第9話 事件発生 4-4
頭の中に研二とのあの会話を思い出すと肝が冷える。多分大丈夫だろうと思いながらも、確かめるまでは安心できないだろう。
冷静になるために、不安そうに見守る莉緒に話しかけた。
「くそっ! 細かいところまで想定して、アンディーに指示を出しているよな」
「でも、どうやって? 届けられたデータは人がチェックしているんじゃないの?」
「試作段階ではやっていたらしい。被験者には、平日は仕事から帰宅してからの日常生活を3、4時間ほど、土日は丸っと一日家で過ごたものを録画してもらうんだってな。最初はそのデータをアンディーに入力する前に、チームが一々確認していたそうだ。でも、全て確認されるとなると、チェックされるのを意識して行動が普段と違ってしまうと被験者から意見が出た。研究員だから承諾できることでも、外部の人間はプライベートを見られるのには抵抗があるに違いないと意見がまとまって、AIによる自動チェック機能に切り替えたそうだ」
「ああ、今朝、奏太さんから聞いた暴力などをチェックする機能のことね」
「うん、そのことだ。犯罪や暴力、宗教的なことなどをチェックして、問題があるなら見合い相手として失格になり、アンディーにインストールすることはないと聞いた。なのに、どうしてこんなことが起こるんだ? 牧田本人に会って何をしたのか聞きたいよ」
考え込んだ奏太に莉緒が声をかけた。
「兄から聞いたのだけど、実は牧田さんも行方不明になっているみたいなの。兄が副所長さんに設計図のことを聞くと言っていたけれど、ついでに研究所内でアンディーに細工ができそうな人間がいないか、内部のことも聞いてみる?」
「そうだな、それはもう少し後にして、まずはどんなことを探らなくっちゃいけないか考えないと。思い付きで訊ねて取りこぼしがあってもいけないし、誰がどんなことに関与しているか今は分からない状況だ。素人の俺たちが勝手に先走れば、犯人に言い分ける情報を与えてしまうかもしれない。俺たちにはプロのアドバイスが必要だ」
莉緒がキッと奏太を睨んで駄目だと首を振った。
「やめて! 警察に捜査を頼んだら、新見さんの命がないわ。さっき犯人の言葉を聞いたでしょ」
分かっていると答えながら、奏太はメモに、友人の高橋の父がサイバー捜査官であり、秘密裏にことを進める手筈を整えるつもりだということを書いて莉緒に知らせた。莉緒が深く頷く。兄の命を思う気持ちは嬉しいが、むきになって突っかかられると、何だか胸のうちがモヤモヤする。
「少し確認したいことがあるから、テレビをつけて、なるべく音を大きくして見ていてくれ」
奏太はテレビの音が流れ出すのを背中で聞きながら、電話台の引き出しからスマホ用のイヤホンを取り出してスマホに装着し、録音されたものを再生する。
莉緒たちには悪いが、聞かれてはまずいものを先に見つけて消去しなければならない。
それは、莉緒が来た初日に、莉緒の可愛さに浮かれた奏太が、ケンディーに入っているのにも関わらず、パルクールをやっていると言ってしまった時のことだ。
当然三十二歳の研二が趣味にするには無理があり、水野アンディーと莉緒から不思議がられて質問を受けたのを、研二が遮り、お茶をいれてくるようにと言い渡された。準備をしたところに研二がリビングのドアを開けてダイニングに入ってきて、奏太入りのケンディーをたしなめたのだ。
『まぁ、お前みたいに真っすぐな性格の奴に、人を騙せという方が無理なんだろうが、俳優になったと思って一週間僕を演じてくれよ。お茶は僕が持っていくから、お前は奏太に戻って莉緒ちゃんに挨拶してくれ』
あんな会話を残していたら、兄にとっては周囲を欺いたことで信頼を失いかねない。
頭の中でアンディーがいつ運び込まれたかを整理する。昼間研究所に呼び出された日だから、莉緒が到着する二日前に新見家に運びこんだんだったと考えながら、耳をすます。
その日の会話は入っていない。
次の日の会話は‥‥‥断片的に入っているが、聞き取れないものが殆どだ。ということはみんながいる部屋から遠いゲストルーム辺りに仕掛けられているのだろう。
スマホは会話を感知すると録音するように設定されているので、会話の頭だけを聞いて違うなら飛ばしていく。
問題の会話が録音されているとしたら、莉緒が到着した日だ。
その日には、リビングにも盗聴スマホが置かれたようで、朝の会話が耳に飛び込んできた。
莉緒が来るまでアンディーにこの部屋で待つようにと研二が指示する言葉が耳に入る。
緊張しながら会話を早送りして、ガチャンと音がするところで普通再生にもどした。
パルクールの発言に周囲が疑問を抱いたのを逸らすために、研二がお茶を乱暴にテーブルに置いた音だ。そしてケンディーにお茶を淹れ直すように頼んで、自分もダイニングに消える。
固唾を飲んで聴き入ったが、ドアが閉まった後は、ダイニングで小声で話した兄との会話は入っていない。奏太はホッと息をついた。
アンディーが盗聴器を仕掛けるとしたら、周りに人がいない早朝しかない。バッテリーつきのスマホを一度に何台も隠し持って、あちこちに仕掛けるのは無理があり、一日に一台ずつ増やしていったと思われる。
ただ、コンセントタップは小さいし、いつでも仕掛けられるはずだ。
そして、何より怖いのは、録音して後で依頼主に渡すスマホと違い、コンセントタップは盗聴している内容を、リアルタイムで外で受信することができることだ。
いつキッチンのコンセントに仕掛けられたのかは知らないが、初日に仕掛けられていたとしたら、聞かれてはまずい研二の言葉も拾われた可能性がある。
ドキドキしながら、コンセントタップの音の受信距離を検索する。半径5m範囲。コンセントタップが仕掛けられていたキッチンの壁際からダイニングのドアまでは、約二倍の距離はある。
他に送信機が仕掛けられていなければきっと大丈夫だ。まずは高橋の到着をまとう。
二時間後に高橋がやってきた。莉緒と挨拶を済ませ、高橋が大きな手荷物の中からゲーム機ではなく、盗聴器の探知機と受信機を取り出して、雑談をしながら四個の盗聴器を見つけて電源を断っていく。もういいぞと言われたときには、気が付かずに張っていた気が緩み、奏太は座っていたソファーから滑り落ちて床にペタンと腰をつけ、大きく息を吐いた。
奏太が見つけたキッチンのコンセントタップと食器棚の下のスマホの他に、高橋が見つけたのは、ゲストルームとリビングの扉近くのコンセントに差し込んだコンセントタップが一つと、ゲストルームとリビングのソファーの下から、それぞれモバイルバッテリーに繋がれたスマホ二台。ラスト一個の盗聴器は、スパイアプリが仕掛けられた莉緒のスマホだった。
やはり、莉緒のスマホに仕掛けられていたかと思いながら、奏太は確認のため、玄関ホールへ移動してから莉緒のスマホに電話をかけてみる。
もし部屋にしかけられた盗聴器が拾えば、離れている人の声は聞こえないか、小さくなるはずだが、二人の会話は、どちらの声もはっきりと同じ音量で録音機器として使われているスマホに送られたため、莉緒のスマホに盗聴器アプリを仕掛けらたのは明白となった。
莉緒は驚きのあまりおろおろして声もでないようだ。
高橋が莉緒のスマホからスパイアプリをアンインストールしてから、もう一度奏太との会話を試させ、録音機器には何も届かないことを確認した。
「気持ち悪いわ。私の会話が盗聴されていたなんて。一体誰がいつの間に私のスマホにアプリを入れたのかしら」
「羽柴さん、こんなことかわいい女の子に聞いちゃいけないかもしれないけれど、つきあっていた男性に恨みを買うようなことをしなかった? それと羽柴さんの秘密が今まで誰かに漏れていると感じたことはある」
「つきあっている人なんていないもの。アンディーの肌のバイオ研究のことぐらいしか漏れていけない秘密はないわ」
じゃあさ、と奏太が莉緒に話しかけた。
「アンディーの前で、パスワードを入れたり、スマホをテーブルの上に置いて他事をしにいかなかったか? 」
「それは‥‥‥多分、したかも。アンドロイドだからスマホを使うなんて思わなくて、メールに返信したり、電話をかけるときにアンディーの前でロックを外したと思うわ。それにお茶をいれるためにキッチンへ立ったとき、リビングのティーテーブルにスマホを置きっぱなしにしたわ」
「多分、その時にスパイアプリをインストールされたんだな。実はこの録音機器として使用されていたスマホは、水野アンディーの申告通り、コンセントタップと一緒にして牧田アンディーのチェストの中に隠されていたんだ。兄貴を誘拐したの犯人の痕跡を探すために、ウォークインクローゼットをひっくり返して調べていたときに見つけたんだけれど、いきなりスマホが点滅して、莉緒ちゃんと羽柴社長の声を録音し始めたときには、心臓がバクバクしたよ。話し声がしたときに電源が入り、録音するように設定してあったんだろうな」
「ああ、だから奏太君は牧田アンディーに、いつ仕掛けたのかって聞いたのね」
最初から犯人が牧田だと分かっているような奏太の質問に、莉緒は疑問を感じていたようだ。そして背後に迫った犯罪者たちの気配と物的証拠を前にして、莉緒が身震いする。心配した奏太が声をかけるより早く、高橋が横から口を挟んだ。
「ちょっと待て、奏太。誘拐ってどういうことだ? それが一番大事だろ」
奏太と莉緒は、高橋に詳しい状況を語ったが、語らなかったこともある。
奏太は自分がケンディーの中に入れるということを。
莉緒は、研二の趣味であるパルクールを奏太もやっているのに、なぜかみんなには秘密にしていることを‥‥‥
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