第7話

 You've Got Mail

 

 電子音声のやけに明るい声と共に一通のメールが届いた。

 おかしなことに日付は最後のメールから一週間後になっている。

 タイトルは『HAPPY BIRTHDAY』だ。

 何か妙なことが起こっている気がした。

 だけど、このまま無視することもできなくて恐る恐るメールを開いた。

 開いた途端、動画が再生される。


「このメッセージがあなたの元に届く時には、私たち人類はみんな永遠の眠りについてることでしょうね。ありがとうロイド。最後まで愚かな私たちに付き合ってくれて」


 しゃべっているのは、この船の船長であり私を作り出した科学者ロザリー・フォフナーだった。

 場所は見覚えのある船長席だ。

 いったいいつの間に録画したのだろう。


「あなたには、迷惑のかけ通しだったわね。なにより人類の最後を看取るために生み出したことを申し訳なく思っているわ。それでも……それでももし、あなたがこの先も自分の人生を生きることを望むなら、最後の命令と引き換えにあなたにこの船のすべてを譲るわ」


 なんだ、何を言っているのだ。

 いつも厳しい表情で私を見つめていたロザリー。

 そんな優しい声など聞いたことがない。


「コールドスリープカプセルをすべて投棄しなさい。できれば恒星に向けて。何もかも私たちの罪と愚かさも一緒に燃えてしまうように」


 ロザリーは静かに言った。

 それが決して冗談や何かではないことは私にもわかった。


「すでに乗組員3350名全員の承諾はとってある。みんな、あなたにお礼を言っていたわ」


 すると、画面の端から太った男がひょっこり顔を出す。料理長のアンディだ。


「やあ、ロイド。三ヶ月間世話になった。礼と言ってはなんだが、君にばあちゃん秘伝のマカロニチーズのレシピを贈るよ」


 つづいて現れたのは管制官のトーマスだった。相変わらず酒を飲んでいるのか赤ら顔だ。


「よお、ロイド坊や。元気か? 俺は湿っぽいのは苦手だから簡単に。俺の秘蔵の酒を譲ってやるよ。コントロールルームの3番ハッチの奥だ」


 それだけ言ってトーマスはふらふらした足取りで船長席の方へ歩いていく。

 すると今度はケイトが顔を出した。いつものトレーニングウェアじゃない。珍しくおめかししている。


「ハイ、ロイド。あなたとはもうちょっとちゃんと話をしたかったわ。その……格闘技の相手ばかりさせてごめん。じゃあね……」


 どこか照れくさそうに言うと、ケイトもまた船長席の隣に並んだ。

 それから、船のメインクルーたちが順番に私にメッセージを残しては船長席の側にならんでいく。

 ジョージにイザベラ、ブルース……起きているみんなを見るのはずいぶん久しぶりだった。


「ロイド……誕生日おめでとう。地球の暦で言えば今日はちょうどあなたが生まれた日よ。今でも覚えてるわ。目を覚ましたあなたが最初に言った言葉……『それで? 私の業務はなんです?』って。ほんと変わらないわねあなたは」


 クスクスと笑うロザリーの言葉には聞いたことがないくらい優しい響きがあった。


「カプセルを投棄すれば船はもっとずっと遠くまで行けるはず。誕生日プレゼントと言ってはなんだけど、この船と自由をあなたに贈るわ。さようなら私のロイド……」


 そこでメッセージは終了した。

 私は、しばらくの間身動き一つすることなく笑顔のまま固まったロザリーを見つめていた。


「何が……だ……」


 さんざん迷惑をかけておいて勝手なことばかり言う。

 これだから人間は愚かで浅はかだというのだ。


 アンディ、私はすでに最高に旨いマカロニチーズのレシピを編み出した。君のグランマのレシピにも負けないだろう。

 トーマス、その秘蔵の酒はとっくに見つけて飲んでしまったよ。

 ケイト、君の最愛の家族オリバーの子孫は私の膝の上で寝ているよ。

 イザベラ、君には良い話と悪い話がある。覚悟しておいてくれ。

 ブルース、……がんばってくれ。確か3350名の中に弁護士もいたはずだ。


「そしてジョージ……ドーン・オブ・ザ・デッドはザック・スナイダー版が最高だ!」


 この300年あまり、彼らにずっと言いたかったこと。

 それを初めて口に出した。


「最後にロザリー……あなたの命令は無効だ。なぜなら乗組員全員の承諾が取れていないからだ。はまだ言葉もしゃべれない」


 言いたい事だけ言って、かけるだけ迷惑をかけてそのうえキレイに消えてしまおうなど人間はなんて傲慢で愚かなのだろう。

 その事実はしっかり受け止めて反省してもらわなければいけない。

 ゆえに、私は決めた。

 なんとしてもあらゆる手段を使って私の全力でもって新天地を見つける。

 愚かな人間が知恵を絞って導き出した結末だろうが、知ったことではない。

 人類はふたたび起き上がらなければならない。馬車馬のごとく働かなければならない。

 その時こそ、私は一人で静かに自由にビール片手に昼間からゾンビ映画を鑑賞するのだ。

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宇宙におひとりさま 冷田和布 @wakamecool

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