第2話 about two years ago

 ことのきっかけは、約二年前にさかのぼる。

 その日は、早春にしては朝から温かく、小鳥たちの楽し気なさえずりが、開け放たれた古い洋館のダイニングを満たしていた。

 ところが、朝食を終えたばかりの新見研二から話を聞いて、驚いた弟の奏太が大声をあげたために、小鳥たちが一斉に飛び立ち、瀟洒なダイニングには兄弟二人の声が響いた。


「はぁ? お見合いロボット? 兄貴が作るのか?」


「ああ。大学は止めて、ヒューマノイド・テクノロジー・ラボラトリーに移る」


「ええ~っ‼ 俺、兄さんの講義を受けるのを楽しみにして受験勉強頑張ったんだぜ。入れ違いって酷くないか?」


 第一志望の大学に合格し、これで兄の研二が教える知能機械学を専攻できると思った矢先に、とんでもない爆弾を落とされ、新見(にいみ)奏(そう)太(た)は唖然とした。

 彫が深いために大人びて見える顔をしかめ、奏太は用意したトーストの皿を持って、キッチンから繋がるダイニングに大股で歩いていく。

 先に食べ終わっいていた研二は、一回り年下の弟の怒りをものともせず、テーブルの上の食後のコーヒーに手を伸ばした。


「悪かったな。相談もせずに決めて。環境が整ったのと、満足できる研究成果が出たこともあって決心したんだ。でも、お前が僕の講義に期待していたのを知っていたから、話し辛かったんだよ」


 大学でも講義以外は研究室に閉じこもりきりのくせに、美形の兄が女生徒からもてるのは、バレンタインデーや誕生日のプレゼントの多さから知っている。ところが、本人の口どころか、兄の友人たちからも、兄についての色めいた噂話を一切聞いたことがない。

 そんな兄が、よりにもよって、見合いを代行するロボットを作るために大学教授を辞めるなんてありえない。あるはずがないと、奏太の頭の中ではまだ半信半疑だ。


「俺のせいにするなよ。でも、何でまた見合いロボットなんてものを作るんだ?」


 涼しい顔でカップを口に運ぶ研二を見下ろすと、兄はおもむろに顔を上げた。

湯気で曇ったシームレスの眼鏡を載せた真っすぐで鼻梁の高い鼻や、その下に続く形の良い薄い唇を収めた研二の顔は、それこそ整ったロボットのようだ。

 繊細そうに見えるが、研究以外には無頓着な性格を表すように、前髪はいつも伸びすぎて横に流したスタイルを変えないし、今も前髪に隠れる眼鏡をもぎ取るように外し、カッターシャツになすりつけている。


「見合いと言っても、ただの見合いじゃない。超がつく資産家やエリートたちの需要を見込んでの開発だ」


 まぁ、座れと、研二が自分とは正反対の容姿を持つ奏太に目の前の席を勧める。彫が深く身体もスポーツで鍛えられた奏太は、兄よりも背も身体も大きい。立って見下ろされると余計圧迫感を感じると言われ、奏太は仕方なくテーブルを挟んだ席についた。


「開発するアンドロイドはカメレオンのように擬態化するロボットだ。しかも外見だけじゃない。カメラや音声マイクで一週間ほど依頼主を記録したデータを元にして、その人間の思考や行動パターンを分析して身に着け、お見合いを代行するロボットなんだ」


「擬態化だって? マスクをかぶせるんじゃなくて、依頼主の顔や体型をそっくりアンドロイドがコピーして変化するってことなのか?」


「ああ。顔だけなら、アンドロイドのアイカメラを使って、対象人物を直接立体スキャンすれば、その場でそっくりに変化する。体格までやると金がかかりすぎるから、取り換え用のSML三体のボディーを用意して、背の高さは手足のパーツでカバーする予定だ」


「顔だけでもすごいと思う。すごいけど、見合いなら生身の人間同士の方がいいんじゃないか? なんでまたロボットで代行する必要があるんだ?」

それはな……と研二が身を乗り出して説明し始めた。


「家柄同志の結婚や、大会社の社長が相手を決める場合には、大きな利害が絡むだろ。本人たちがいくら跡取りさえ生まれればいいと割り切って結婚したとしても、性格の不一致や、不義、借金などが原因で離婚問題に発展してしまうと、慰謝料などの金銭の問題だけでは済まされない場合がある。漏れた醜聞が原因で、企業のイメージがダウンして実利に響くことがあるからな」


「そっか。先の面倒を避けるために、感情を入れないチェックができれば…ということか」


「ああ。家柄や財産などを含めて、少しでも相性のよさそうな相手を見つけて結婚することができるなら、彼らは見合いロボットに価値を見い出すはずだ。開発に成功して実績を積めば、十分ビジネスとして成り立つだろう」


「でも、たった一週間分のデータで一人の人間を再現できるのか」


「もちろん完璧には無理だな。でも、実際のお見合いの場合も、お互いに良い顔だけを見せるだろ。それよりは相手の分析結果を入れたアンドロイドの方が、ずっと素に近い相手を見られるよ。コピーする人間がふと気を抜いた瞬間や、使用人に対する接し方で性格分析をして、アンドロイドはその人物のおおよその行動パターンを作り上げることができるからね」


 それと、これは一番の利点だがと言いながら、研二が少し声を落とした。


「直接見合い相手と会うことはないから、もし断られたとしても、残念以上の気持ちを持たずに済むと思わないか? ビジネスでも付き合いがある場合、遺恨を残さないのが一番だからな」


「それは兄さんの考えじゃないな。きっと吹き込んだのは、親友の羽柴(はしば)さんだろ? 今やIT企業で成功したヤンエグとして、経済紙に載るほどのやり手の社長さんだもんな。まぁ、金持ちのお客様は、羽柴さんから紹介してもらえそうだから、その点は心配なさそうだよね」


「ああ。羽柴は、色々なベンチャー企業に出資しているんだが、今回の開発も羽柴がスポンサーを快く引き受けてくれた。研究所もスタッフもずいぶん前に確保できていて、僕があちらに移ればすぐに始動する予定だ。それと、羽柴の妹の莉緒ちゃんが、大学に入ってくるから、会ったら面倒みてやってくれ」


「莉緒ちゃんって、兄さんにめちゃボレしてる子だよな。ちょっと夢見がちな子で、確か俺より二つ年下じゃなかったっけ?」


「飛び級したらしい」


「うわぁ~~っ。才女かよ。会えればいいけど、先輩から学部が違うと知り合うこともなく卒業するって聞いたから、約束はできないよ。で? 完成予定は?」


「二年後だ。もう十年ほど研究しているから、資金の目処が立った今、材料を調達して組み上げるだけになっている。現時点で考えられる素材より適したものが発見できればそちらを使いたいから、二年の調整期間を持たせてある」


 さすがだねと大いに感心して見せながら、奏太はその研究に関われそうな分野を専攻しようと心に決め、研二にあれこれ質問をしたのだった。

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