第18話 アリス達が王宮にいる時に ▼イリス&公爵夫人☆



計画調整・数日後

ベルトハイド公爵邸・茶会

公爵夫人・イリス



 アリスと公爵が王宮にいる頃、イリスと夫人はベルトハイド公爵家で貴族達を招き、茶会を開いていた。



 招待した貴族達が集まったところで、公爵夫人が挨拶をする。隣にはイリスも控えていた。


 しかし、イリスの表情はいつもとは違い、何処か影があり、憂を滲ませ、顔色も優れなかった。



「皆様、ご機嫌よう。本日は皆様にお集まり頂けた事を、心より感謝申し上げますわ」



 そう言って、夫人は綺麗な笑みを浮かべる。



「それでは早速ですけれど、今回お集まり頂いた皆様には、ある共通点が御座いますの。

 お気付きの方は、いらっしゃいますか?」




「…共通点…ですか?」

「…イリス令息と息子の仲が良いとか…?」

「家が近いとか…」

「爵位が…いや違うな」


 皆が口々に、共通点を探す。




 誰もが正解に辿り着けない中、公爵夫人が再び話を進める。



「ウフフ。先程の質問は、実は少しだけ意地悪な質問でしたの。ごめんあそばせ?


 皆様、家門の名誉がありますもの…。絶対に正解には辿り着けませんわ」


 少女のように微笑んで夫人は続けた。




「皆様。ご自分のご子息の様子を、思い浮かべてくださいませ。

 …少し前から、様子が可笑しいのでは無くて?」



「な、何を!?」

「公爵夫人と言えど、これは度が過ぎますぞ!」

「め、明確な侮辱ですわ!」



 会場が騒めく。



「まぁ!皆様。やはり、しっかりとご自覚がお有りなのね?

 常日頃から、ご子息の事をしっかりと見ているのでしょうね。家族仲が良いようで、喜ばしい限りですわ」


 そう言って夫人が、美しく微笑んだ。



 騒いでいた招待客が、一様に押し黙る。



 騒ぎ立てた自身の態度で、公爵夫人の発言が事実だと、はっきりと肯定してしまった事に、気付かされたからだ。


 自家の嫡男や子息に問題があるなど、貴族の当主や夫人であれば、死んでも口外など出来ない。


 事実が発覚してしまえば、すぐに噂が回り、相続目当ての争いが勃発し、様子のおかしい嫡男や子息は、そのまま廃嫡せざるを得なくなるからだ。




「ですが、皆様ご安心くださいませ。

 此処にいる方々は、皆様同じ悩みを抱えていらっしゃいますのよ?


 もちろん、肯定してくださらなくても、構いませんわ。


 なんせ、事実は変わりませんもの」



 笑顔を消し、真剣な顔をして夫人は続ける。


 

「…けれど、同じく第二王子殿下を後援する派閥の、一家門として。


 …皆様と同じく、息子を持つ1人の親として。


 私及び、ベルトハイド公爵家は、この事態を非常に重くみておりますの」



 憂いを帯びた表情を浮かべ、言葉を紡ぐ。



「…ですから今回は、皆様の息子さん達に何が起こったのか、勝手ながら実情を調査し、治癒のポーションを、全員分ご用意致しました。


 皆様のお立場を考えず、お心を乱してしまったお詫びとして、是非とも気兼ねなく、お持ち帰り頂きたいのです」



「そ、そんな治癒のポーションを!?」

「高価すぎて、手が出ないのに!?」

「ひ、必要ないのですけれど、頂けるのであれば…」

「…何を要求されるのか…」



 クスクスと楽しそうに笑って、夫人が答える。


「ご安心下さいませ。ベルトハイト公爵家が見返りとして、皆様に何かを要求する事は、御座いませんわ。


 けれど、代わりに…と言ってはなんですが、皆様の【変わらぬ忠誠】を、王妃殿下と第二王子殿下に捧げてくださいませ?


 これは、皆様にとって、今までと何一つ変わりはないわけですから…当然、ご了承頂けますでしょう?」


 そう言って、公爵夫人は微笑んだ。




 公爵夫人は、見返りは要らないと言いながらも、【変わらぬ忠誠】という、目には見えないが、1番大きく重要な代物の要求を突き付けた。



 更には、子息達の健康を対価にしているので、暗に次代まで続く変わらぬ忠誠を、要求されている。



 通常であれば、忠誠なんて騎士でもない限り、国税と同じ感覚で、義務的に誓っているものだが、公爵夫人が要求している"忠誠"は、それとは重みが、明らかに違って聞こえていた。



 けれど、高価な治癒のポーションを、自前で極秘に準備する事は、多くの貴族にとって、非常に難しい事だった。



 だから、提供を提示された治癒ポーションは、喉から手が出る程、欲しい代物であった。



 つまり、答えられる回答は、決まっていたのだ。



 集められていた貴族達は、必然的に公爵夫人の要求を飲むしかなかった。



 

 しかし、人は一つしか選択肢を与えられない状況に追い込まれると【自分は害されている。】と、誤認してしまう。




「…ベルトハイド家の…自作自演なんじゃないのか…?」



 だから、誰かが苦し紛れに、そう口を開くのも、必然であった。




「…そ、そうよ!陰謀よ!詐欺よ!それに、イリス様だけ無事だなんて、可笑しいわ!それが確固たる証拠よっ!うちの息子に、なんて事をしてくれたのよ!?」



「そうだ!そうだ!どうしてくれるんだ!!」



 2人の何の根拠もない、荒唐無稽な発言を皮切りに、会場が騒めきだす。



「…イリス」



 空気を打ち破る様に、夫人が静かにイリスの名前を呼び、発言を促す。



 イリスは悲しそうな顔をした後に、落ち着いて、けれど非常に通る声で語り出した。



「…サイラス令息。


 真面目で努力家。文武両道。


 そして、彼は善良な青年でした。


 ですが先週、道行く老人に対して、理不尽な暴力を振るい、全治1ヶ月の怪我を負わせております。


 この件は、金で黙らせたようですが、その後も、彼は治る事がなく、現在は邸内でも頻繁に暴力を振るっている…。


 …大層お困りのようですね」




「…何を!?そ、そのような事は!?」

「な、なぜそれを!」




 そして、また違う貴族の方を向いて、イリスは続けた。




「…続いて、アルバート令息。


 誰にでも公平で、優しく心穏やかだった彼は、最近は邸に帰るとすぐに、部屋で泣き叫び、そのまま部屋から出てこないとか…。


 そして、寝食もできない状態の彼は、驚く程、痩せてしまいましたね。


 けれど、不思議なことに、アカデミーには、酷く怯えて泣きながらも、毎日通学している…」

 


「も、もうやめてー!」

「ゆ、許してくれ!頼む!あの子は何も悪くないんだ!」



 そして、イリスは感情を押し殺したかのような声で、刹那そうな表情を浮かべ、発言を続ける。




「…私達は同じ派閥であり、同じ目的を持った集団です。

 …個々の力を削ぐ理由が、どこにありましょう…?


 私は、同じアカデミーに通っている学生として…友として、…様子が変わってしまった友達の事が…心の底から心配なのです。


 この状況を、どうにか出来ないかと、必死に考えた末、私は父と母に状況を申し伝えました。


 そのせいで…私が余計な事をしてしまったせいで…。


 皆様のお家の名誉を、傷付けてしまったのであれば、申し訳御座いません。


 心より謝罪致します。


 …けれど、変わってしまった友人を助けたい…そう思っては、いけなかったのでしょうか…?」




 集まっていた貴族達が、一様に口を噤む。



 美しい青年が感情を押し殺し、そして刹那気に、心配だと語る様子に、同じ年頃の子を持つ親達は、心を動かさずにはいられなかった。




「…皆様。私達は、イリスの言葉で、この事態を認識致しました。


 そして、同じ派閥の皆様とご子息達を少しでもお助けしたくて、本日はお声がけさせて頂きましたの…。


 もちろん、原因の特定は既に済んでおりますので、今後、原因の排除も、同時に行う予定ですわ…。


 …ですから皆様には、治癒ポーションを息子さんに与えて治療をしつつ、今まで通りに過ごして頂きたいのです」




「【変わらぬ忠誠を】と、敢えてお願いしたのは…他人から、無償で貰える高価な物なんて…私もそうですけれど…信用するのは難しいのではないかしら?


 …皆様も怖いでしょ?


 そんな事を考えて、あえて提案させて頂いたのですけれど…。


 逆に皆様を、怖がらせてしまったみたいですわね。ごめんあそばせ…?」



 そう言って夫人は、少し悲しそうな笑みを浮かべた。



「…いえ。こちらこそ失礼致しました」


「…ええ。夫人が私達の事を思って仰って頂いたのに…。深読みしてしまって…申し訳御座いません」


「…そうですよね。よく考えれば【変わらぬ忠誠】など、当然のことですものね…」


「…ええ。…連日の悩み事のせいで、心が狭くなっていたのかもしれません…。夫人、失礼をお許し下さいませ」



 口々に貴族達が謝罪の言葉を紡ぐ。



「…皆様にお分かり頂けて、本当に良かったですわ。

 治癒のポーションは、たっぷりとご用意しております。

 皆様どうぞお持ち帰りくださいませ」



 公爵夫人の言葉と共に、使用人達が治癒のポーションを用意して配り出す。



 治癒のポーションは、何の装飾もない箱の中に入れてあり、外からは中身がわからないように、厳重に包装してあった。



 これは、招待した貴族達の外聞を守る為の、細やかな心遣いだった。



 ベルトハイド公爵家は、高価で貴重なポーションを惜しみなく提供してくれた。



 そして、それを鼻にかけるでもなく、自分達に対して、配慮のある対応をしてくれた。



 そんな対応を受けた貴族達は、ベルトハイド公爵家に対して、深い感謝と尊敬の念を抱く他になかった。



 お茶会を終えた貴族達は、ベルトハイド公爵家に対して、口々に深い感謝を述べる。


 時には涙を流しながら、感謝の意を示す者も居た。




 そんな貴族達を、公爵夫人とイリスは、一人一人丁寧に、送り出していく。




▼△▼



 皆を送り返した後、会場にはイリスと公爵夫人のみが残っていた。





「…イリス。貴方があんなにも、友情に熱い子だったなんて…知らなかったわ?」



 そう言って夫人は、クスクスと心底楽しそうに、今日1番の笑みを浮かべた。



「…母様こそ。結局、無償で提供して、ちゃっかり忠誠を誓わせているじゃないですか…」



 と、少し不機嫌そうにイリスが答える。



「あら?そうだったかしら?けれど、彼等も喜んでいたのだし…問題はないのではなくて?」


 と、クスクスと可愛らしい笑みを浮かべる。



「…疲れたので、失礼します」


「あらあら、可愛い…反抗期ね?」


 クスクスと楽しそうに笑っていた。



 王位奪取計画・第三段階・種蒔き

・令息達の治療&無償提供の代償に、忠誠を誓わせる。

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