第21話 恋愛マイスター始動。 ▼イリス▼


計画調整・数日後

アカデミー・放課後・修練場

兄・イリス



 ミーナ嬢を引き連れて、アレクシス殿下が居るであろう修練場へと向かう。


 男共が模擬剣を交えて争い合う野蛮な様を、令嬢に見せる事を普通はしないが、ミーナ嬢なら大丈夫だろう。



 …というか、むしろ喜ぶのではないか?…と、思っている。



 案の定、ミーナ嬢はご機嫌な様子だ。



 それに、いつもは執拗に纏わりついてくるのに、今日は適切な距離感を保ってくれている。



 流石のミーナ嬢も、まだ見ぬ素敵な異性に会いに行くのに、他の男と親しい様を見せる気はないらしい。



 そんな所に、彼女の野生の本能が垣間見えた気がして、笑いを堪えるのが大変だった。


 


▼△▼



…修練場…



「わぁー!凄いよイリスー!男の人がいっぱーい!」



「そうだね…嫌じゃないかな?」



「全然嫌じゃない!むしろ、連れて来て貰えて嬉しい!」



 …やはり、喜んだ。



「…そうか、良かったよ」



「それで、ジークのお兄さん…アレクシスでんかは何処にいるの?イリス」



「あぁ…あちらの隅にいる方がそうだよ」



「うわぁー!そうなんだー!ジークと全然違ーう!お兄さんも格好良い!!」




 どうやら、アレクシス殿下も無事に、彼女の好みのタイプだったようだ。


 それにしても、ミーナ嬢は大はしゃぎだ…。


 折角、隠れて見ていたのに、ミーナ嬢が騒ぐせいで、生徒達がこちらに気が付き、徐々に視線を集め始めてしまった。




 コソコソと囁く声が聞こえてくる。


「ベルトハイドの双子?…」

「…何しに来たんだ?」

「…誰か殺されるのか…?」

「隣の女…誰だ?」

「怖ぇえ!早く逃げよ!」



 やがて生徒たちがコソコソと騒がしくなり、そのせいで騒ぎに気が付いたのか、アレクシス殿下にこちらを見られてしまう。



 すると隣のミーナ嬢のテンションは、一気に最高潮を迎え、キャーキャー!と騒ぎ出した。



 …耳が痛いから、やめて欲しい。



「…ミーナ嬢。少し落ち着いて?


 …アレクシス殿下は年上だよ。

 きっと、少し落ち着いている女性の方が、好印象だ…」



 堪らずに、口から出まかせを言う。




 もちろん、アレクシス殿下の好みのタイプなど知らない。


 だが、この小さな嘘の効果は絶大で、ミーナ嬢は借りて来た猫のように、大人しくなった。



 …この方法は、効果が大きいと覚えておこう。



 アレクシス殿下からすると、目的のわからない敵(イリス)が来ているのは、不穏だったようで、殿下はこちらに近づいて来た。



 まだ、発言の許可を頂いていないので、礼儀作法に基づいて、黙礼にて出迎える。



 因みに隣のミーナ嬢は小声で「キャー!こっちに来た!」と、騒いでいる。



 先程より、声が大きくない分、まだ良いが、彼女の場合は動きも煩い。



 短い時間なのに、不愉快指数が凄い勢いで、上がっていくのを自覚する。




「ベルトハイド公爵家の…イリス令息だったかな?…楽にしてくれ。…珍しいね?誰かに何か、用事かな?」



「ご許可頂き、感謝致します殿下。


 特に用事があるわけでは無いのですが、ご令嬢に校内を案内しておりました。


 …騒がしくして、お邪魔してしまい、申し訳御座いません…」



 訪問理由を尋ねられた…。


 目的を曖昧に誤魔化し、謝罪だけを述べた事で、アレクシス殿下がこちらに対して、警戒心を上げるのが、ヒシヒシと伝わってくる。




「…そちらのご令嬢は?」


「こちらは…」


「ミーナです!ミーナ・マーテルって言います!よろしくお願いしますアレクシスでんか」


「…」


 死ぬほど失礼で、思わず絶句してしまうが、顔には出さない。



 これが彼女のスタイルなのだ…。



 渋々、無礼な彼女を庇う為に、口を開こうとするも、ミーナ嬢本人に遮られる。



「ミーナはぁ、ジークと仲良くしているの!


 だから、ジークのお兄さんのアレクシスでんかとも、仲良くなりたくてぇ♪


 だからぁ、イリスに頼んで来ちゃいましたぁ!」

 と、空気を読まずに、上目遣いで述べ始める。



 流石に不味いと思い、謝罪を口にする。


「…アレクシス殿下。礼儀作法を弁えておらず、大変失礼致しました」

 



「……いいや。構わないよ。


 …ミーナ嬢はジークの友達なんだろ?


 だったら、無碍になんか出来ないよ。

 …私はジークのお兄さんだからね。


 それに私は"狭量な男"では無いからね」




「?…寛大なご対応を頂き、誠に感謝申し上げます…」 



 アレクシス殿下の独特の言い回しに、『アリスが殿下に、何かを言ったのか?』と、一瞬不安になったが、アリスは自分の片割れだ。


 きっとミーナ嬢より失礼な事は、口にしてはいないはずだと信じて、余計な思考と割り切り、考える事を放棄する。




「やったー!じゃあ、今日からアレクシスでんかとミーナはお友達ね?アレクって呼んでも良い?」



「…ああ。構わないよミーナ嬢」



 アレクシス殿下が何を考えているのか、わからない…。


 けれど、ミーナ嬢がお友達として許容された事だけは、動かぬ事実であった。





▼△▼




 その後、ミーナ嬢の対応をアレクシス殿下に任せて、最低限のフォローだけ入れつつ、時間を過ごした。



 ここまでやれば、計画に支障は無いはずだ。



 結局、殿下が帰られるまで、ミーナ嬢はお得意の"自由恋愛"への自論を展開し、終始アレクシス殿下に媚び続けた。



 意外にも、アレクシス殿下の反応が悪く無かった。


 だが、それがまた一層、不可解であった。


 兄弟同士で、女性の好みも似ているのだろうか…?



 …少しも理解は出来ないが、これがもしかしたらミーナ嬢の"魅力がなせる技"なのかもしれない…と考察する。

 




▼△▼




 ミーナ嬢を送る帰り道で、彼女が作ってきた菓子を、全て貰い受けた。



 そして同時に、令息達が戻るまで、作り続けるという約束も取り付けた。



 いつ戻るかわからない令息と、ジーク殿下の為に、作り続けた方が良い。


 みんなが楽しみにしている。


 来ない日は、我が家の使用人に振る舞いたい。


 等と、適当な理由をつけて菓子作りの継続を提案した。




 ミーナ嬢はこの提案を、嬉しそうに受け入れてくれた。



 ここまでやれば、後は事態が動くのを待てば良い。

 確かな達成感を噛み締めて、邸へと帰った。




 王位奪取計画・第三段階・種蒔き。

・ミーナにアレクシス殿下を狙わせる。

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