第11話 秘密会議 1-2

 持つべきものは友だと誰が言ったのかは知らないけれど、事件のことを相談できる高橋がいてくれて、奏太は本当に助かった。

 警察に言えば兄の命が無いと犯人から脅され、家の中も盗聴されていたので、警察に出向くことも電話をかけることもできずにいたところを、高橋が駆けつけて、盗聴器を取り外し、サイバー捜査官である高橋の父から刑事課へ話を持っていってくれたのだ。


 最初奏太は、てっきり高橋の父が担当してくれるとばかり思っていたのだが、そうではないと知って不安になった。

 警察に言うなという犯人の意向を無視したせいもあるが、刑事たちが捜査しているのがバレたら、兄は本当に殺されてしまうんじゃないかと恐ろしくなり、奏太は高橋に大丈夫かどうか訊ねずにはいられなかった。


『もちろん刑事さんたちは、犯人に気取られないように動くと思うよ。それに父は手伝いたくても仕事の分野が違うんだ。例えば、パソコンに保管された設計図やデータを探し出す場合は、情報分析課で解析するらしい。でも、もし今回の犯人がネットを使って事件を起こしたりお金を振り込ませたりすれば、父の出番になって、ネットに流れた情報を追って犯人を捜し出すんだ。各分野で活躍している脳神経外科医やSE、ロボット工学者が行方不明となると、バックに大きな組織が働いているはずだから、いずれ出番がくるかもしれないって言ってたよ。今はあまり表に出て、俺が警察官の息子だと知られない方が、お兄さんが安全だろうって』


「そんな風に分担されているんだな。不安だからって警察を疑うようなことを言って、高橋のお父さんに悪いことをしたな。陰で動いてもらったのに、悪かった。お礼を伝えておいてくれ」


「ああ。分かった。父に伝えるよ。奏太が不安になるのは無理もない。お兄さんの命がかかっているんだからな。警察が無事に見つけてくれることを祈ろう」


 焦ったところで、奏太ができることは犯人からの連絡を待つだけだ。今は警察に任せるしかない。奏太は高橋の言葉に黙って頷くしかなかった。


 そして、事件の夕刻、新見邸のリビングには、高橋の父から紹介された木呂場ころば刑事がやってきて、再度盗聴器の有無を確認した。その後、木呂場刑事を真ん中にして、奏太、高橋、莉緒、莉緒の兄の羽柴拓己がテーブルを囲み、みんなが注目する中で、羽柴がスマホを操作して録音を再生させる。


『ケンディーの設計図を用意しろ。詳細は後日。警察に言えば新見の命はないことを忘れるな』


 スマホから流れ出した犯人の声は、ボイスチェンジャーを通しているため甲高く、まるで子供のいたずらのように聞こえる。研二の無事を願う奏太たちの神経を逆撫でした。


「木呂場さん、ボイスチェンジャーを通した声って元に戻せないんでしょうか?」


 奏太の質問を聞いて、莉緒も期待を込めて木呂場を見たが、木呂場はう~んと呻って首を捻った。


「特殊なメカニズムを持つボイスチェンジャーを使うと、元に戻すのは難しいですね。解析依頼は出してみますが……他に見聞きしたことを教えてもらえますか」


 木呂場刑事は事件の詳細を奏太と莉緒から聞き、奏太の部屋に仕掛けてある防犯カメラの画像を確認してから、ドアノブやケンディーの寝かせてあったベッド、研二の部屋などの指紋採集をした。


 出前を装ってやってきた部下の相沢から食事を受け取り、代わりに木呂場が盗聴器などを渡すと、相沢は空になったボックスに収めて去っていく。

 高橋と羽柴は、木呂場が新見家に泊まることを聞いて安心し、それぞれの家に帰ることになった。

 その日は夜遅くまで待ったが、犯人からの電話はかからず、木呂場が奏太と莉緒に休むように伝えた。犯人からの電話に備えて、木呂場はリビングのソファーで寝ることになり、奏太と莉緒は二階の寝室へと向かう。


「ねぇ、奏太君。新見さんは大丈夫かな? 犯人に酷いことされたりしてないよね? 警察に任せっきりで私たちは、何も役立てないのかな?」


 思いつめたように俯く莉緒の頬に、半分伏せた瞼から伸びる長い睫毛が影を落とす。何てきれいなんだろうと見とれてしまい、瞬時に不謹慎な自分の気持ちを押し殺した。


「いや、多分俺たちにもできることはあるはずだ」


 どんなこと? と首を傾げる莉緒を部屋に招いてドアを閉め、奏太はワークチェアーをデスクの下から引っ張り出して莉緒に勧める。自分はベッドに腰かけて思いついた案を語った。


「水野アンディーの本物の方、水野政人さんに会って探って欲しいことがある。一人で会うと危険かもしれないから、羽柴社長と一緒の時にやって欲しい」


「やっぱり、奏太君も水野アンディーの方が怪しいと思った? 奏太君が盗聴器を見つけたときに、牧田アンディーにどうして盗聴器を仕掛けたのか問い詰めたから、てっきり牧田アンディーの方を疑っているんだと思ったわ」


「脅されているという答えでもいいから、理由を探り出そうとしたんだ。水野アンディーの方は、完全に操られていると思う。水野アンディーは、普段多弁で質問にも淀みなく回答するのに、あのときは、不都合な質問になると、答えるまでに時間がかかったんだ。それでも、何とか繋いだってことは、誰かがこう答えろって外から指示を出していたのかもしれない。例えば、誘拐事件直後に、俺たちが警察に通報しないかどうか受信車で盗聴していた犯人とか」


「そっか、それで奏太くんは、いつもは饒舌なのに答えるのに時間がかかるなってわざと言って、水野アンディーの反応を確かめたのね。奏太君って、始めて会った時がものすごく動作が大振りで元気が良かったから、考えるより行動が突っ走っちゃう人だと思っていたの。でも、違った。すごく冷静な面もあって、そういうところが‥‥‥新見博士にそっくりだと思う」


 最後の方の莉緒の言葉は、揺れていた。きっと研二の身を案じて喉が詰まったのだろう。


「兄貴って罪な奴だよな」

「えっ?」


 こんなかわいい莉緒ちゃんの気持ちを無視し続けるんだから……

 せめて元気な姿で戻って安心させてやってくれと奏太は願わずにいられない。


「何でもない。俺は莉緒ちゃんが思った通り、行動が先走るタイプだよ。冷静沈着な兄貴とは違って、ミスばかりだ。兄貴が羨ましいよ」


「そ、奏太君は思いやりがある人だと思うよ。新見博士にそっくりじゃなくてもいいじゃない。男らしい顔だって、体格だって奏太くんらしくて、か、かっこいいと思うよ」


「そ、そうかな。ちょっと嬉しかったりして。ハハ……」


「うん、コンプレックスを持つ必要はないと思う。それより外見と合わなくてちょっとびっくりしたのは、ケンディーがパルクールをやるって言った時かな。アハハ。奏太君はやらないの? 」


「‥‥‥やるよ。俺が流していたパルクールの映像を見て、兄貴があんなふうに飛び回れたらいいだろうなと言ったのを、ケンディーが趣味としてインプットしてしまったんだ」


「そ、そうなんだ。確かに新見博士よりは、奏太君がやってる方が大技決めたりしてしっくりきそう。あっと、何話してたんだっけ。えっと、そうだ。直接水野さんに会った時に、どんなことを聞くかね」


「大技?」


 俺、そんなことをするって言ったっけ? 

 奏太の眉間に皺が寄った。


 兄の分身のケンディーの中に入っていたのに、俺がうっかり自分の趣味を答えた時、水野アンディーがパルクールの内容を確認したことがある。パルクールは街中にあるものを忍者みたいによじ登ったり、途切れることなく走り回ったりするスポーツかと。会話の中に大技なんて言葉は一言も出ていない。

 まさか‥‥‥


「奏太君。どうしたの黙っちゃって。何か都合の悪いこと聞かれたときの水野アンディーみたいだよ。ねっ、今は新見博士を助けるために団結しよう。お互いが味方だって信じることができなければ、作戦なんて立てられないもの」


「あ、ああ。そうだね。じゃあ、二人で案を出し合おうと言いたいところだけれど、ちょっと木呂場刑事に話したいことがあるから、先にこのメモ用紙にアイディアを書き留めていてくれ。木呂場刑事には、推測を話しちゃいけないと思っていたけれど、水野アンディーが答えに窮した時に、外部から指示を得ていたという推測が当たっているなら、近所の防犯カメラに不審車が映っているかもしれない。確かめてもらえないか聞いてみるよ」


「あ、うん、行ってらっしゃい」


 莉緒が元気よく立ちあがった弾みで、ワークチェアがガタンと音を立ててデスクにぶつかった。


「あっ、ごめん。そそっかしくて。机に傷はついていないから大丈夫。奏太君くんは刑事さんと話してきて」


 莉緒が笑顔でドアを開け、奏太の背中に手を添えて部屋から押し出した。

 心なしか莉緒の顔が安堵しているように見えるのは、単なる思い過ごしだろうか? 

 奏太は訝りながらもぎこちない笑顔を返し、階下へと向かった。

 

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