第3話

 “猫の毛”

 なぜそんなものがカプセルの中に?

 私はその事実に合理的説明をつけられなかった。

 しかし、まったくもって合理的でないひどく愚かな理由についてはすぐに思いついた。

 

 ──『ケイト・コヤナギ』保安部所属 ……質量68.47Kg


 該当するカプセルの情報を確認すると、よく知る人物の名前があった。

 ケイトは保安部でも腕利きの人物だ。

 身体を鍛えるのが趣味で、あらゆる格闘技にも精通している。

 人間でない私から見ても、無駄のない素晴らしい肉体だった。

 ケイトの身長は低い方ではなかったし筋肉は脂肪より重いとはいえ、さすがに体重が70kg近くあるのはおかしい。

 もう一度スキャンを実行し、カプセル内に人間以外の異物がないかチェックする。


 ──質量6.72kgの異物を検知


 それはなんだろうか。いや、聞かなくてもわかる。

 猫だ。

 ケイトは猫を一匹カプセルの中に持ち込んでいたのだ。

 この移民船には地球上にいた様々な生物の遺伝子データが格納されている。

 運良く新天地に到達した際、そこで地球の生態系を復元しようという計画だったのだろう。

 自分の生まれた惑星を台無しにしておきながら他の惑星に移り住もうというだけでも傲慢なのに、そこを"地球と同じ"にしようなどというのは私から言わせれば度し難い行いだと思えるのだが、まあこの際それは置いておこう。

 遺伝子データがあるため、ペットなどの動物の乗船は禁止されていたはずである。

 おそらくケイトはこっそりと愛猫を連れ込んだのだろう。

 そして自分が眠りにつくにあたって、放置してはおけず猫も一緒にカプセルに入ったのだ。

 ケイトは乱痴気騒ぎには参加せず、最後まで静かに部屋で読書や音楽を楽しんでいた。

 実に理性的で好感のもてる女性だと思っていたのだが、そういうわけだったのか。

 ケイトには悪いが、このまま猫と共に眠らせるわけにはいかない。

 カプセルはあくまで人間一人を対象として設計されている。

 このままではケイト自身の生命維持に問題が生じる可能性もある。

 凍結状態を維持しつつ、猫だけを外に出すための設備が必要だった。

 方法はなくもない。

 簡単に言えばさらに大きなコールドスリープカプセルを用意してその中でケイトのカプセルを開け猫だけを取り出すのだ。

 簡単そうに聞こえるが、実際はもっと複雑な機構が必要だし、なによりこれはけっこうな大仕事だ。

 少なくとも私の業務に余計な作業が追加されることは間違いない。しかしやるしかない。

 私は最後の瞬間までカプセル内の人類を管理保存するよう命令されているのだから。

 さっそく装置の設計をはじめて……。

 ふと、私の脳裏にとてつもなく嫌な想像がよぎった。

 "果たして、ペットを持ち込んだのはケイトだけだったのだろうか?"

 すぐさま全カプセルのスキャニングを実行し、異物混入の可能性があるカプセルをリストアップさせる。

 すると予想通りの結果がモニターに表示された。


 ・・・・・・


 結論から言えば3350のカプセルから見つかった異物の総数は2000以上だった。

 幸い、ペンダントなどのアクセサリ類、写真やぬいぐるみ、片方だけの靴下、ヘソの緒……などなど。

 ほとんどがコールドスリープに影響を及ぼす可能性の低い物ばかりだった。

 だが、看過できない異物も200以上あった。

 やはりペットが多かった。

 犬、猫、イグアナ、昆虫、熱帯魚……。

 人間たちは様々な動物をカプセルに連れ込んでいた。

 おそらく棺桶に故人が大切にしていた物を入れるような感覚だったのだろう。

 しかし生き物はどうかと思う。古代の王だって代わりに土塊で作った人形で我慢したというのに。

 変温動物や昆虫はコールドスリープ内では生存できずそのまま息絶えていた。

 哺乳類の中にも残念ながら亡くなったものが多かったが、数十匹のペットが生命活動を維持していることがわかった。

 私は例の装置を設計・開発することにした。

 それから地球の暦で3年の歳月をかけて32匹のペットを救出することに成功した。

 むろん、人間たちも無事である。

 ペットたちは覚醒させて船内で飼うことにした。

 殺してしまうのはしのびなかったし、人間と同じようにコールドスリープさせるにしてもその動物の代謝に合わせた装置を新たに開発する必要があったからだ。

 さすがにそこまでして面倒はみきれない。

 そんなわけで、ケイトの愛猫であるオリバーを含め32匹のペットたちはこの船で生涯を終えることになるだろう。

 私の日常業務にペットの世話という新たな項目が加わった。


 コールドスリープ装置の異物混入事件をうけて、私は船内の居住スペースを調査することにした。

 愚かな人類のことだからきっと他にもいろいろと船に持ち込んでいるに違いなかった。

 案の定、人間たちの部屋からありとあらゆる危険なもの、違法なもの、危険でも違法でもないがロクでもないものが発見された。

 焼却できるものは片っ端から焼却し、それが無理なら厳重な封印を施して格納庫の奥にしまいこんだ。

 頭を悩ませたのはそのどちらでもないものだ。

 その筆頭が宗教的像作物だった。

 宗教にまつわる銅像や絵画、シンボルなどを粗雑に扱うことは大きなトラブルの原因になるというのはわかっていたし、彼らの尊厳を著しく踏みにじる行為だということも。

 理解できないまでもせめて丁重に扱おうと決め、空き室を装飾しそれぞれの宗教の祭壇を作ることにした。

 礼拝や年中行事も、可能な限り行った。

 私の日常業務に新たな項目が加わった

 しかし、ミートボールとスパゲッティを組み合わせた怪物を崇める教義がこれほど人類に浸透していたとは思わなかった……。


 余談ではあるが、近ごろ私にも酒の味というものがわかるようになってきた。

 とくに一日の業務を終えた後の"キンキン"に冷えたビールは格別である。

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