第11話 秘密会議 2-2

 翌朝、羽柴が出勤前に新見邸にやってきて、木呂場刑事に告げた。

 いつ犯人がケンディーの設計図を要求してくるか分からないので、羽柴は昨夜のうちに、防犯のためにH・T・Lに詰めていた副社長に電話をかけてアポイントを取り、研究所を訪問したという。


「設計図の隠し場所を聞いたところ、意外な答えが返ってきたんですよ」


「ほう。どんな答えを?」


 木呂場が促し、奏太と莉緒が固唾を飲んで見守る中、羽柴が口を開いた。


「副所長の話では、設計図は研究所にはなく、絶対に安全な場所にあり、誰かに悪用されるのを阻止できない場合は、新見がどこにいても削除できるようになっていると新見から聞いたそうです。設計図だけでなく、本体が新見の傍にある場合は、アンドロイド自体のプログラムを止めることができるとも……」


 企業秘密とはいえ、設計図については何も聞かされていない奏太は、羽柴が副社長から聞いた話にかなり驚いた。


「ちょ、ちょっと待って。兄は研究所と家の往復しかしないんですよ。それって、この家の中に設計図があるってこと?」


「ああ。行動範囲が限られている新見の場合、研究所に置いていないのなら、隠し場所は家の中しか考えられないだろう。警察に通報するなと言われた以上、表立って守ってもらうわけにはいかないから、うちの子会社の警護&セキュリティー㏇からガードマンを手配しておいた。新見が無事に帰ってくるまでに、奏太くんに何かあっては、親友としてあいつに顔向けできないからね。二十四時間体勢で警護するから安心していい」


「ありがとうございます。何とお礼を言っていいか‥‥‥」


 やっぱり持つべきものは友だよな。兄貴のだけど。と思いつつ、奏太は設計図だけでなく、奏太のことも心配してくれている羽柴の好意に感謝して、頭を下げる。

 今まで事件を解決するにあたって誰かが口を拓けば、兄の命が危険に晒されてはいけないという懸念ばかりだったのに、羽柴は兄が帰ってくることを想定して警備を手配してくれた。不安ばかりだった奏太の心に期待が生まれ、目頭がじんわりと熱くなる。


 目を瞬かせる奏太を気遣いながら、木呂場がちょっといいかなと羽柴に話しかけ、警備会社の制服を何着か借りれないだろうかと訊ねた。

 羽柴は心よく了承して木呂場の要望を警備会社に伝え、一時間後には、新見邸の客用の駐車場に警備会社の名前入りのワゴン車が入ってきた。


 目立つ箇所にこれみよがしに駐められ、警備していることをアピールしたため、警備会社のガードマンたちの中に、木呂場が呼び寄せた本物の刑事が紛れこんでいても、まるで不自然さを感じさせない。

 伝達係を務める木呂場の部下の相沢も、家の外と内を行き来するので、ガードマンの制服を着用している。そして何か情報をやり取りする際には、警察官たちが作戦会議室として使っている玄関に近いゲストルームへと消えた。


 羽柴は手配した警備員の状況を確認した後、会社へと出かけていき、入れ替わるように高橋がやってきた。ダイニングで作戦会議をしていた奏太と莉緒に加わる。それを見計らったように木呂場がダイニングに現れ奏太に告げた。


「奏太くんから、事件直後に盗聴器受信車がいたのではないかと指摘された件ですが、アンドロイドがこの家に到着して以来、不審な車が新見邸近くで徘徊しているのを住民が目撃して、警察に数回通報が来ていたこを確認できました。事件当日もあったようです」

 

「それは、私が書き留めた車のナンバーと同じですか? 新見博士を後部座席に乗せたまま走り去ったのは白い国産車のセダンでした。もしそうなら、持ち主を辿れば新見博士が囚われている場所が分かりそう」


 勢い込んで立ちあがった莉緒が椅子を倒しそうになり、横に座っていた奏太が慌てて押さえるのを見て、木呂場が苦笑しながら首を振った。


「いや、残念ながら違いました。徘徊していた車のナンバーを調べた結果、偽造プレートを使用しているため、持ち主が判明しないものもあります。今言えるのはそれだけです」


 報告し終えると木呂場は、キッチンのドアから廊下に出て、十七、八mほど先に位置する玄関のすぐ手前のゲストルームへと歩いていく。ゲストルームのドアが閉まる音を聞いた奏太と高橋が、すばやくキッチンからダイニングに移動して、リビングに通じるドアを開け、軽い身のこなしで足音も立てずにリビングを横切り、ゲストルームに通じるドアの横の壁でぴたりと止まった。


 莉緒はパルクールのシーンを思い浮かべながら、男の子って大きくなっても、スパイや戦闘ごっこが好きなのかもしれないと笑いをかみ殺した。

 奏太と高橋の後を追ってダイニングの扉からリビングを覗き込んだ途端、十mほど先の壁にまるでヤモリのようにピタリと身体を張り付けて、耳をそばだてる二人の姿が目に飛び込んできたから堪らない。莉緒は慌てて口をふさいでキッチンに駆け込んだ。


「いい加減笑うのやめろよ」

「そうですよ莉緒さん。こっちは真剣に情報収集しているんですから」


「だ、だって警察相手に、コソ泥みたいなことしてるんだもん」

「シーッ。黙れって。じゃないといいこと教えてやらないぞ」

「な、なに? 笑わないから教えて」


 莉緒はそう言いながら目じりに溜まった涙を拭いたが、なおも口元をひくつかせて今にも笑いそうだ。奏太は莉緒を睨みつけ、木呂場が部下と話した内容を伝えた。


「徘徊していた車の一台は、ある暴力団と繋がりがあるみたいだ。莉緒ちゃんが暗記したナンバープレートの国産車は盗難車で、多分同じ組が関与しているんじゃないかって話してた』


 奏太の説明を聞くうちに、莉緒の顔色が目に見えて悪くなった。


「そんな、暴力団が絡んでいるなんて! 新見博士は大丈夫なの?」


「こっちが聞きたいよ。昨日計画した水野さんとの接触だけど、もし、水野さん自身もそっち系の人と付き合っているとしたら、莉緒ちゃんも危ないことに巻き込まれるかもしれない。会うのはやめた方がいいと思う」


「そんなこと言っていたら、いつ新見さんに辿り着けるか分からないわ。警察は表立って行動できないんでしょ? 直接水野さんから怪しまれずに話を聞きだすとしたら、お見合い相手の私しかいないわ。それに、水野さんに会えるように、お兄ちゃんに頼んでしまったの。後は連絡が来るのを待つだけよ。話次第では帰りが危ないかもしれないから、奏太くんか高橋くんのどちらかが迎えに来てくれる?」


「分かった。高橋はバイトがあるから、俺が迎えに行く。俺も例の白い国産車をあちこち探してみるつもりだから、莉緒ちゃんが水野さんに会う日は近くを周るようにする。日にちが決まったら教えてくれ。話が平穏に終わっても一人で帰ろうとするなよ」


 莉緒がオッケーと指で輪っかを作ったのを見て、奏太は口をへの字に曲げ、莉緒のおでこを突っついた。


「痛っ。そんな大きな手で突っつかれたら、おでこがへこむでしょ」


「へこむかよ。おい、軽く見ていたらだめだぞ。誘拐犯たちが何を企んでいるか分からないし、バックにヤクザがついているんだからな」


 奏太にたしなめられて、莉緒は口を尖らせているものの、奏太が真剣に身を案じていることが伝わったせいで、は~いと返事をした声には甘えが滲んでいる。


「仲がおよろしいことで。俺は退散した方がいいかな」


 冷やかす高橋に奏太が煩いと食ってかかるのを見て、莉緒は笑いながら仲がいいのはそっちでしょと言い返した。

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