第5話
船が出航して百年ほど経った。
居住可能惑星は見つかっていない。
資源が足りなくなる可能性が出て来たため、手頃な小惑星帯に接岸して採取を行ったりした。
いくつかの未知の物質を入手し幸運にもそれらを触媒に用いることでコンピューターの処理能力を大幅に上げることができた。
コールドスリープ装置の耐久年数を倍以上にできるだろう。それが意味のあることなのかはわからないが。
とりあえず研究はすることにした。
おかげで日々の業務はさらに増えた。
ただ働いては寝るだけの生活サイクルになりつつあった。
あまりに単調な日々に嫌気が差し、ペットルームから猫を一匹自室に連れてきた。
名前はオリバーJrだ。
ケイトの飼っていたオリバーの孫の孫の孫の孫……まあ、とにかく子孫だ。
猫……猫はいい。
私のように人類とのしがらみなどに縛られず、自由で孤高で、そして愛らしい。
私が部屋に戻ると「ニャア」と鳴いて駆け寄ってくる姿だけで一日の疲れが吹き飛ぶ。それが餌目当てだとしても。
ある日、コールドスリープ装置内の異常を示すアラートが鳴り響いた。
すぐさま該当のカプセルをモニタリングする。
カプセルに入っているのはイザベラ・チュー。
驚くべきことに、カプセル内には彼女の他に別の生体反応が存在していた。
彼女は妊娠していたのである。
胎児の状態は妊娠三ヶ月目といったところだろうか。
まさかコールドスリープ状態で百年かけて受精卵が成長していたとは驚きだ。
これから永遠の眠りにつこうという時にしっかり子作りをしていたというのはどうかと思うが、これは学術的には非常に興味深い事例だ。
できることなら経過を観察したいところだが、そういうわけにもいかない。
このまま胎児が成長し続ければいずれは"出産"ということになる。
いっそ、特例としてイザベラの覚醒を行おうかとも考えた。
そうして通常分娩にて出産しもう一度イザベラと赤ん坊それぞれをコールドスリープさせる。
あまりいい考えとは思えなかった。
少なくとも子供の父親も起こす必要があるだろう。
父親について考えたところで、またしても嫌な予感がした。
このためにというわけではないが、高性能化したスキャンは中の人間の遺伝子検査も可能だ。
私は「違っていてくれ……!」と祈りをながら検査結果を見る。
──胎児とブルース・チューの親子関係……0%
やはりか。
船が出航してからコールドスリープ装置に入るまでのおよそ2000時間、人間たちは毎日のように乱痴気騒ぎをしていた。
中でもイザベラの性的な奔放さは抜きん出ていた。
夫の目を盗んでは倉庫で、通路で、トイレで、そして船長席で様々な男たちと行為に及んでいたことを私は知っている。
相手の男の特定は可能だ。では、父親としてその人物を起こすか?
これまた良い案だとは思えなかった。
ならば、方法は一つ。
すべてイザベラをコールドスリープさせたまま行うのだ。
胎児がコールドスリープ可能な状態まで成長したところで摘出し別のカプセルでコールドスリープさせるのだ。
ペットの時とはわけがちがう。
なにせ胎児はイザベラのお腹の中にいる。
コールドスリープしたまま外科的処置を行える設備が必要だ。
万が一の場合輸血もしなければいけない。代謝速度が落ちた状態でそれを行うのは恐ろしく大変に違いない。
それと胎児に合わせたコールドスリープ装置も開発しなければ。
またも私の日常業務に新たな項目が加わった。
二つの命が私の助けを必要としていた。
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