第6話 初顔合わせ 1-2

 

 年代を感じさせる鋳物の門戸の前に立ち、羽柴莉緒は深呼吸をした。門の中に建つ洋館と同じ煉瓦でつくられた門柱のインターホンに手を伸ばす。


 ピンポーン


 莉緒はモニターに映る自分の顔を意識して、普段は研究で凝り固まっている表情筋に喝を入れ、何とか笑顔を浮かべた。

 これから新見さんと一つ屋根の下で一週間暮らすと思うと、緊張と期待でどうにかなってしまいそうだ。


 本当なら新見研二をコピーしたアンディーが羽柴家に届けらる予定だった。莉緒とのお見合いの様子は、アンディーの内臓カメラによって音声とともに録画され、逐一新見に送信されるはずだった。

 なのに、アンディーの動作や表情を含めた全てを観察したいから、莉緒に新見家の方へ来て欲しいと新見から申し入れがあったのだ。


 幸いにも新見家は、祖父母の代に建てられた大きな洋館で部屋数があり、莉緒とアンディー二体に一部屋ずつ提供しても余裕があるらしい。しかも、新見の両親は海外の大学で教鞭をとっているため、他の人の目を気に掛けることなく疑似お見合いを記録できるそうだ。

 新見研二が一人で住んでいるのなら、兄はイエスと言わなかっただろうけれど、新見家には莉緒と同じ大学三年生で、新見所長に匹敵するほど優秀な弟の奏太が同居しているらしい。


 十一月生まれの莉緒は二年飛び級しているので今十八歳だが、奏太は二歳年上の同級生だから話もあうだろうと兄がオッケーを出したのだ。

 何となく、兄のあわよくばという魂胆が透けて見えそうだが、この際、奏太がいようといまいと莉緒には関係はなく、ただ新見所長と一緒の家で生活できることが嬉しくてたまらなかった。


「莉緒ちゃん、いらっしゃい。どうぞ中へ入って」


 インターホンで新見の声がしたのと同時に、ステンドグラスをはめ込んだ大きな木の扉が開き、現れた新見が石畳のアプローチを歩いて来る。

 瞬間移動でもしたのかと驚いている莉緒に向かって、新見が門越しにぺこりとお辞儀をした。


「初めまして。俺‥‥ぼ、僕は新見研二をコピーしたアンドロイドです」


「えっ? 嘘! アンディーなの? 眼鏡まで一緒のをかけてるのね。ほんとそっくり! 新見さんそのものね。すごいわ」


「えっと、弟も新見という苗字なので、お…僕のことはアンディーと研二を合体させてケンディーとでも呼んでください」


 バコッと音がして、アンディー、いや、ケンディーの頭が傾いだ。いつの間にか後ろから近づいていた本物の新見が頭を叩いたようだ。


「バカか。何がケンディーだ。僕はそんな軽いジョークは言わないぞ」


「だ、だって、にい…新見さんじゃあ、表面通りの付き合いしかできないじゃないか……じゃないでしょうか?」


「僕は莉緒ちゃんとは本当に仲良くならなくていいの。あくまでも複数のデータを入れたアンディーとの比較に必要なだけだから」


「そんなこと言ったって、アンドロイドの俺…僕には曖昧さは理解できません。比較データを取るなら、もう一体と同様にお見合いモードで接した方がいいんじゃないの?」


「お前は、ああ言えば、こう言う。全く昔から……じゃなくて、コピーしたときから……」


「あの~~。同じ顔同志で漫才をするのは、見ていて面白いですけれど、止まらないようなので、先に中に入って見学させてもらってもよろしいでしょうか?」


 莉緒が恐る恐る口を挟むと、新見もケンディーも莉緒の存在を忘れていたように、ハッとして振り返った。


「あ、ああ。ごめんね。ちょっとコメディー映画を見た後のノリでアンディーに接していたら、僕らしからぬものができちゃって……ケンディー、お前あんまりしゃべるなよ」


 あははと引きつった笑いを浮かべた新見が、門を開いて莉緒を中へ通す。アプローチを玄関に向かって歩く二人の後ろから、新見の命令を忠実に守るケンディーが黙ってついてくる。背の高さはアンドロイドの方が少々高いのだが、本当に瓜二つなので、服装が同じだったら見分けがつかないかもしれない。


「何か、新見さんの意外な面を見られて、得した気分です。いつもはこんなにフランクで、親しみやすい性格なんですね。あっ、普段が取っつきにくいとかじゃないですよ。仕事のパートナーである兄の妹として接してくださっているのは分かっていますから」


 莉緒が親しみを込めて新見に話しかけると、曖昧に笑った新見が、笑顔同様に言葉を濁す。


「その、アンディ…ケンディーのことなのですが……まだ調整がついていない個体なので、一時間か二時間ごとに休ませる必要があるのです。その間は、もう一体の複数のデータが入ったアンディーと過ごして頂くことになります」


「えっ? どこか悪いのですか? とても人間らしくて、アンドロイドということを忘れてしまいそうになるほど、素晴らしいできだと思いますけれど」


「ええ、より人間に近づけるために、開発中なのです。ゆくゆくは人の身近に置いて、家事や介護に適するヒューマノイドロボットを作るつもりで、人の喜怒哀楽や行動パターンを学ばせるためにに、色々な人間からデータを集めているのです。一般化するには資金が必要なので、まずは資産家を相手にお見合い代行ロボットとして、資金繰りとデータ収集を両立させるつもりです」


「さすが、新見博士! 私も大学を卒業したら、ヒューマノイド・テクノロジー・ラボラトリーに入れて下さい」


「大学院も行かれるのでしょう? まだまだ先の話だから、もっと興味を持つ就職先が現れるかもしれませんよ? またその時に興味があったら、お兄さん経由でおっしゃってください。今のところ、弟の奏太もH・T・Lには入る気でいるので、実現したら兄弟同士共に仕事でタッグを組むことになりますね。後で奏太を紹介しますね」


「はい。楽しみにしています。弟の奏太さんは新見さんと似てらっしゃるのですか?」


 玄関ホールで靴を脱ぎながら莉緒が尋ねると、ドアを閉めていたケンディーがなぜだか振り返ってこちらを見る。ロボットなのに一々反応が人間的で面白いと思った莉緒は、ケンディーに笑顔を向けた。


「なんだかケンディーが答えたがっているみたいだから、お願いするわ。奏太さんについて教えてちょうだい」


 えっと、と困ったようにケンディーが新見の顔を窺う。

 何だろう? 弟は答えられないほどの問題児だから、しゃべっていいか新見の確認を取っているのだろうかと莉緒は注意深く一人と一体の顔を交互に観察した。

 新見が頷くと、ケンディーがホッとしたように頷く姿が親子や兄弟みたいで面白い。


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