第12話 シークレットルーム 1—3
新見研二が姿を消して二週間ほど経った。
奏太たちと警察は、犯人からケンディーの設計図を求めてくるのを待っていたのだが、まるっきり連絡が途絶えてしまい、研二の消息を掴みようがないまま、関係者たちの焦燥だけが募っていった。
その間にも、政治家、警察のキャリア、会社役員、起業家などが次々と姿を消して、数日で戻ってくるという奇妙な事件が起きた。しかし被害者たちは、行方不明になっている間の記憶がなくなっていて、怪我もなく健康状態もいいことから、捜査のしようがなく、現代の神隠しかとネットを賑わせた。
そんな中、ある起業家の特番が、飛びぬけて高い視聴率を獲得する。
世間が神隠しに感心を寄せていたこともあり、行方不明になっていた起業家を取材した番組とあっては、飛びつくのも無理はない。
番組終了後には、番組内で紹介された画像を視聴者たちがSNSで流し、どんどん拡散されて、テレビ局への問い合わせが殺到した。
当初番組側は、神隠しについて取材をするつもりで、起業家に話しを持っていって、承諾を得た。後日番組のレポーターが起業家の家を訪問し、神隠しについて話しを進めようとしたところ、家の中にあるものを目にして、企画を投げうち進行をアドリブに切り替えたという。
奏太もテレビ番組紹介を目にして、その内容に興味を持ったので、録画予約を入れる。
昼間は研二の手がかりが掴めないだろうかとあちこちを探し回り、みんなが部屋に引き揚げた夜更けにようやく録画を見ることができた。
テレビ画面に映ったのはかなり大きな家だった。リポーターが起業家に案内されて客間に入っていく。内装や調度品のすばらしさを褒めながら客間に入ったレポーターが、ソファーに腰かけている起業家にそっくりな男性を見て、ご兄弟ですかと訊ねると、そのそっくりさんは起業家によく似た声で答えた。
『初めまして、私はアンドロイドです』
『ええ~っ。本当ですか? このアンドロイドは一体どうされたんですか? 』
『友人に勧められて一か月前に体験プログラムを申し込んだんですよ。自分がいないときに代役を務めてくれるもう一人の自分がいればいいのにと飲み仲間と話していたら、この影武者を勧められたんです』
『ということは、知識や能力もばっちりそのまま引き継ぐということですか?』
『いや、それはさすがに、一週間のデータを入れるだけでは無理がありますね。でも色々な知識を入力してやれば私より博学になるでしょうし、学習機能がありますから、一緒にいればいるほど私らしくなるんじゃないでしょうか。それにこのアンドロイドは、他の人のデータを入力してやれば、顔が変ってその人物そっくりになるんです』
起業家の言葉を聞いていた奏太は驚きと怒りにかられ、泥棒! と叫ぶところだった。
お金さえかければ、、本人そっくりのアンドロイドを作ることは可能だ。
でも普通のロボットは、特定の人物のデータを入力し、学習機能を用いてよりその人物そっくりにする機能もついていなければ、他の人間に化けることもない。
これはアンディーの盗用だ! 兄が十年以上もかけて開発したものを、誰かが横取りしようとしているのだ。
一体誰がこんなことを? 極秘に開発していたとはいえ、特許は取っているはずだ。兄が訴えればこんな奴ら一網打尽だろう。
ギリギリと歯ぎしりをしながら画面を見ていた奏太の耳に、黒石博士という名が飛び込んできた。
『このアンドロイドは今日の取材のために、黒石博士からお借りしたものなんですよ。私の体験プログラムは一か月前に終わっていて、購入しようと思いながら忙しくて先送りにしていたんです。でもね、今回みたいなことがあると、仕事に差しさわりが出るでしょ。五体満足で戻れたのは幸いでしたが、もしまたこんな目にあったらと思うと居ても立ってもいられず、慌ててアンドロイドの申し込みをしたんです。それで黒石博士に取材の話をしたら、好意で貸してくださったというわけです』
黒石博士か……どうせろくな研究をしていない奴だろう。奏太はテレビのスイッチを切ると、海外へテレビ電話をかけた。
研二と奏太の両親は、同じロボット工学の研究に携わっていて、海外の大学で教鞭をとる傍ら、現地企業の依頼を受けて、AIの開発面でのアドバイスや、研究などを行っている。
二人の息子は勉強面でも、健康面でも心配することがなく、研二が奏太より一回りも年が離れていることから、奏太の面倒を研二に任せたまま日本に帰ってくることはほとんどない。
今回ばかりは、研二の誘拐という深刻な事態なので、奏太は両親が戻ってくるかと思っていた。ところが、今は手を離せないプロジェクトに関わっていて、日本に戻れないと言われて、薄情過ぎないか? と怒りをぶつけたこともある。
だが、事件に進展が見られたならいざ知らず、企業と契約して研究を進めている両親が、開発中のプログラムを放り出して、帰国するのは無理だということも痛いほど分かっていた。
研二がいなくなってから何度目かになる両親への報告は、今まで何の手がかりもなく、捜査の進展もないために気が重かったのだが、今回は先ほど見た番組の黒石博士のことで頭が一杯で、躊躇うことなく電話をかけた。
兄の開発したロボットと同じようなものを作れるなら、黒石博士は同じ分野を専攻しているはずだ。ひょっとしたら両親は黒石博士を知っていて、兄の居場所が分かるがるかもしれないと奏太の気持ちは逸った。
奏太は画面に映った両親に、挨拶もそこそこにして勢い込んで経緯を話した。
思った通り、黒石の名前を聞いた途端に二人の表情が曇り、お互いに顔を見合わせてから、父が口を開いた。
『その黒石博士が私の知っている人物なら、マッドサイエンティストと呼ばれていて、学会から追放された過去を持つ危険な思想家だ』
「マッドサイエンティストだって? どうしてそんな奴が兄さんの発明を模倣するんだ? もしかして、その博士が兄さんを誘拐したんだろうか」
『彼は裏の組織と繋がりがあると噂できいたことがある。もし研二が黒石の元にいるのなら、裏世界の連中にさらわせたんだろう』
「俺、黒石博士を探ってみるよ」
『やめて。奏太、あなたまで捕まったら、大変なことになるわ』
「でも、兄さんを放ってはおけないよ。警察に通報したら兄さんを殺すと脅されていたから、警察も慎重を期して公の捜査ができずにいたんだ。今回の番組を見たら警察だって動くだろうし、そしたら兄さんがどうなるかわからない」
両親が苦悶の表情を浮かべ、またお互いに顔を見合わせている。海外暮らしが長いせいか、自分の意見もはっきり述べる両親にしてはおかしな間だった。しかも息子の命が関わっているときに何を迷うことがあるのだろうと、奏太は苛立ちを覚えた。
『奏太、聞いてちょうだい。今からあなたに大切なことを知らせなくてはならないわ。私たちが昔使っていた地下の実験室があるのだけれど、そこに行ってあなたの目で見てきて欲しいものがあるの』
「ああ、俺が小さなころ、色々な器具が置いてある実験室に入った覚えがある。父さんと母さんの隣で、兄さんも真剣な顔をして何かを見ていたっけ」
『そうか。お前は小さかったがそのときの記憶があるんだな。実験室は今は研二の部屋からしかいけない。ウォークインクローゼットの奥に姿見があるだろう。それをスライドさせて中に入りなさい』
「分かった。今から見てくるよ」
『奏太。何を見ても気をしっかり持っていて。聞きたいことがあればいつでも電話に出るから、短絡的な行動は取らないで。約束してくれる? 』
「何だか気持ち悪いよ。いつもパッパと指示する母さんが、してくれるなんて依頼形を使うから、よっぽど気味の悪いものが置いてあるんじゃないかと遠慮したくなるじゃないか。失敗した実験の残骸がうろついてたりして?」
冗談めかして言ったのに、両親は顔を強張らせただけで、返事もしない。気まずい沈黙に耐えられなくなった奏太は、また何か情報が入ったらかけると行ってテレビ電話を切った。
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