第9話 事件発生 3-4

『実は牧田君が昨日から出社していないそうだ。電話やメールでの連絡が取れないから、今日同じチームのリーダーが彼のマンションに訪ねていったのだが、応答はなかったらしい』


『えっ? 牧田さんが? ……一体何が起きてるの? そういえば、牧田アンディーが、半年前にお兄ちゃんに出したウィルスの企画書の返事がもらえないから、私からも推して欲しいって頼まれていたけれど、お兄ちゃんは見た?』


『半年前にウィルスの企画書を? いや、覚えがないな。牧田君からは何も上がってきていないはずだが、他の者にも確認してみる』


『アンディーの設計図は、お兄ちゃんも持ってるの?』


『持っていない。新見が極秘に管理している。アンディーの皮膚を莉緒が開発したように、機械部分を除く一部のパーツは、他の担当者が設計して、データーは研究者同士で共有していると聞く。だが、基本は全て新見が開発したもので、他に漏れないよう厳重に管理しているから、何かあった時にどうするかは副所長と取り決めてあるらしい。これから連絡を取る。莉緒も荷物をまとめて待っていなさい。迎えに行くから』


『待って、切らないで。あのね、奏太君のことなんだけど』


『奏太君? ああ、新見の弟か。君づけで呼ぶなんて、ずい分親しくなったんだな。彼がどうした? 』


『あれっ? ほんとだ。私いつのまに君づけで呼んで……ううん、そんなことじゃなくて、ケンディーもだけど、奏太君も少しおか……』


 おかしいと続くはずだったのだろう言葉が、カタンという音に遮られた。

 驚いた様子の莉緒が振りむいて、奏太に蹴られたハサミが壁に当たって廊下で回転しているのに気が付き、恐る恐る顔を上げて奏太を見る。厳しい顔の奏太を認め、莉緒が羽柴にまたかけると断りを入れて電話を切る。

 奏太は無言のままキッチンのあちこちを探り、コーヒーポットの差し込み口に必要のないコンセントタップを見つけて引っこ抜いた。


「何しているの」


 莉緒が訊いた途端に、奏太の持っているスマホが点滅して着信状態になる。

 何をしているのかは教えずに、奏太は隙間という隙間を覗きながら、莉緒に問いかけた。


「どうして、一階にいるアンディーと君がさらわれずに、兄貴と二階に寝かせてあったケンディーがさらわれたんだ? カギを開けたのは君か?」


「違うわ。あの、私もちょっと出かけていて、さっき帰って来たばかりなの。アンディーは二階のクローゼットに隠れていたらしいの」


 さっきまで比較的きれいに聞こえた声が、動く方向によってノイズが混じることに気が付き、奏太はアンティーク調の食器棚に近づいた。

 莉緒が答え終わると、スマホも沈黙する。奏太はまた莉緒に問いかけた。


「莉緒ちゃんが、アンディーの面倒を見ると言ってくれたから、俺は出かけられたんだ。それなのに一体どこをぶらついていたんだ?」


「ご、ごめんなさい。ドーナツがどうしても食べたくなって、買いに出かけたの。もちろん新見所長には許可をもらったわ」


 莉緒が喋っている間に、翔太がしゃがみこんで食器棚と壁の隙間を覗き込み、手を突っ込んで通話中のスマホを引きずりだした。ずるずると音がしてスマホに繋がれた薄型のモバイルバッテリーが現れる。

 多分実験中の一週間の通信を優に賄える大容量モバイルバッテリーに違いない。


 質問に素直に答えていた莉緒も、さすがに翔太の質問と動作の食い違いに疑問を抱いたようで、奏太が食器棚の後ろを覗き込んだ時に、傍にやってきてしゃがみこみ、じっと何が出てくるのかを見守っていた。

 まさかスマホが現れるとは思ってもいなかったようで、かなり驚いている。


 今にもこれは何かと質問しそうな莉緒に、奏太が人差し指を自分の唇にあて、何も言わないようにと示してから、電源をオフにする。用心には用心を重ねスマホのサイドからSIMも抜き取った。

 自分のスマホをポケットから取り出し、高橋にSNSを送る。


[至急一人で遊びに来てほしい。盗聴されているかも。それとさっきのパーティー楽しかったな]


 最後の文章はパルクールをしていたことを言うなという意味を込めたのだが、察してくれよと願わずにはいられない。休憩中だったのか高橋がすぐに電話をかけてきた。


『よぉ、何か意味深なメッセージだな。ふざけているんじゃないよな?』


「いや、全然! なぁ、俺心細くってさ。一緒にいる莉緒ちゃんも今日で帰るかもしれないし、泊まりにきてくれよ。あっ、保護者は無しだぞ」


『キモイこと言うなよ。親父からゲーム機を借りて持っていってやるから、少し大人しくしてろよ。そうだ、彼女さんにもまだ居てもらって。俺会ってみたいから。一緒にゲームをしようって伝えといて』


 高橋の電話が切れると、奏太は自分のスマホから羽柴社長に電話をかけるように莉緒に言った。何かあった時の為に、番号を交換しておいた方がいいと踏んだからだ。

 見慣れない電話番号だと兄はでないかもしれないと莉緒は言ったが、今は事件の真っ只中で、どこから何の連絡が入るか分からない状況だったせいか、羽柴はすぐに電話に出た。


「お兄ちゃん、ちょっと奏太君と話したいことがあるから、もう少しここにいる。心配しなくていいから」


 奏太はふとあることに気が付いた。莉緒と話している羽柴社長の声はくぐもって聞こえる。でも、さきほど莉緒が自分のスマホを使って羽柴社長と話しているのを、アンディーのスマホ越しに届いた時には、莉緒も羽柴社長の声もかなりクリアだった。

 まさか、莉緒のスマホに何かしかけられている? 

 奏太はメモにそのむねを書いて莉緒に見せ、莉緒のスマホを使わないように頼んだ。


 奏太はダイニングからリビングへ移動して、ソファーに腰かけていた牧田アンディーの名前を呼んだ。途端に手の中のスマホが録音状態になる。

 アンディーの目の前にバッテリーつきのスマホを突き出し、見覚えがあるか聞いてみた。

 ぎこちなく揺れる瞳。

 こんな時はこの精巧さを褒めるよりも、アンドロイドを犯罪に使うなんてと、背後の人間を呪ってやりたいくらいに怒りが涌いた。


「誰から頼まれた?」

「言えません」

「いつ仕掛けた?」

「……」


 牧田アンディーの目が閉じられ、完全にスリーブモードに入った。

 テーブルの上のリモコンを操作して、水野アンディーに切り替え起動する。

 頬骨が出て、切れ長の目へと変化を遂げた水野が目を覚ました。


「奏太さん、莉緒さん、こんにちは。お二人共どうかされたのですか? 何だか怒ったようなお顔をされていますが」


「これに見覚えはあるか?」


 奏太は牧田にしたのと同じように、水野の前にモバイルバッテリー付きのスマホを突きつける。水野は首を傾げて考えた末、思い出したように言った。


「牧田さんのスマホじゃないでしょうか?」

「どうしてそう思う?」


「……………着替えの時に、間違えて牧田さんのチェストを開けてしまったのです。そしたらこれが見えたんです」


「饒舌な水野アンディーにしては珍しく、答えるのに時間がかかることもあるんですね」


「そ、それは…………割り当てられたチェストを間違えたばかりでなく、勝手に見てしまった他人のものを告げ口をするのが、憚(はばか)られたからです。莉緒さん、私は普段は口が堅い男です。誤解をしないでくだ……」


「もういい! ちょっと黙ってくれ。呼び出して直ぐで悪いが、また眠ってもらう」


 リモコンの操作でスリーブモードに入った水野アンディーをリビングのソファーに残して、奏太は莉緒とともにダイニングルームに戻った。

 ドアを閉めてから、くそっ! と小声で悪態をつく。

 手の中のスマホの録音ランプはつかなかった。ということは、リビングとダイニングを隔てるドア付近には盗聴スマホは仕掛けられていないか、小声なら聞こえないということか。


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