「好き」を花火に隠して

@kaneduka61

第1話

私は陸斗が好きだ。


「あー、彼女ほしい……」


 顔を赤くして、テーブルの空いているスペースにうつ伏せになって呟いた。

陸斗はお酒を飲むと決まってこのセリフを言う。

 そして、これが出たらそろそろ帰って「しましょうよ」ってことを意味する。ムードのへったくれもない。「ほら、寝ないで帰ろ……」と陸斗に軽くチョップを入れる。

 お会計の時に一週間後に市内で行われる花火大会のポスターが目に入った。

 

 「花火……みたいな~」

 「あ~、いいね……浴衣とか着てね」

 

 ポソッと言ったつもりだったのに、聞こえたのか、ほんとは行く気なんてないのに、適当に陸斗が相槌を入れてきた。


 お店から出て、手をつなぎながら先導していく。

 傍から見たら、私たちはカップルに見えているのだろうか……周りをちらっと見ながら歩く。けれども、私たちは別に付き合っていない。

 

        体だけの関係と最初は割り切れていた。

 

 周囲でも聞くし、今時よくある話だ。

 そうはいっても、誰でもいいってわけじゃない。


 かといって、陸斗は別にモテるわけでも目立つわけでもなく、他の女子からしたら、よく漫画とかの一コマの中にいる、顔の見分けもつかないようなモブキャラみたいな人だと思う。

 ただ、陸斗のそばは居心地がよかったから、だんだんと心を許して気づいたら、そーゆー関係になっていただけ。


 この関係にいつかきっと終わりが来ることがわかっていて、これを最後に友達に戻ろうと何度も自分に言い聞かせたけれど、離れることができなかった。




今日も結局、陸斗が住むアパートに泊まる。

 陸斗が借りているアパートは8階建てと近隣でも頭一つ飛び抜けている。

 さらにオートロック付きと学生が住むには、なんとも豪華なアパートでいつみても羨ましい。


 部屋に入ると、玄関で靴を脱ぐ前に抱きしめられた。これもいつも通り。

 まだ早いよって、私は陸斗から離れ靴を脱ぐ。

 手を洗おうと洗面台に行くと仲良く色違いの歯ブラシが並んでいるのを見るとほっとする。


 お風呂が沸くまで、家にあるお酒で何度目かの乾杯をした。


 350ml缶を一本飲み干すくらいで、お風呂が沸き、また眠そうになっている陸斗に「先に入るね」と、声をかけた。

 お風呂から上がると、部屋が冷房でギンギンに冷えて、涼しさを通り越して寒く感じ、鳥肌が立つ。

 

 陸斗がソファでエアコンのリモコンを握りしめて寝ている。

起こして、お風呂に入るよう促すと、服を散らかしながら脱ぎ捨てていく。

 あきれながらもついつい、その服を拾い、洗濯機へもっていってしまう。


 陸斗が上がってくるの待っている間にスマホで「浴衣」を、少しだけさっき言ったことを期待しながら、検索している自分がいた。


 陸斗が部屋に戻ってくる。


 「あれ?……ありがと」


 シャワーを浴びて酔いが少し醒めたのか、片付いた部屋を見た陸斗からお礼を言われ、そのままシングルベッドで横になる。


 「せり、こっちおいで」


 私をまっすぐに見て、優しい声で呼ぶ陸斗。

 スマホをぎゅっと握りしめて、狭いベッドの半分に私も入り込む。

 陸斗の腕の中に包まれながら花火大会の話を持ち出す。


 「ん? なんだっけ?」


 とぼける陸斗に私はむすっとした。

 

 「……冗談だよ、浴衣いいのあった?」


 私がすでに、検索していること見通して話を進めてきた。

 私は知っている。陸斗は人混みが嫌いだから、お祭りとか人が密集するような場所に本当は行きたくないことを。


 それでも、浴衣の話を覚えていてくれたことが嬉しくて、スマホの画面を一緒にみて、気になった浴衣を見せる。


 「じゃあ、俺のも選んで。お互いのを買いっこしよ」


 陸斗も乗り気になったのか、予想外の提案だった。嬉しさがさらに増す。 

 私が選んだものならと、なんでも肯定してくれた。

 

 ネットでの注文で花火大会当日の午後には届くとスマホ画面に表示された。

 

 「楽しみだね」


 私の嬉しそうな顔に陸斗の顔が近づいてきて、目を閉じた。


花火大会当日。

 

 もうすぐで陸斗と浴衣を着て花火大会に行けるとワクワクしていた。

 しかし、浴衣は午後三時を過ぎても届かない。スマホで確認をすると「配達中」の文字だけが出ている。


 ピンポーン。


 部屋のチャイムが鳴る。浴衣が届いたのは、午後六時を回った頃だった。

 道が混み、予定していた配達時間より大幅に遅れてしまったと、申し訳なさそうに配達員さんが謝ってきた。

 今から行っても、花火がよく見える場所はきっと、もう取られてしまっているだろう。

 ため息をつき、悲しいという感情を全身から表した。


 「一番いいスポット教えてあげるよ、早く着替えて」


 諦めていた私をいつもの優しい声で励まし、届いた箱早々に開けて、浴衣を取り出す。

そんなことを言われたら、期待をしてしまうじゃないかと、私も着替えを始める。

 準備を終え、いつでも家をでる準備はできていた。もうすぐで花火が上がる時間になる。


 「ほら」


 冷蔵庫から缶ビールを取り出し、陸斗は目を瞑るように私に指示を出す。

 言われた通り目を瞑ると外から花火の音が聞こえ始めた。


 ドンッ。


 窓を閉めていても、その重低音が体に響く。


 「おー、始まったね。」


 そういって、私の手を引っ張る。カラカラと窓を開ける音がして、冷え切った部屋に、夏の夜特有のなんともいえない生ぬるい空気が入り込む。


 ドンッドドンッ!!

 

 さっきよりも激しさを増した音が鮮明に聞こえ、体の芯にまで響く。

 目を瞑っていても光が瞼を突き抜け入ってきて、なんとなくわかった。

 

 「開けていいよ」


 陸斗に言われパッと開くと視界一帯に花火が広がっていた。


 「特等席でしょ?」


 してやったりと言いたげに、いたずらに笑う。

                    だから、陸斗がいいんだ。

 缶ビールを開けて、二人で乾杯をする。


 「来年は彼女とみてーな……」


 お決まりのセリフが聞こえ、まだ影も形もない陸斗の彼女に嫉妬をして、手を握った。花火を見ていた陸斗は、私を見つめる。


 花火の音に「好き」という言葉を飲み込ませて


 「……そうだね」


 笑顔で返し、今日の花火と浴衣を着た陸斗を瞼の裏に焼き付けた。

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