第9話 事件発生 2-4
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駅から家へと向かう途中で猛スピードで走り去る車が見えた。
T字路だったため、真っすぐ進んでいった白いセダンの横っ腹しか見えなかったが、国産車の普通のセダンだったような気がする。
奏太は性能の良い国産車に乗ることに何の抵抗も感じないが、この高級住宅街に住んでいる者たちの乗用車は外車が多く、国産にしてもハイグレードの特別仕様車ばかりだ。
高級住宅を冷やかしに来た学生というところか。それにしても危ない運転だと思いながら、奏太は焼けたアスファルトの上をジョギングがてら走っていった。
家に近づいたところで違和感を覚え、門の外に設えた来客用の駐車場まで走る速度をあげる。白いコンクリートの上には、朝にはなかったタイヤの跡がくっきりと残っていた。まるで急発進したかのようだ。
嫌な予感がして、急いで門の方に回り手で押してみる。オートロックのかかる扉は外からは開けられないはずなのに、すんなりと開いた。
警報機が切られている!
奏太は戦慄した。
もし、誰かが無理矢理ドアや窓をこじあけて侵入した場合、警報機が鳴り響き、解除するまで音は止まない設定になっている。もちろん音で威嚇するだけではなく、契約している警備会社に連絡が行くと同時に、研二と奏太のスマホのアラームも鳴るようにしてあった。
大きなTシャツの裾ごしにドアの取っ手を掴んで回す。
やはり、こちらも鍵はかかっていなかった。
耳を澄ますと、奥で電話の音が聞こえる。さっと靴を脱ぎ、大股に歩きながら突き当りにあるキッチンの扉へと向かう。玄関ホールから廊下に進んだすぐ右手にはゲストルームがあるが、開いた扉越しに牧田アンディーが隣のリビングに入ろうとするのが見えた。
とにかく電話にでるのが先決だと思い、キッチンのドアを開く。
ヒュンと目の前に何かが飛んできた。
咄嗟に横に飛びのき、耳をかすめた物体が後ろで音を立てるのを振り向きもせず、ドアの陰から中を覗く。
「莉緒ちゃん、何やって……」
奏太を見た途端、強張った莉緒の顔に安堵の表情が浮かんだ。
莉緒は震える人差し指を口元で立てると、電話の受話器を取って耳に当て、もう片方の手で持っていたスマホを受話器に寄せた。
ただならぬ様子に息を飲んだ奏太は、足音を忍ばせて莉緒に近づき、電話の声に耳をすませる。
「もしもし‥‥‥」
『‥‥‥ザーッ‥‥‥ザーッ‥‥‥新見研二を預かった。警察に言えば命が無いと思え』
受話器から漏れた甲高い機械的な声を聞き、奏太は最初悪戯電話かと思った。
ふと傍らに立つ莉緒の青ざめた顔を見て、現実だと思い知り、殴られたようなショックを受ける。来客用の駐車場に残ったタイヤの跡、オートロックの切れた門とドアが、頭の中で瞬時に繋がった。
「新見所長を…どうするつもりですか? 目的は何?」
たどたどしく莉緒が尋ねると、相手が設計図だと答えた。
『ケンディーの設計図を用意しろ。詳細は後日。警察に言えば新見の命はないことを忘れるな』
「あの、ちょっと待って! 設計図なんてどこにあるか知らな……」
電話が切れたことが分かり、奏太は二階へとダッシュした。
一番手前にある研二の部屋のドアは開けっ放しで、床の上に散乱した本や紙から、もみ合った跡が見られる。
机の引き出しや、棚という棚、クローゼットの中まで引っ張り出してあるのは、設計図を探したからか。
「兄貴……嘘だろ?」
奏太はまだ信じることができず、廊下の両側にならんだ部屋を通り過ぎ一番奥の自分の部屋に走っていく。
扉の鍵は壊されていた。
奏太のベッドと並んで置かれたケンディー用のカプセルに、寝ているはずの本体が見当たらない。
「やられた! ケンディーまで奪われた!」
叫びながらベッドの下や、ウォークインクローゼットの中をチェックし、再び廊下へ飛び出して、アンディーを充電するための隣の部屋に入った。
アンディーは今のところ欠陥が見当たらないので、アンドロイドの状態をチェックするカプセルは運び込んでいない。
どこかが破損して不具合が出た場合、そのカプセルでアンドロイドの全身の内部を透視でき、問題の箇所を知らせてくれるホームドクターの役割をする大切なものだが、ケンディーのカプセルはアンディーにも適用できるので、今のところアンディーは、普通のベッドに寝かせて充電用のプラグを差し込めば事足りていた。
もし、アンドロイドに接触不良などの不具合が起きたなら、簡単な個所であれば研二がこの家で直すし、無理ならラボへ情報が送られ、すぐさま修理の手配が整えられる。
ただし酷くなってから見つかるのではダメージが大きくなるので、カプセルの代わりに携帯用のコンパクトバイタルチェック機器を、持ち運び用のボックスに入れてベッドの脇においてあった。
それが見当たらない。
アンディーの荷物がしまわれているウォークインクローゼットを覗いて、二つ並んだチェストの引き出しを手当たり次第に開ける。全ての衣類を鷲掴んで床にばら撒いた。
ゴトンと大きな音がしたのは、飾り気のない服の束を放った時だ。
奏太はしゃがんで牧田の衣類をかき分けた。
指に当たった固い感触。衣類ごと掴んでひっくり返して目の前に晒す。心臓が嫌な鼓動を刻んだ。
「コンセントタップとスマホ? しかもモバイル充電器付きだ。何でこんなもの持ってるんだ?」
奏太はまず、差込口が三つあるキューブ型のコンセントタップを摘まみ上げ、角度を変えて目視してみた。
表面上は何の変哲もないものでおかしなところは見当たらない。
アンディーが二体いて、電子機器を使いまくるなら差込口がいくつもあるコンセントタップは必要なのだろうが、二つの人格を持っていてもアンディーは一体だけだ。
朝起きる時はタイマーを合わせて自分で起床するように設定してあり、中身が入れ替わるときの着替えの時間以外は、階下で莉緒や自分たちといる。
だいたい夕食時の七時前には二階に誰かが付き添っていき、スリープモードに設定する。
コンセントタップなんかいるはずがないのだ。
自分のスマホで検索すると、出てきた画像にみぞおちがヒヤリとした。
秘密の実験を行うため、参加者と事前にかわした契約書には、本人またはアンディーを操作しての録音・録画はしないこと、羽柴社長以外の人間に内容を漏らさないことを約束してもらっている。もちろん破った場合には法的な措置やそれなりの重い罰則があることも告知してある。
早急にコンセントタっプの中身を調べなければと思ったとき、裏返しになって床に転がっていたスマホが点滅し、ウォークインクローゼットの床に小さな光が瞬いた。
表示は録音になっている。解除して耳に当てた。
『途中で切ってすまなかったな。莉緒、実験を切り上げて家に戻ってきなさい』
羽柴社長の声?
何だこれは⁉ 奏太は愕然とした。
アンディーのスマホを耳にあてながら、音を立てずに急いで階下へと降りていく。開け放った廊下の先にあるキッチンへの入り口から、莉緒の相槌が聞こえた。
アンディーのスマホからは莉緒の相槌だけではなく、羽柴社長の声まではっきり聞こえることに脚が震えそうになる。
床に落ちたハサミを踏まないようにして、キッチンの扉からダイニングを覗いてみると、こちらに背を向けた莉緒がスマホで話しをしていた。
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