第8話 奏太の秘密 2一3


「あんた、サイテーだな! 兄の威光を借りて、逆らえない部下の牧田さんに買い物を頼むなんてどこのお姫さまだよ。しかも、あれは企業秘密のアンドロイドだぞ。外出させてライバル社にさらわれでもしたらどうする気だ? ちょっとかわいいからって、いい気になるなよ」


「な、何よ。そんなにずけずけ酷いこと言わなくたって‥‥‥」


 言いかえしたくても、それ以上言葉が出てこない。確かに奏太の言っていることは的を得ているし、アンドロイドがどこまで忠実なのか試そうとする方に気ばかり働いて、アンディーが狙われることなんて考えもしなかった。


「ご、ごめんなさい。ほんとだ。私、最低」


 牧田アンディーを牧田アンディーを追いかけてさっきの望みを取り消さなくっちゃ、と慌てて席を立つ。奏太の横をすり抜けようとしたら、腕をがしっと掴まれた。


「どこに行くんだ? 牧田アンディーに泣きついて、奏太にいじめられたから、仕返ししてとでもいうつもりか?」


「ち、違います! いくら私が意地悪なオーダーをしたからって、アンドロイドに暴力を振るわせるほど無知じゃないわ。そんなことしたら人間の奏太さんなんて瞬殺されちゃうもの。それに人に危害を加えようとしたら、アンドロイドは急停止するように設計されているんでしょ? 仕返しに使うことなんてできないわ」


「羽柴社長から聞いたのか?」


「ええ。疑似お見合いだからと言っても、相手には男性のデータが入っているでしょ。襲われることはないかと心配になったの」


「ああ、そういうことか。さすがにお見合い相手に性的なものを見せたら、アウトだということぐらい普通の男性なら分かっていると思うよ。それに、一応見合いする前に、暴力や性的なことが含まれていないかというデータチェック機能はついているんだ。そういった意味で襲われることはないから安心していいよ。で? どこに何しに行くんだ?」


「牧田アンディーに謝りにいくの。相手がアンドロイドだからって、人のデータを入れてある以上、疑似的な怒りや悲しみの感情があるはずよね? 今回は実験中だから、牧田さんご自身にこの家での記録を見せることはないと聞いているけれど、万が一耳に入ってしまったときに、私のことで兄との間に溝を作ってほしくないもの」


「ふぅ~ん。アンドロイドに無茶な言いつけばかりしているから、性格に問題があるんじゃないかと思い始めていたところだったよ。一応常識はあるんだな。まっ、見合いを押し付けられて面白くないのは分かるけれどさ、あと四日ほどの辛抱だ。実験に貢献しているんだと思って、役割を果たしてやってくれよ」


 一応常識はあるのかといういかにも見下した言い方に、莉緒はカチンときたが、実験といいつつアンディーたちを困らせていたのは事実なので、反論もできない。素直に分かったと頷いた。

 それに、厳しい言葉に続いて、莉緒の立場を考えてくれたところを見ると、奏太は結構冷静にものごとを判断できるし、フェアで思いやりもあるようだ。

 最初の印象が頂けなかったのと、兄弟なのに兄の研二と正反対の容姿が仇になり、莉緒の頭の中には、奏太に対する苦手意識が住み着いてしまったのだろう。

こうして見ると背も高く、鍛えられた身体に野性味のある奏太の顔だちは、悪くないと思えるから不思議だ。


 新見所長を好きだと言っている手前認めたくないけれど、ひっきりなく誘いの電話が入ることから考えても、奏太の顔は悪くないどころか、女性からみたらかなり魅力的なんじゃないかと思う。

 ほら、また電話がかかってきたと耳をそばだてると、スマホから漏れてきたのは女性からではなく男性の声だった、


『奏太。せっかく夏休みに入ったんだから家にこもってないで、今日は出て来いよ。いつものところ押さえたから一時間後に集合な』


「おい、高橋、今は客が来てるからダメだって……ああ、切っちまった」


 やれやれと肩を竦めて、断りの電話をかけなおそうとする奏太に思わず声をかけた。


「私に遠慮しないで、遊びに行ってきたら? 牧田アンディーにはきちんと謝っておくし、新見博士も家にいるんでしょ。私のお守りなんてすることないわよ」


「えっと……いや、お守りとか思ってはいないけど……じゃあ、お言葉に甘えて午前中は出かけてくる。兄貴に頼んでおくから、困ったことがあったら言って」


 どこに出かけるのかはしらないけれど、なんだか途端にソワソワし始めた奏太が、散歩に行く大型犬のように見えた。尻尾があったらブンブン振っていそうだ。素直な 態度がかわいくて、つい構いたくなった。


「どこに行くの?」

「サークル仲間とパ……」

「パ?」


「パ…パーティーに」

「パーティーって夜にするものじゃないの?」


「あ、ああ普通はね。今回は、みんなの都合で午前中にするらしい。そうだ、もしさっきのドーナッツが食べたいのなら、帰りに買ってこようか?」


「ううん、いい。午前中で終わるパーティーなんでしょ? 期間限定品の売り出し時間は、午前中一回と後は十四時だから、ずっと外にいなくっちゃいけないわよ。彼女とデートで寄るつもりなら、ついでにお願いするけれど、誰に買っていくか彼女に怪しまれるわよ」


「彼女なんかいないよ」


 むすっとした顔で奏太が素っ気なく言い返す。そうは聞いても、もう何人もの女性からかかってきたスマホに疑わしそうな視線を走らせると、奏太が莉緒の言いたいことを理解したようだ。


「俺は、見てくれだけで近寄ってくる女には興味はない。一応俺だって男だから、最初は誘ってくる女性と付き合ったよ。でも頭の中身は俺も兄貴とそう変わらないから、研究の方が大事なのかってフラれるんだ。今は性格が合う人を探している最中だ」


 あまりにも意外な言葉が返ってきて莉緒は驚いた。

 どうやら奏太は女性とは真面目な付き合いを望んでいるらしい。

 外見だけで奏太が遊び人だと判断した自分も、奏太が敬遠する女性たちと何ら変わりがないと思い、罪の意識がチクチクと心に刺さった。


「あ、あのね。私も理系だから、周りに女の子あんまりいないせいか、モテたこともあるの」


「はぁ? ああ、女の子ばかりの学科でも、莉緒ちゃんなら目立ったと思うし、もてたと思うよ。えっと、それが何……」

いきなり何を言い出したのだろうと訝しんではいるが、奏太の態度にバカにしたり邪険にする気配は感じられない。勇気を出して続けた。


「自慢したいわけじゃないから、聞いてね。多分私が、男子学生たちの中で何もせずに微笑んでいるだけのマドンナ的な存在だったら、問題はなかったんだと思う。でも、研究に没頭して成果を出した途端に空気が変って、女のくせにとか、せっかくかわいい顔してるのに中身が科学記号でできてちゃ、男は誰も相手にしないとか、嫌味を言われるようになったの。だから、奏太さんの気持ちは良く分かる。勝手に好意を持っておいて、自分が思った通りの人じゃないと文句を言われても、戸惑うし、嫌な思いをして傷つくもんね」


 奏太の目が見開かれた。

 心なしか耳が少し赤くなったような気がする。


「あ、ああ。ありがとう。その……俺に比べたら莉緒ちゃんの方がよっぽど嫌な目にあってるんだな。自分の能力が足りないからって、女の子に八つ当たりするなんて最低ヤローだ。今度言われたら俺に電話しな。同じ大学にいるんだから駆けつけて怒ってやるよ」


「う、うん。ありがとう。こ、困ったら、頼るかも」

 なんか調子狂う。

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