第46話 悪党の食卓。





 月明かりが差し込む不気味な夜に、ベルトハイド公爵家の面々は一堂に会し、食卓に着く。




 マナーを遵守した貴族の食卓は、酷く静かで、家族といえども会話は無い。




 コースで用意される料理のみが、時間の経過を告げていた。



 しかし、唯一変化をもたらし続けていた料理も、メインの肉料理を終えた後には、全て片付けられてしまう。




 通常であれば、デセール(デザート) 、カフェ・ブティフール(コーヒーや紅茶と菓子)と控えているはずであるが、ベルトハイド公爵家では出番がない。




 代わりに用意されたのは、血を溶かし込んだような、真っ赤なワインであった。




 ベルトハイド家の人達は、スイーツやデザートは、食べる必要があるのであれば、喜んで口にするが、必要がないのであれば一切口にはしない。






 ここまで来てようやく、公爵が口を開く。





「我が麗しき同胞達よ。こうして同じ食卓を囲める事を、心から嬉しく思う」




「みんな今回は良くやってくれた。お疲れ様。皆の協力を讃えて、まずは乾杯しよう。"ベルトハイドに、祝福を"」

 

 公爵がグラスを軽く持ち上げる




「「「ベルトハイドに、祝福を」」」



 公爵に続いて、皆がグラスを持ち上げ、音のない乾杯を交わす。そして、血の様に真っ赤なワインを呷る。






 たっぷりとワインを味わった後に、公爵はゆっくりと口を開いた。






「では、我らが成し遂げた成果を、皆で堪能しようではないか。


 先ずは、今回我等に与えられた目的だ。これは、大きく分けて2つあったね。


 1つ目の目的は、我が一族の悲願達成。

 我が一族の悲願とは、ベルトハイドの血筋を引く、ジーク殿下に王位を捧げる事…だね。


 そして同時に、女神から依頼されたのが2つ目の目的だ。

 2つ目の目的は、悲願達成の邪魔になる者を排除する事。


 …この2つだったね。


 その為に、我々が立てた計画は、2つ目の目的である、"邪魔者を排除する"。


 これを達成する過程で、1つ目の大きな目的である、悲願の達成が出来るように、道筋を作る計画だった…」






「そして、計画の結果、我々は無事に、邪魔者を排除する事に成功した…」




 公爵は、優しく綺麗で朗らかな笑みを浮かべた。


 その笑顔はまるで、悪い事など思い付きもしないような、優しげで清々しい笑みだった。


 場が和み、穏やかな空気が広がった。





「我々は目的を達成する為に、計画して、作戦を練って、望んだ結末を追い求めた。


 …けれど実際に、蓋を開けてみたら、様々な問題に直面したね。


 まず、排除すべき邪魔者である、蛾(ミーナ)に括り付けられていた紐は、当初予測していた第一王子殿下や、他国からの刺客へは、伸びてはいなかった。


 更には、蛾(ミーナ)は実行犯ではなく、ただのデコイだった。


 だから計画も、それを踏まえて、大きく切り替える必要が出てきた…。


【蛾を追い詰めて、背後を炙り出す方法】から、【背後に居る敵を、蛾を使って間接的に追い詰める方法】へとね…」






「みんな、よく柔軟に対応してくれたね。

 素晴らしき同胞達と、協力してくれた全ての者に、心より感謝するよ。…ここに居ないみんなにも、伝えてくれると嬉しいな?」





 そう言って、公爵は音もなく控えていた、執事長と侍女頭に、穏やかな笑顔で視線を送る。





「「身に余る光栄でございます。謹んで承ります」」


 彼等は機械のように、回答した。





 そして、ベルトハイドの面々は、嬉しそうに、皆がよく似た綺麗な微笑みを浮かべていた。そんな彼等の反応に、公爵も満足したのか、優しげな笑みを浮かべる。






「そして、もちろん忘れてはいけないのは、今回の計画で我々が得た成果だ。


 まずは、セラーズ侯爵家の返爵による、国への献金。


 次に、女神に捧げた、違法薬物不正取引の検挙という成果と功績。


 そして、他国へ情報を売って、ベルトハイドが得た情報提供による利益。


 …わかりやすい成果だと、こんな所かな?」


 




「続いて、わかりづらいが、確かに得た成果だ。


 我々が今回の計画の中で、行ったのは、扇動・誘導・統率だ。


 それぞれ、担当した割合は異なるけれど、結果的に派閥をまとめ上げ、確かな忠誠を誓わせる事に成功した。


 これらは今後、一族の悲願を達成する際に、大きく貢献してくれるであろう…」






「さぁ。これらの成果をまとめて、我らベルトハイドが今回得られたものは、


 派閥内の掌握と、違えぬ忠誠の約束。


 女神へ贈り物を捧げた事による、女神の王国内での点数稼ぎと、揺るぎない立ち位置の確立。


 また同時に、女神の手先として動いた、ベルトハイド家門の王家への貢献姿勢と、忠誠心のアピール成功。


 第一王子派閥・侯爵家の返爵による、第一王子派閥の大幅な減力。


 …これらが、今回我らが努力して得た、誇るべき成果だ」






「…並べると壮観ね…」

 夫人が驚いたように漏らす。





「ああ。そうだね。


 もちろん偶然得たものもあるけれど、きちんと計画を立てて、皆で協力した成果だ。


 まぁ、これは、ベルトハイドだから、出来た事かもしれないけどね…」





「…楽しかったのに…」

 と、アリスが零す。





「…それは良いんだ。楽しみながら、成果をあげられるなんて、最高じゃないか」


 公爵の言葉に、アリスが緩りと頷く。





「……辛かったけど…」

 イリスが思わずと言ったように、アリスとは対照的に、辛さを吐露した。





「ハハハ。イリスは大変だったからね。

 けれど、今の達成感に満ちた気分は、悪くはないだろう?

 次の機会では、過程も含めて、全てを楽しめるようになると良いね?」

 


 公爵は笑顔で、イリスに対して、優しく諭した。





 そして皆を見渡し、再び言葉を紡ぐ。





「みんな今回は良くやってくれた。


 好きなものを買って、好きな所に行って、好きな事をしてくれて良い。


 …本当にありがとう。


 そして、陰ながら協力してくれた、我らの愛すべき使用人達にも、臨時ボーナスを支給しよう。


 皆に金銭と休暇を手配してくれ」






「「有難き幸せ。謹んで手配させて頂きます」」


 どこからか歓声が上がったような気がしたが、代表して、執事長と侍女頭が冷静に回答した。





 ベルトハイドの面々は綺麗な顔に笑みを浮かべ、各々が何をしようか、楽しそうに考えていた。






「一先ず、ここで、邪魔者掃討作戦は終了だ。


 …けれど、まだ終わりじゃない。


 まだ、ジーク殿下に王位を捧げられては、いないからね。


 だから今回の成功を胸に、必ずや我らの悲願を達成しようではないか。


 …ベルトハイドに栄光を」






 そう言って、公爵がグラスを持ち上げる。






「「「ベルトハイドに栄光を」」」


 ベルトハイドの面々が続いた。







 こうしてベルトハイドの夜は更け、また新しい朝が来る。




 彼等の悲願を達成する為の計画は、今はまだ、始まったばかりであった。






                       fin






…………………………………………………


▼△▼


ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました(^^)/


読んで頂ける方が居てくれて、とっても嬉しかったです!そして、大変励まされておりました!


本当にありがとうございました(*´꒳`*)



本編は終わりですが、番外編をいくつか予定しておりますので、良ろしければもう少し少しだけ、お付き合いくださいませ。


よろしくお願い致しますm(__)m

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