第10話 アンドロイドディベロップメント 2-2

 研二はカチコチに固まった腕を何とか前に持ってきて、両腕を回して凝りを解すフリをしながら、そっと辺りに目を走らせる。目ざとい黒石が釘を刺した。


「新見博士、逃げようとしても無駄だ。この研究所にはガードマンが沢山いることを忘れずに。普通のガードマンと違って身体のどこかに傷のある連中ばかりだから手加減はできないと思ったほうがいい」


「裏組織と繋がりがあるということですか。僕はあまり関わりたくないな。このことは秘密にしますから、帰してもらえませんか」


「ケンディーを起動する方法を教えてくれれば、考えてもいいだろう」


「さっきから聞いていれば、ケンディーを動すことで世紀の発明がどうのこうのと訳の分からないことを言っていますが、僕の開発したものがどう使われるのか聞かせてもらいましょうか。無断で悪用されては敵わない」


「よかろう。だが口で説明するより実際見てもらった方がいいだろう。杉下が見様見真似で作ったロボットは、まだ不完全ではあるが、それを使った画期的な発明を見せてやる。杉下、脳神経外科医の林とお前のできそこないロボットをD室で待機させろ。博士は目隠しをして連れて行け」


 杉下はスマホで黒石博士の命令を部下に伝え終えてると、研二の目を布で覆った。杉下に腕を取られてのろのろと廊下らしき場所を移動する。右、左、右と曲がる方向を頭にいれるが、何本目というのが分からないのでは役に立たないだろう。


 自動ドアがスライドした途端、電子機器の音が耳に入る。目隠しを外され視界がクリアになってくると、研二の目には実験テーブルに寝かされた人型のアンドロイドと、いかめつい男に腕を取られ、引きずられるようにして部屋に入ってくる壮年の男が見えた。


「乱暴は止めてくれ。あなた方の味方になんか、なるつもりはない」


 掴まれた腕を振って逃れようとする林医師に、黒石が苛立った声で落ち着くように言った。


「林先生は牧田の実験に同意なさったはずだ。頂いたあなたのデータもアンドロイドに数度インストールして、既にあなたを構築済みなんだから、今更逃げようとしても遅すぎますな」


「寄生ウィルスは元来の方法で用いるべきだ。私が自分のデータをあなたがたに渡したのは、恐ろしい実験に加わるためじゃない」


 黒石と林の会話を聞いて、研二はかなり危険なことに足を踏み入れたのを悟った。


 —―寄生ウィルスだって? ただのウィルスとは違うのか? 一体黒石は何をしようとしているんだ? 


 研二はアンドロイドをより人間に近づけるため、人に関する研究発表なら何でも目を通す。つい最近目にしたのは、猫を宿主とする寄生虫で、人にも感染して支配しているのではないかと発表されたトキソプラズマだ。


 そういえば、あのリボンをつけた少女の絵は、見方によってはリボンが耳にも見える。そうか、あれは少女ではなく猫か!

 

 だとしたら、多分人に対して施されるのは、脳に影響する物質を白血球で運んで、本来の人物の行動とは異なる動きをさせることだ。

 研二が頭の中で次々と推測するのを、黒石の声が遮った。


「杉下、林先生をロボットの横に座らせろ。後がつかえているからすぐに始めるぞ」


「やめろ! やめてくれ!」


「暴れるな。往生際が悪いぞ。これ以上抵抗するようなら、君の家族を連れてきて、目の前でどれだけ君が素晴らしい実験に参加するのか見せてやろうか」


「何だって! 卑怯だぞ」


「被験者の情報を何度も取り込んで、より被験者らしくなったアンドロイドが発した寄生ウィルスは、被験者の身体に入っても異物だとは認められず、同じ物質と見なされ被験者の免疫機能のガードをくぐりぬける。しかもこのウィルスは、細胞を持った本物のウィルスではないから、余計に前頭前野に届くのが早い。そうだったな?」


 林は唇をかみしめそっぽを向いている。元はどんな研究のために知恵を貸したのかはしれないが、黒石によって歪められた実験体にされるのはさぞや無念に違いない。


 研二にとっても自分の開発したロボットを真似たものが、その実験に使われるとあっては他人事ではない。アンディーとケンディーが奴らの手に渡ったら、どうなるのかを確かめる必要があった。


「口を挟んですまないが、脳神経に関しては素人なので分かりやすく教えてくれ。前頭前野に寄生ウィルスが届くとどうなるんだ?」


「前頭前野は記憶を司り、感情をコントロールし、判断や応用する部位だ。そこに自分と全く同じ考え方や行動パターンの情報を与えて同調させる。目の前にいる人物が鏡に映ったもう一人の自分だと認識するのと同じ感覚でな。あとは、これから起きることを見ればいい。出来損ないのアンドロイドの力では、どのくらいの時間を保てるか分からないが、一瞬のうちに迷いはなくなるだろう」


 椅子に腰かけさせられ、いかつい男に肩を押さえられた林が、恐怖に顔を引きつらせた。


「さぁ、お前の家族を同じ目に遭わせたくないのなら、アンドロイドのスイッチを入れてお前をコピーするように命令を出せ」


「……っ、くそっ。汚い脅しをしやがって。分かった。コマンドを出すから、家族には手を出さないと約束してくれ」


「もちろんだ。能力の無い人間をしもべにしたって意味がない。約束をするから、早くコマンドを出せ」


 林がコントロールボックスのスイッチを入れ、アンドロイドに向かって自分をコピーしろとコマンドを出す。途端に感電したように林がびくりと揺れ、アンドロイドが林の顔に変貌し始めた。


 研二の開発したアンディーやケンディーとは違い、片方ずつ引き攣れたように変化する顔はまるでホラーのようだ。しかもコピーの仕方が甘く、ショーに出てくるそっくりさんという表現がぴったりとあてはまる。


 不安と緊張感が高まっていたために、綻びだらけのロボットがやっていることは冗談ではないのかと意識が逃げ道を探す。こんな時に抱く感想ではないが、これではお見合い代行を務めることは無理だろう。


 思わず緩みそうになった口元を引き締め、林医師に視線を注ぐ。アンドロイドの変貌を表情を強張らせて見つめていた林医師が、終わった途端に咄嗟に耳を両手で覆った。

 その手を掴んで引き剥がした黒石がほくそ笑みながら、強い命令口調を発した。


“Allez(アレ)!”


 聞き覚えのある言葉に研二はぞくりと肌が泡立った。

 研究所で杉下がケンディーに触れた時に感電したかと訊ねたあとに、「あれ」と言ったのは、たんなる物を指す指示語ではなく、フェンシングで試合を始める合図のフランス語だったと悟る。


 抵抗していた林医師は途端に動きを止め、黒石に向けられていた憎しみのこもった目もぼんやりとかすみががったようになり、アンドロイドへと流れた。同時にアンドロイドが口を開く。


「林幸雄。私が君のマスターだ。君は私のコピー。命令を聞くように」


「分かりました。林さん。命令に従います」


 まさか、人間とアンドロイドの立場が入れ替わった? 

 これがアンドロイド化するという意味なのか! 


 研二は激しく動揺した。敵に弱みを見せないようにするため、必死で自分を落ち着かせようとするが、上手く誤魔化せそうもない。

 それにしても、アンドロイドが勝手に命令を出すなんてと不審に思い、研二が黒石の方を見ると、手に持ったスマホに何かを打ち込んでいる。アンドロイドが再び口を開いた。


「では、黒石博士が新しく起こす事業に貢献するように」


「もちろん尽力します。黒石博士よろしくお願いします」


「ああ、新見博士のアンドロイド化が済んだら、脳の伝達物質や場所を教えてやってくれ。より精巧なアンドロイドを作り、脳を操れるようになれば、政治家や企業家をアンドロイド化して思いのままに動かすことができる。私はその頂点に立ち、日本はおろか世界を牛耳る王になれるだろう」


 自分の未来の姿を想像したのか、黒石博士が愉快そうに声をあげて笑った。 

 笑いが収まると、表情を一切変えずに林医師の後ろに立っていた厳つい男に、林を部屋に戻すように指示を出す。部屋に入ってくるときは抵抗していた林医師が、まるで操り人形のように黙って大男の後についていくのを見て、研二は信じられないとばかりに首を振った。

 いつの間にか身体の向きを変えこちらを見ていた黒石が、にやりと笑いながら研二に声をかける。


「覚悟はいいかね? 今度は新見博士の番だ。さぁ、ケンディーを動かしたまえ」


「ケンディーは気まぐれなんだ。杉下を使って、ケンディーにデータを入力する際に、外部入力ではできないように細工させたのは黒石博士ですよね。おかげで調子が悪くて僕でも手に負えないんです」


「嘘をつけ! 君の弟の奏太とケンディーは交互に入れ替わっているじゃないか。弟の方がケンディーの扱いが上手いというのなら、ここに連れて来るまでだ。さて、どうする博士? 全ては君次第だ」


 黒石をキッと睨みつけた研二は、頭を素早く働かせ、打開策の有無を探ろうとした。


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