第6話 初顔合わせ 2-2

 莉緒よりも二十センチほど背の高いケンディーが、莉緒の隣に並んで靴を脱ぎ、リビングで話そうと誘う。

 言葉使いもフランクだが、新見が脱いだ靴はきっちり揃っているのに、ケンディーの靴が片方だけ少し傾いているのが気になった。


「性格は完全にコピーされるわけではないのですね?」


 莉緒の視線を見て、何を意味しているのかを悟り、新見が慌てたように言い訳をした。


「この家は昔の様式だから上がり框(かまち)が高いのです。今回のアンドロイドは、部屋の中で使用する予定だったので、今風の段差の無いバリアフリーには対応できるのですが、これだけの段差は想定外で、バランスを取りづらかったのかもしれません。少し改良してみますね」


「あっ、いえ、室内用ですものね。この高さを片脚でバランスを取りながら、補助も無く上がれるなんて大したものだと思います。ごめんなさい。余計なことを言って」


 新見が作り笑いを浮かべながら、廊下の右側にある部屋へと誘うのを見て、莉緒は神経質な女に見られたのではないかと心配になった。

 その莉緒の腕を取り、ケンディーが行こうと促してくる。新見とケンディーの顔は同じでも、中身はまるで別人のようだと莉緒は思った。


 廊下の右手に重厚な木の枠にステンドグラスをはめた扉が見える。新見が開けると、莉緒の目にクラシカルな絨毯と上から下がった大きなシャンデリアが目に飛び込んできた。


「うわ~っ。ゴージャスだわ。昔の貴族のお屋敷みたい」


 莉緒が辺りを見回して喜ぶ姿を、新見とケンディーがにこやかに見守っている。

 やっぱり年上の男性って余裕があって素敵だと莉緒は思った。

 このままこのままケンディーをお土産としてお持ち帰りできたらいいのに……


「ここは昔でいうゲストルームなんです。隣のリビングルームにもう一体のアンディーがいるから、会話をしてみてください」


「一体だけでいいのに」


「えっ? 何か言いました?」


 持ち帰ることを想像していた莉緒は、ハッとわれに返り、何でもありませんと首を振った。


 新見がドアを開け、ケンディーが脇へどいて莉緒に道を開ける。木枠にステンドグラスがはまった室内のドアは木製だが、玄関は木目使用の金属扉だったことに莉緒は気が付いていた。

 研究者の立場から考えれば、ラボ(研究所)が研究しているアンドロイドが二体もいるのだから、防犯対策がばちりでないと、置いておけるはずがないことは確かだ。

 きっと玄関のステンドグラスも強化ガラスを使っているに違いない。


 周囲を観察しながらリビングに入ると、ブランドものであろうシャツとパンツを身に着けた高級仕様のアンディーがソファーから立ち上がって、莉緒に向かって歩いて来た。

 サイドと襟足を短くカットしてトップの少し長めの髪に遊びをもたせたアップバングが、切れ長の目と頬骨の出たシャープな顔立ちを華やかに見せている。爽やかな笑顔ときびきびした動作が人と接するのに慣れている印象を与えた。


「初めまして、私は水野政人と申します。お会いできるのを楽しみにしていました」


 歯切れがよく自己紹介を済ませる水野アンディーは、やり手のセールスマンといったところか。

 顔以外背格好は同じなのに、ケンディーとは全く違った雰囲気を出していて、同じ型のアンドロイドだとは思えない。インプットされた人のデータを、いかにアンディーが的確に分析して再現しているか察することができ、莉緒はその性能に感心した。


「羽柴莉緒と申します。確か水野さんは兄の会社で新規開拓事業部門にいらして、有望なアドベンチャー企業を見つけて、発展に力を貸すお仕事をされているのですよね?」


「ええ。そうです。羽柴社長にはいつも鋭い指摘を頂いて、勉強させてもらっています。新規開拓事業部門は、I T企業の情報力を活かせる分野です。これからは各企業の求めるものをリサーチして、それぞれのメリットを享受しあえる企業への橋渡しをすることで、企業の発展や生き残りの手伝いできるばかりでなく、わが社への‥‥‥」


「はぁ~っ」


 ぴくりとみんなが反応して、ケンディーを見る。莉緒より先にため息をつくとは、ケンディーは大した度胸の持ち主だ。

 莉緒が笑いをかみころしていると、新見がコホンと咳をして、莉緒にソファーにかけるように促した。


「お茶をいれてくるから、莉緒ちゃん、ゆっくりしていて」


 横を通り過ぎる時に、新見がケンディーを睨みつけるのを見て、莉緒は堪え切れず、とうとう声をあげて笑った。


「新見さんは、二重人格みたいね。本物のお見合いは一、二時間程度で終わっちゃうから、体裁を整えられるけれど、一週間分のデータが入ったケンディーでは、誤魔化しがきかないみたい」


 いや、その……と新見が言い訳をしようとするのを遮って、莉緒はケンディーの腕を取ると、ソファーに引っ張っていき並んで腰かけた。


「私、普段のインテリ博士も好きだけれど、素の新見ケンディーの方が、フランクにお付き合いできて楽しそう」


 心無しかケンディーの顔がパッと喜びに輝いたような気がする。

 兄が推す優秀な部下アンディーは、一人がこんなに面白味にかけては、もう一人も似たり寄ったりになる可能性大だ。

 新見の開発に貢献することを思えばこそ、真面目に応対はするけれど、ケンディーがいてくれなかったら、正直音を上げていたかもしれない。

 莉緒はこれからの一週間、ケンディーをからかうことで、未知の新見を発見できる喜びに胸を躍らせた。


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