第5話 ハプニング 2ー2

「えっと、俺が五歳か六歳のころ、兄さんの部屋に入ったら、慌ててパソコンの画面を隠したけれど、とってもきれいなお姉さんがなぜだか服を着ないで映ってたってのはどう?」


「お、お前、そ、そんなことをよく覚えていたな。あれは……その……思春期の勉強を……いや、他にも話してくれ」


 高校生時代の秘密を暴かれて耳が赤くなっている研二を前に、同じ顔のアンディーがにやにやと笑っている。傍からみるとシュールだが、本人たちの内面はいたって真剣だった。


「じゃあ、俺が初めて彼女を家に連れてきたときのことはどうだ? ちょうど兄さんが忘れ物をとりに大学から戻ってきて、俺の彼女が兄さんのことカッコいいって言ったんだ。そしたら、ご親切にもケーキを差し入れしてくれたよな? 覚えてる?」


 目を伏せてその時のことを思い出しているのか、研二の口元に笑みが浮かんだ。


「普段は俺の男友達が来ても、おやつなんかだしてくれたことないのに、兄さんも男だなって可笑しかったよ。でも俺の彼女なのに、兄さんを褒めたことが悔しくて、ろくにお礼も言わなかった気がする」


「お礼を言うどころか、彼女はダイエット中なんだから、こんなものを差し入れないでくれと文句を言われたぞ」


 懐かしい思い出に、お互いの顔が緩む。研二が分かったというように頷いた。


「良かった。お前が無事でいてくれて。でも、どうしてこんなことが起きたんだ? 原因を突き止めないとお前を元に戻せない」


「兄さん、俺の仮説を聞いてくれる?」


「ああ、何だ? 言ってみろ」


 奏太はアンディーの創作を手伝ったわけではないので、あくまでも勘だと前置きをして語り出した。


「まずは、このアンディーのバグは外部受信したことを上手く頭脳に伝達できないために起こったことと仮定するよ。だから、兄さんはアンディーにダイレクトに自分の顔を読み取らせた。でも、直接データを入れる場合、前のデータを削除しないといけないことを知らなかった俺は、兄さんをコピーしたままのアンディーに自分を複写するようにコマンドを出してしまった。ここまではいいね?」


「ああ。その通りだ」


「兄さんがさっき言ったけれど、アンディーは人間に危害を加えないようにプログラムされているんだよね? 俺がここに入ったのはそれが原因の一つだと思うんだ」


 研二が怪訝な顔で、奏太の入ったアンディーを見つめる。研二の眼鏡のレンズに映っているのは、奏太の考えを語る兄の顔を模したアンディーだ。自分が喋っているのに兄の唇が動くのを、奏太は不思議な思いで眺めながら続きを話した。


「人間も含め生物は電気エネルギーで生きていて、魂だとかはまだ説明がつかないものであることは兄さんも知っているよね」


「科学的に証明されてきてはいるが、それが何だ?」


「まぁ、聞いて。外部受信が上手くいかないアンディーに、俺が禁止事項である二度目の顔の複写のコマンドを出した時、アンディーの中で、受け入れと拒否がぶつかり合って磁場を作ったとする。ただでさえ不具合のアンディーが、複写しろというコマンドを被写体を取り入れることとして働きかけてしまったらどうなる? しかも俺の中の生命電気エネルギーと波長があって幽体離脱をしてしまったら?」


 研二はそんなことがあり得るだろうかと首を傾げたが、考えても他に例がないケースなので答えを見つけられず、難しい顔のまま先を促した。


「アンディーは人に危害を加えることは禁止されているから、電気エネルギーに変わった俺を跳ね返すことはできなかった。どうしてかっていうと、拒否すれば放り出された魂は、空中で放電して霧散してしまう。そして形骸化した俺の身体が死に至るからだ。本来ならアンディーは被写体の容姿と性格を同時にインプットするのに、性格の方はまだだった。人間を殺せないアンディーは、前のデータを一旦削除する必要がある顔の部分はそのままに、未入力の性格スペースに俺を取り込んだっていうのが俺の推測」


「なるほどな……うん、面白い考えだ。だとしたら、元々最初に複写された俺がコマンドを出せば、お前は元に戻れるかもしれない」


「えっ? それは思いつかなかった」


 奏太が驚いている間に、研二がアンディーに向かって、奏太の魂を元の身体に戻せとコマンドを出した。エレベーターが急激に下がるような気圧の変化を感じた奏太が、吐き気を感じて目を閉じた途端、ヒュッと吸い込まれるように空間を移動した。

 普段は意識もしないドクドクとした心臓の音に目をあければ、奏太は自分の身体にもどっていた。


「すっげ~~~~~! 世紀の大発明じゃん!」


 床から飛び起きた奏太が叫ぶと、兄が苦笑しながらも、ふぅーと安堵のため息をついた。


「どうなることかと心配したのに、お前は本当に能天気だな。下手をしたらアンディーの中から出られなくなっていたかもしれないんだぞ」


「俺が研究者の卵じゃなかったら、ただ単に怯えただろうな。でも、世界をあっと驚かせるようなことを発見したんだ。これが喜ばずにいられるかっていうんだ。もう一度、アンディーの中にいけるか試してみようよ」


「止めておけ。無茶をするな! おい、奏太!」


「アンディー。俺をコピーしろ」


 今度は魂が移動する際の衝撃を上手く逃すことができ、気を失ったのは一瞬ですんだ。そして何度か繰り返すうちに、奏太はアンディーとの連結を強固にして、アンディーの操作を易々とこなせるようになり、気を保ったままで双方の身体を行き来することができるようになった。


「あ~あ。唯一の欠点は、アンディーの顔を自由に変えられないってことだよな。これでハリウッドスターとかの顔をコピーできたら、面白いのに」


「そんなもの、マスクかぶってコスプレすれば十分だろ。贅沢を言うな。さぁ、アンディーを家に連れて帰って、今度は僕の習慣や性格を観察させなくっちゃいけない。手伝えよ」


 え~っ、もう片付けるのと文句を言う奏太を急かして、研二はアンディーを専用の大型ケースに収納し、運搬用のキャリーに載せてワゴンに積み込んだ。

 心臓が止まるかと思うほどの驚きと失敗はあったが、稀な体験をしたせいか、奏太は一週間アンディーを預かれることに大きな喜びを感じた。


 もしかしたら、家で預かる一週間の間にまた何か新しい発見をするかもしれないと益々期待が膨らんでいく。喜色の笑みを浮かべて運転する奏太に、うろんな目を向けた研二が、余計なことはするなよとけん制したが、奏太はニヤリと笑い返すだけだ。

 ところが奏太の期待に反してアンディーは、研二の性格や習慣を学ぶどころか、電源を入れても一切動きを見せなくなってしまっていた。

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