりでしたが、今日水野さんにお会いして、お召し物のセンスの良さから、服のコーディネートを教えてもらいたくなりました」


「まかせて下さい。女性もののブランドにも詳しいんですよ。莉緒さんはお顔もスタイルもよいから、良いものを着られれば、きっとファッション雑誌のモデルにも負けないと思います」


「そんなぁ~。ハイセンスな水野さんにそう言ってもらえると、今からどんなお店に連れて行ってもらえるのか楽しみです。その背広もひょっとしてブランドものですか? すごく素敵ですね」


 莉緒は、奏太と高橋を相手に何度も練習したお世辞を、口元がひきつりそうになるのを堪えながら、何とか言い切った。

 暗記は得意だからいいものの、心にもないお世辞を言うのは化学式より難しい。それでも、行方不明の新見を助けて奏太が喜んでくれるなら、何だってできると自分に言い聞かせ、核心に迫っていく。


 いくら兄の会社の給料がいいとは言っても、まだ二八歳の水野が、持ちものから始まって全身全てをブランドでコーディネートすれば、かなり無理をすることになるだろう。そのくらい、ブランドに関心のない莉緒でも分かる。

 アンディーの普段着までもブランド品で揃えたのは、単なる自己愛なのか、本当に莉緒によく見られたいからなのかを知る必要があり、拓己に話す機会を設けてもらったのだ。


 事前に知らせたわけではないのに、水野の身に着けているものは、形の良いピカピカの靴から靴下、背広、ネクタイや腕時計に至るまで、ブランドのロゴがついている。これはもしかすると買い物依存症なのではないかと疑いを持った。

 頭の中で、奏太に知らせるリストに加える。


 二週間前、奏太と一緒に、新見を見つけるためには自分たちが何をしたらいいのか話し合った。

 莉緒は水野に会うことを提案したのだが、その時奏太は、事件に繋がりそうなことや交友関係や借金などで、気が付いたことを全部知らせて欲しいと言っていた。

 木呂場刑事に伝えれば、水野にローンがあるかどうか、危ないところから借りていないかなどを、すぐにチェックしてくれるはずだとも。

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