第33話 首謀者は諦めない。※

※暴力表現ありです。ご注意ください。



………………………………………………………………………




 首謀者:リリアナ・セラーズ侯爵令嬢




 落ち着いて…大丈夫よ。


 証拠なんて、ないはずだわ。私は何もしていないもの。


 唯一あるとしたら、下級貴族の奴(ステラ)の証言だけ。


 大丈夫。…まだ戦える。


 ここには、お父様もお母様も居る。


 私は絶対に負けはしない。



▼△▼



「…ご機嫌よう。

 お招き頂き、感謝いたしますわ。


 けれど、私には夫人がおっしゃっている事の意味が、よくわかりませんの…。


 皆様がどなたなのかも分かりませんし、息子さんが毒を盛られただなんて…そんな怖い事。


 私には、とてもでは無いですけれど、出来ませんわ…」




 そう言って、か弱く見える様に震えてみせた。


 大人が寄ってたかって、1人の令嬢を問い詰める。


 私が現在置かれている、このあり得ない状況の違和感を、逆に利用しようとする。


 態度は気丈に振る舞い、けれど、内心では怯えている風を装う事で、周囲の同情を引こうとする。




「あら?そうなのね。実は、毒を盛った者が、貴女のお名前を口にしたのですけれど…


 貴女は…身に覚えが無いのかしら?


 …でしたら大変ですわ…貴女は嵌められたのね?」



 上手くいった!!



「ええ!そうなのです夫人!だから、…だから、私、怖くって…」



 そう言って泣き真似をしようとする。





 しかし、それは出来なかった。




 私の顔を、パパが力一杯に叩いたからだ。


 あまりの痛さに、吹き飛んでしまう。


 耳が熱い…ジーンとして、ドクドクする。


 初めてパパに叩かれた…。


 怖くて痛くて、本当に涙が出てきて、止まらなくなってしまった。




「そんなに、お怒りにならないで?

 彼女はやってないと仰っておりますのよ。


 …少しお休みになって?


 …落ち着かれたら、お話ししましょう」



 と、美しい夫人はそう述べて、パパを制した。



 パパとママは泣いていた。



 そんなパパとママを、使用人が連れて行く。

 

 2人が退席すると、夫人はまた口を開いた。




「…さぁ、続きをお話しましょうか?


 毒を盛った者は、脅されていたらしいの。


 だから、誰かが毒を盛るように、指示を出した事は、間違いないの…。


 …貴女でないのなら、どなたなのかしら?


 それに、何故、毒を盛ったのかしら?


 私には理由の検討も、つかないの…。


 だから…令嬢のお考えを、教えてくださらない?」




 …味方は居なくなった。


 怖いっ…痛いっ…。


 でも、絶対に私は負けられない。




「…わ、私にはっ、わかりませっんっ…」

 嗚咽混じりに、小さな声で必死に答える。




「あら、そうなの?

 令嬢もわからないのね?不思議よね…」



 その言葉に、参加していた貴族達が、堰を切ったように騒ぎ出す。



「わからないわけないだろ!」


「そうよ!何をしたと思っているのよ!」


「人の子をよくもっ!」


「わからないなど、通るはずがないだろっ!」



 大人に大きな声で詰め寄られて、恐怖が止まらない。身体もガタガタと震える。



 味方は居ない…。


 けれど、私は、負けられない…。


 認めるわけにはいかない…。




「!!本当にっ!知りませんっ!!私はっ!何もしていませんっ!!貴方達が誰なのかもっ!!知りません!!薬を盛っていた女も…っしりませっん!!!」



 嗚咽混じりに、叫ぶように主張した。


 そうしたら、夫人が私を庇う様に立ち、大人達を制する。




「まぁまぁ。皆様、落ち着いてくださいませ。


 彼女は知らないし、わからないと言っておりますのよ?


 そんなご令嬢を、これ以上、責められませんわ…」



 そう言った夫人は、困ったような表情を浮かべ、貴族達を静止した。



 そして、私の耳元でだけ囁いた。



「…けれど、不思議ね。


 何故、毒を継続的に盛られていた事を知っていて、実行犯が女だという事も知っているのかしら?」




「っ!!!!!」




「…ウフフ。ごめんなさいね。

 少し虐め過ぎてしまったかしら?


 実は、貴女が何と言おうと、構わないの。


 貴女は疑われて、そしてここに呼び出された…。

 実は、その事実だけで、十分なの…。


 折角、頑張って弁明して頂いたのに…ごめんなさいね?」




 そう言って夫人は、無邪気に微笑んだ。




「っ!!本当にっ!知らないのぉ!嫌よ!!やっていないもの!!私は指示なんてしてないわ!!ここにいる人達だって、誰一人として知らないわっ!!本当なのよっ!!」




「…まぁ!そうなの?


 ここに居る被害者の親達が、誰なのかすら知らないから、貴女はやってないと主張するのね?


 でもそうね…。確かに、それは不思議かもしれないわね」




 夫人は困ったように眉を寄せ、考えを述べ始める。




「本当に加害者だったら、大抵の場合は、被害者の事を知っていて、狙って害している筈だわ…。


 それに、代わりの効くかもしれない子息を狙うよりは、当主や夫人を狙った方が、効率的ね…。子息がいくら狙いやすかったとしても、あまりにもハイリスクだわ…。


 …では、令嬢はもしかしたら…本当に、罠にかけられてしまったのかしら?」




「っ!そうよ!!私には関係がないっ!!知らないないのよ!!本当よっ!!私には関係がないのっ!!!」


 なりふり構わず、必死に言い募る。




「まぁ、そうでしたの…。

 皆様もお聴きになりまして?

 違うのですって…?


 可愛いご令嬢が、ここまで仰っているのですもの…。


 もしかしたら、真実かもしれませんわ…」




 困ったような表情を浮かべながら、夫人は貴族達に向かって述べた。




「折角、お集まり頂いたのに、間違いだったのかしら…。


 …何だか申し訳ないわ…。ごめんなさいね?


 もう一度、調べ直してみますわ…」




 夫人の言葉に、場は静まり返る。




「…冤罪をかけらたかもしれない令嬢には、申し訳がないのだけれど、もしもがあっては…困りますから、最後にご到着された方のお顔も、念の為に、ご確認くださるかしら?」




 そう言った夫人に、優しく肩を抱かれて、近くの部屋へと連れて行かれた。




 広間には、困惑した貴族達が残された。





▼△▼




 助かったのか…?私はやりきったのか…?



 勝った…。



 こんな不意打ちにあったのに、私はやり遂げた!!!!



 嬉しくて、笑みが溢れるっ…。



 証拠はないのだもの、私だとバレるはずがなかったのだ!!



 それに、相手が騙されやすい人で、本当によかった…!!




▼△▼




 案内された部屋には、不自然な衝立があり、その裏には僅かにドレスが見えた。



 勝った。



 たとえ、知っている顔が出て来たとしても、「知らない」と、言う。それだけで良い!これを終えれば、私は無罪よっ!!



 出来ない筈がないわ!!!



 そして私は夫人のエスコートで、衝立の向こう側へと案内された。


 



「っ!!う、うそっ…、い、いやぁ、いやぁあ!!!」




「…」




 衝立の向こう側で、ようやく知っている顔に出会えた。



 けれど、それは、こんな所で会う事を、全く想像していない人物であった。



 衝立の向こう側に居たのは、弟王子様の母親、…王妃様であった。




 王妃様は、無言でコチラを見つめていた。


 


 全てが知られてしまっていると悟には、その冷たい視線だけで十分だった。



 ガタガタと震え、膝から崩れ落ちる。




「ねぇ。教えて?この方もわからないかしら?


 この方も、大切な息子さんに、毒を盛られたのだけれど…どうかしら?」



 そうやって無邪気に問う夫人の声だけが、晴れやかに響き渡ったのだった。




 首謀者 リリアナ・セラーズ侯爵令嬢 編 fin

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