第3話 羽柴莉緒 1-2
ピーッ
網膜認証システムが作動して、エントランスの特殊ガラスの扉がスライドした。
開き切るのを待ちきれない莉緒が、身体を斜めにしてヒューマノイド・テクノロジー・ラボラトリー、通称H・T・Lの中に滑り込り込み、リノリウムの廊下を蹴る。
「できた! できた! アンディーができた!」
廊下に人影がないのをいいことに、莉緒は膨れ上がった喜びを抑えきれず叫んだ。
大学にいるときには、無地のシャツにGパンと飾り気のない恰好だけれど、今日は特別な日なのでセールで買ったワンピースを着てきた。走ると脚にまとわりつく裾が煩わしいのは、我慢、我慢。
おしゃれというよりも、切るのが面倒くさくて背中まで伸ばしてしまった髪が、背中でなびく。莉緒はスニーカーのゴム底をキュキュット鳴らしながら走った。今は一秒だって無駄にしたくない。
IT企業を営む兄の羽柴(はしば)拓(たく)己(み)が出資しているベンチャー企業の研究所は、街外れにある。
いつもは電車を乗り継いで研究所に向かう時間を、小旅行のように感じるのだが、今日は頭の中がアンディーの完成はもちろんのこと、お目当てのもう一人の男性のことで占められいて、景色を楽しむ余裕もなかった。
H・T・Lの所長は兄の親友で、兄とは同じ歳の三十二歳。莉緒より十四歳年上の
頭脳だけでなく、フレームレスの眼鏡をかけた眉目秀麗な容姿は、十歳の時に会って以来、莉緒の心をがっちり掴んで離さずにいる。
新見に憧れるあまり、莉緒はがむしゃらに勉強をして飛び級を重ね、何とか十六歳で彼が教える大学に入ることに成功した。
やった~! と喜んだのも束の間、新見教授は兄と一緒に事業を立ち上げるために大学を辞めてしまい、莉緒の努力は報われなかった。
その時はショックだったけれど、そんなことで諦めるくらいなら、とっくの昔に他の男の子とくっついていただろう。ただし、大抵の男子は莉緒の研究熱心さに恐れをなすか、嫌味を言って遠巻きにするのだが。
十四歳という歳の開きだけでなく、親友の妹を自分の妹でもあるように扱う新見が、莉緒を一人の女性として見たことはない。多分これからだってそうだろう。分かっているから、莉緒は決心したのだ。
兄たちの作るアンドロイドの開発に、役立てるよう頑張ろうと。
そして、この二年間、莉緒は合成生物学を専攻して、見事にアンディーの皮膚組織に貢献することができた。
つまり生物がどんなものでできているかを研究して、人工の生物を作っちゃおうという分野を活かせたわけだ。
今日は莉緒が開発した人工皮膚を装着したアンディ―と会える。
もう一つ嬉しいのは、莉緒を相手に、アンディーが本番さながらのお見合いの実験をすることが決まったからだ。
新見の研究開発に役立てたばかりか、アンディーの動作の最終確認をする大事な役目を与えられるなんて思ってもみず、最初兄から話を聞いた時には跳び上がって喜んでしまった。
アンディーが完成すれば、新見と接点がなくなると思っていただけに、話せる機会が増えるのは頑張って来たことへのご褒美がもらえたように感じたからだ。
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